「ホーリューカク」の戦い 3
自分の手の中にある赤熱日本刀。
その燃え上がるような輝きを眺めて、ミチカは喜びに身震いした。
名刀と呼ぶには全然相応しくない。むしろそこらのヤクザが使う、なんの変哲もない代物だ。
それでも、サイボーグの装甲を簡単に熔かすその威力は、鋸刃剣など比べ物にならない。
新しい武器を手に入れた以上、試し斬りが必要だろう──
ミチカは刀と剣を、畳に付くか付かないかの間隔でだらりと下げる。
後方に逃れた猫娘に向かい、滑るように畳を踏んだ。
相手に交換部品が無いのは解っている。
卑怯と言われようと、ただ斬るのみ!
徐々に一歩を大きくして、空間を詰める。
猫娘は飛ぶように下がるが、逃さない。
次の一歩、また次の一歩で、確実に近付く。そして、退路を奪う。
木と紙で出来た引き戸を突き破り、猫娘が二の間に入った。
広がっているのは、同じような畳敷きの大広間。
しかし後退すれば後退するほど、後はない。
引き戸ではない壁の方向に、ぐんぐんと追い詰める。
振り抜いた鋸刃剣の切っ先が、猫娘の左腕をかする。
煌めくオレンジ色の火花。
──おっと、いけない!
試したいのは、あくまで赤熱日本刀の方だ。
ミチカはぐっと我慢する代わりに、さらにシノを壁際に追い立てて行った。
*
左腕をかすめた鋸刃の傷は、浅かった。
ただし致命的でないだけで、削られた部分の断面は酷い。
シノは恐れというより、怒りでいっぱいだった。
なんとか裏をかいてやり込めたいところだが、どうにも分が悪過ぎる。
猫爪が折れてしまった今、残された武器は尻尾くらいだが、それで致命を与えるには覚悟が要る。
──つまり、刺し違える覚悟だ。
相手の大振りな太刀を避けながら、シノは次の動きを考える。
このまま追い詰められるだけではダメだ。
むしろ自分から背後の壁に向かい、それを蹴って──
「シノ!」
ソウナの通信が聞こえた。
続いてミチカとの間の畳に、次々と風穴が空いた。
スナイパーライフルの怒涛の連射。
シノの目か、あるいは監視カメラの視界を利用した正確な射撃だった。
「今すぐ引いて! でないと、ここで二人とも撃ち殺しますよ!」
──冗談じゃない! ここで止められない!
そう返信しようとしたが──ソウナの感情が越境意識として伝わってくる。
デマカセではなく、本気だ。
今引かなければ、彼女は本当に撃つ気だ!
「ここへ来たのは救出でしょ? 本来の目的を忘れないで!」
さすがに、味方に撃たれては堪らない。
シノは考えを改め、「ごめん。ここは引く」と、はっきりと伝える。
そうしてみると、徐々にだが違和感を覚えた。
どうして自分は、あんなにもミチカを倒すことに執着したのだろう──?
ミチカがまた襲い掛かって来た。
が、ソウナの射撃が畳に大穴を穿ち、それを阻む。
逃走経路の情報がソウナからもたらされ、シノは畳を蹴って駆け出した。
二の間の外に飛び出すと、そこには木の板を敷いた長い一本の廊下が伸びている。
「ホーリューカク」と呼ばれる三層構造からなる塔。
地図データで見ると、この先に上り階段があるらしい。
勿論、エレベーターも設置されているが、その中に追い詰められたらまさに袋のネズミだ。
廊下を行きながら、シノの中で疑念が膨らむ。
成り行きではあったが、ミチカとの戦いを望んだのはたしかに自分だ。強い剣客と出会い、それに喜びを感じたのも事実だ。
けれども、果たして本当にそれだけだろうか?
意識が混じり合ったときに知ったことだが、初めミチカは洗脳管理システムに支配されていた。「軍曹」とか、「教官」などと呼ばれるものだ。
よくよく考えてみれば自分の中にも、自分ではない何者かが常駐している。
以前ソウナと戦ったとき、最終的にその常駐者は途中で止めさせた。
別に、戦いを止めてくれると期待しているのではない。また、父殺しの責任を転嫁するつもりもない。
ただ、こう思わざるを得ないだけだ。
──戦うよう仕向けられていた? と。
すぐ目の前の引き戸が炎と共に焼け落ちた。
現れたのは赤熱日本刀を握るミチカ。走るシノの前に飛び出してくる。
「任せて!」とソウナの通信。
金属を激しく打つ音と共に、ミチカが真横にふっ飛んだ。
スナイパーライフルの直撃を受け、激しく廊下の壁に叩き付けられる。
「こ、殺したのか?」
その横を駆け抜けならがら、そう問うと、
「あの胸甲は抜けない。大丈夫です、きっと!」
──いざとなると、一番怖いな。
多分無理だが、シノはその感情が伝わらないことを願った。




