「ホーリューカク」の戦い 2
刀身が何かを焼き斬って行くのに、強い抵抗はなかった。
まずは爪で受けていない鋸刃が音もなく熔け、それを握っている手首に進む。
上から入った赤い刃は、斜め下へ向かい、手首を突き抜けた。
このとき、シノは腕を持ち上げる動作をする。
下に振り抜くのでなく、もう一度上へ向かうのだ。
日本刀が次に入ったのは、ちょうどミチカの肘だった。
そのまま二の腕の先まで斬り進み、抜けきったところで首を狙う。
が、一瞬遅く届かない。ミチカの力強い蹴りが腹部にめり込み、シノは飛ばされた。
ぐっと脚を踏ん張ると、メリメリと畳が破れ、解けた繊維が持ち上がる。とっさに刀身を突き出し、追撃に対して身構えた。
ミチカは、動いていなかった。
二の腕の約半分まで失い、さすがに分が悪いと踏んだのだろう。
損傷を確認する。表層の破壊は酷く、内部の人工臓器もダメージを受けている。
爪を見やると、刃の半分くらいまで削られていた。
これでは攻撃を受けることは出来ないだろう。
けれども、ほとんど勝負は決したようなものだ。
なにせ相手は、腕を片方失っている。自慢の二刀流はもう不可能。
残念だが、次の一刀で終りだ!
シノは再び斬り込んだ。
さっきまでと打って変わって、ミチカは逃げの一手。
戦いが始まったときと、まさに真逆の展開だ。
こちらが打ち込む赤熱日本刀を、ギリギリのところで避けて行く。
しかもミチカは鋸刃剣を鞘に納め、抜こうともしない。
遊んでいるのか、挑発か──
──それとも、何か秘策がある?
ミチカとシノの側面から、二体の黒猫が迫って来た。
一体はミチカ、もう一体はシノに襲い掛かる。
「クソ! 邪魔するな!」
黒猫の鋸刃剣を熔かし斬り、腕から首を薙ぎ払う。
振り向いたとき──シノは奇妙なものを見た。
腕が無い猫が、二人居たのだ。
一人は当然ミチカだが──もう一人は襲ってきた黒猫だ。
肩の部分から、綺麗に両腕が無くなり、畳の上に転がっている。
ミチカは鋸刃剣を抜いていない。
斬ったのではなく──ポトリと自然に落ちたかのように見える。
両腕を失った黒猫は情報が処理出来ていないのか──無い腕を振るって攻撃を試み、がくんと体勢を崩す。
そこに、ミチカの苛烈な蹴り!
金属の歪む音と共に、黒猫がこちらに飛んできた。
とっさに左腕でガードするも、堪え切れない。一緒になって横倒しになり、それでも黒猫は狂ったようにシノの上で暴れ回る。
赤熱日本刀を突き込もうとするが、ぶつかられた衝撃で取り落としていた。
「ちくしょうッ!」
仕方なく、片方の手で頭を押さえ、もう片方を首筋に当てて猫爪を露出させる。
バギン!
首を突き破った拍子に、爪が折れた。酷い展開だ。
イラつきながら黒猫の死体をどけたとき──さらに酷いものが待っていた。
重たいものをねじ込むような、金属的な音。
見ると、ミチカの斬り落としたはずの腕が、元通りになっている!
自然に生えてきた──はずはない。
──シノは理解する。
ミチカは、黒猫の腕を外して、自分に取り付けた。
軍事仕様のモジュール機構。
同一の規格品であり、脱着と交換がそもそも容易なのだ!
まさか、脚とか胴体でも同じことが可能──?
だとしたら、ヤバ過ぎる!
耳に届く、鋸刃剣の苛烈な駆動音。
シノは跳ね起き、赤熱日本刀に手を伸ばす。
が、痺れるような衝撃! 指に触れたのは──鋸刃の先だ!
転がって逃れるが、ミチカの乱撃は止まない。
畳の間を草刈りでもするように切り裂き続ける。
さらに転がり、畳の縁に指を差し込んだ。
追いすがってきたところへ、めくり上げて叩き付ける!
さすがは純和風の本物志向。
分厚く編んだイグサの塊に、鋸刃の刃が噛み込んだ。
畳を蹴って後方に逃れ──しかし、失敗だったと気付く。
ミチカは固着した剣身を排出、鞘に戻すと──落ちていた赤熱日本刀を拾った。
やがて新しく装填された鋸刃剣が抜き放たれ、ミチカは世にも恐ろしい二刀流となる。
赤く揺らめく刀身と、高速で駆動する剣身──
──ちょっと、それ反則でしょ。
まさに、最悪の形勢逆転だった。




