「ホーリューカク」の戦い
交換可能な鋸刃の手動射出──
それが狙い通りに突き刺さったとき、ミチカは猫娘が怯むと思った。
相手が他の黒猫──つまり、AI並みのルーチンで動くならば、損傷を恐れず目標の破壊を優先する。
が、感情のある人間は違う。
慌てて逃げ出さないまでも、次の行動にラグが生ずる。
未だ半分以上、刀身の残った鋸刃剣──それを小太刀のように逆手へと持ち替える。
右下から左上に振り上げられる赤熱日本刀。
前傾になっているシノの重心、斜め上に逃げて行く赤い刀身。
そこに怯みが加わった、一瞬の隙──
ミチカはバネを利かせて踏み込んだ。
まさに、短い方が有利な小太刀の間合い。
殴り抜けるように腕を伸ばし、同時に鋸刃の駆動を最大出力。
生命維持機関が集中する首を削る──はずだった。
小太刀が伸び、突き進んで行く予定の空間。
そこにはすでに、シノの身体があった。
猫娘は怯まなかった。
それどころか、逆に一歩前進すらしたのだ!
今では自分が前傾になっていた。
そこへ目がけ、日本刀から片手を離し、自由になったシノの肘の先が迫る。
──いや、むしろ、こちらから飛び込んだ格好だった。
金属同士がぶつかる音。続く、激しい衝撃!
接触の瞬間、猫娘が体重を乗せたに違いない。
飛行車にでも撥ねられたかのように、ミチカは顔面を起点に飛んだ。
すぐさま損傷具合を分析。
面頬の破損、軽微。
頬当の合わせ目に深刻な不具合。
それでも、鉢の奥の頭蓋が傷つかなかったのは、軍用規格のお陰だろう。
畳敷きの間で受け身を取るが、柔らかすぎる。
よく似た偽物を使えばいいものを、本物志向とはイタダケない。
束ねられた草が草原のようにバリバリとめくり上がり、摩擦熱で黒く焦げる。
なおも手に力を込めると、畳の下の床材が、バコン! と砕けた。
ようやく、直立の姿勢に戻る。
シノとの距離は約六メートル。
間髪入れず追撃がないとは、なんとも優しい。
まずは剣身の無い柄を背中の鞘に戻す。
再装填を待つ間、自分の手で頬当を触ってみると、完全にグラグラ。
いっそ邪魔なので引き千切り、投げ捨てた頃には一本目が仕上がり、続いて小太刀サイズの方を突っ込む。
なんという好敵手と出会ってしまったのだろう──
ミチカは感情の高ぶりを抑えられない。
なんとしても、コイツを仕留める!
射出される小太刀と、再装填の音はその合図だ。
ミチカはまた二刀流に構え、駆け出した。
*
シノはようやく、自分の傷に意識を向けた。
狂犬ならぬ、狂猫のミチカ。
キツい一撃をお見舞いしてやったは良いが、まったく気が抜けない。
尖った鋸刃は人造皮膚を貫き、筋肉の一部も傷つけているが、強化骨格の前で止まっている。
致命傷にはならぬと知りつつ、次の一撃こそが相手の本命だった。
これは、手加減していたら殺られるな──
刺さった鋸刃を引き抜きながら、シノは思う。
ソウナのいう、一時撤退は簡単じゃないだろう。
もっとも、あまり残念でもないという気分が、ソウナを怒らせる訳だが──
畳の間を踏み締めて、二刀流のミチカが挑みかかってきた。
シノは赤熱日本刀を振るい、迎え撃つ。
剣飛ばしは無いと読んでいたが、実際にそのとおり。こちらが隙を見せない以上、無駄に射出はしないという訳だ。
乱れ舞うように振り回される、二本の鋸刃剣。
技巧的というより乱暴な太刀筋を、赤熱した切っ先で少しずつ焼き落とす。
どうやらミチカは、この突進が秘策らしい。
つまり、刺し違えても一撃を加える。そんな気迫が感じられる。
──ならば、受けてやろう。
シノは運命など信じない。起ることはすべて必然だ。
けれど、もし親子共々自分に斬られるのだとしたら──その便利な言葉を使わせてもらう!
相手が鋸刃を射出したように、シノは猫爪を露出した。
高速で往復する駆動鋸刃──それを、ほぼまともに爪で受ける。
機械の鼓膜でなかったら、難聴必至の激しい轟音。
赤く焼けた鉄の粉が五月雨のようにほとばしり、視界の中を躍る。
──爪を犠牲にするのは心苦しい。
が、その一瞬で充分だ!
逆手に返した赤熱日本刀──
ミチカが首を狙ったときのような、殴り抜ける太刀筋。
相手の突き出す鋸刃、それを握っている手、その向こうに伸びる腕──
すべてを絡めとるように、シノは燃える刀身を叩き込んだ。




