親の仇
「待て! 戦いたくない!」
シノは声に出してそう叫んだ。
けれども、二刀流の黒猫は止まらなかった。
立ち塞がる黒猫部隊の一体を、駆動鋸刃剣もろとも削り斬り、上下太刀の構えでこちらに迫ってくる。
得物は剣だが、構えは古武術のものだ。
誰かに師事し、剣術の心得があるに違いない。
シノはそれを見て取り、飛び退って逃れる。
が、心の奥から巻き起こる、躍るような感覚を抑えられない。
ヤクザ・マスター、バンサク・ネコヅカ。
脚を悪くし、本来の実力は失っていたが、彼の教えの下、剣術を仕込まれたという意味ではシノも同じだ。
──こいつ、一体どんな風に戦うんだろう?
ちょっとだけ、それを知りたいと思ったのだ。
*
「ちょっと、シノ! それ本気ですか?」
ソウナはそう通信した。
重なり合った意識の中、シノが黒猫と剣を交える気でいるのが感じ取れたからだ。
二人の間にある因縁は、間接的に伝わっていた。
まずシノが黒猫と繋がり、そこからシノを介して知ったのである。
驚くべき事実だが、別に非難するつもりはない。
処世術の果てに、誰かを殺すのは仕方が無いことだ。
そうでなければ殺されるのはこちらだし、すでに自分たちの手は血まみれである。
けれども、助けるつもりだった相手と戦うなんて、それはさすがに意味不明過ぎる!
ソウナは宮殿の地図データを参照。
付近に、三層構造からなる塔が建っていることが解った。
ここの最上階なら、マクシムスで安全にシノを拾えるはずだ。
「シノ、ここへ登って! 一時撤退しましょう!」
返事はなかった。
了解したような、しかなったような、曖昧な感情の動きが伝わってきただけだ。
それでも、シノが少しずつ、塔に向かって行くのがマクシムスの後部座席から見て取れる。
ソウナは溜息を吐き、またスナイパーライフルの引き金を引いた。
*
ミチカは二つの駆動鋸刃剣の出力を最大にした。
躍るような激しい振動が、両手の中に伝わってくる。
それを振るって斬りかかるも、赤熱日本刀の猫娘は、ふわりと風のように逃げて行ってしまうばかりだ。
父親を殺されたことに、そんなに恨みがあるか?
実はいえば──まったく無かった。
それではどうして、彼女を襲うのか?
答えは簡単だ。
移動式自販機を襲ったとき──
ヤクザの金を狙ったとき──
欲しいものを手に入れる。
今はあの赤熱日本刀がどうしても欲しい!
見たところ、あの猫娘も相当の剣客であるようだ。
この新しい身体でどこまでやれるのか──ただそれを試してみたかった。
*
ソウナのハッキングによって正面扉が開き、シノは塔へと入った。
警備システムも落とされ、警報も、攻撃用ドローンも動作しない塔内。
しかしその作りは、どこか既視感を感じるものだった。
長く伸びた板張りの廊下、木と紙で作られた薄い引き戸、それを開けた先に広がる畳敷きの間。
置かれている調度品のセンスこそ違えど、どこかでネコヅカが正座していそうな雰囲気だ。
けれども、追いすがり、太刀を浴びせてくるミチカの前には、そんな感傷は続かない。
高速で往復運動を繰り返す鋸刃、その切っ先がシノの手首をかすめる。
鮮血のような赤い火花。
直撃ではないので傷は浅いが──これ以上好き勝手にされるのは腹が立つ!
シノは熱で揺らめく刀身を、下から上に振るって前に出た。
急な攻勢に対し、身を引くミチカ。
さらに一歩踏み込み、今度は上から下。
灼熱の赤が尾を引き、鋸刃剣の先端を捉える。
柔らかい豆腐でも斬るように、それは焼き切れ、跳ね飛んだ。
間合いから逃れようと、さらに退くミチカ。
折れた鋸刃の先が熱気をあげ、畳の編み目にカッと突き立った。
──ヤバい。楽し過ぎる!
やはり、こうじゃなくっちゃいけない!
ソウナから非難の声が届いたが、完全無視。
両方の鋸刃を注視しつつ、シノは自分から仕掛けにかかる。
上段に構えて摺り足で進むと、ミチカが鋸刃の駆動を止め、剣を交叉させた。
──まさか、あれで受ける気か?
簡単に焼き斬られると解っているのに、どうも怪しい──
相手の出方を窺い、こちらの歩みが緩んだ瞬間だ。
ミチカが動いた。
折られていない方の剣で打ち込んでくる。
シノは半歩下がりつつ、またも先端を焼き斬った。
が、ミチカは攻撃を緩めない。
少しずつ剣先を失いながら、それでも果敢に攻め入ってくる。
──なかなか面白い。
が、ずいぶんと乱暴な戦い方だ。
やがて刀身が尽き、そうなれば終りだろう。
シノが返す刀でまた先端を焼き切りに行った瞬間──
シュンッ!
鋸刃の片方が、いきなり柄から離れ、飛び出した!
シノの描く赤い太刀筋──
射出された刃はそれを綺麗にかいくぐる。
ずんッ、という鋭い衝撃。
見ると鋸刃は、シノの鎖骨の下あたりに、真っ直ぐに突き刺さっていたのだった。




