表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/54

マッドキャット

 ──以下、記憶データ完全消失。

 ──広域データ及び、他者の記憶より部分的抜粋。

 ──仮想的再構成を実行。



  *  *  *



「まずは君の脳を取り出す。そして機械身体に移植する」


 技術医師テック・ドクターは目の前の少女に、そう説明した。


「ただし、いきなり移す訳じゃない。生身からの完全換装には、どうしても接続部インターフェイス上の問題が生じる。だから、まずは簡易的な身体に移す。そして微調整。それを繰り返して、徐々に慣らして行くんだ──」


 ラボのベッドの上、片方の手が無い少女は、心ここに在らずといったように見えた。

 これから行う大手術テック──それを理解しているのかどうかも不明である。


 もっとも技術医師テック・ドクターにとって、それはどうでも良いことだった。

 どのみち彼女の脳の一部は廃棄される。

 たった今した説明は、高額な換装料を支払える上流階層向けのものだ。


 本来ならドローン兵士で事足りるところ、あえて人間を使用する試み──それが黒猫行列カッテンストゥッツ計画。

 ほとんど金持ちの道楽か、政治的な臭いしか感じない。

 が、クライアントが言うのだから仕方がなかった。


「──何にしても」医師は続けた。

「君はもう、苦しみを感じない。怒りも悲しみも、今後は一切感じなくて済むよ──」


 多くの言葉は嘘にまみれていたが、それだけは唯一、真実だった。



  *  *  *



 ミチカはしばらく、本当に何も感じなかった。

 脳の一部を脳内接点機器(IBMI)に取り替えられたときも、機械の身体に移され、洗脳管理システムをインストールされたときも──


 洗脳管理システムは、普段は弱まっている情動が何かの拍子に活性化したとき、それを抑えるよう機能した。

 「軍曹ガナリー・サージェント」とか、「教官ドリル・インストラクター」の名で常駐し、むしろ戦闘状態で活性化が必要なときは、檄を飛ばした。


 戦闘訓練の多くは仮想空間で行われるのが常だったが、製品としての出荷前、一度だけ現実空間リアル・ワールドで行われた。

「SATOMI KK」が有する、どこかの巨大な地下施設だった。


 敵味方に分かれた行われた模擬戦において、ミチカとミチカの班は勝ち組に残り、「良品」に認定された。

 とはいえ「良品」は、他の製品よりも優れている半面、集団行動に向いていない側面を持つ。

 さらに細かな最終調整のため、ミチカは初めて外部ネットワークに接続された。


 そのときだった。

 彼女の中に何かが流れ込んだのは──


 失っていたもの──感じさえしなかったもの──


 それは激しい濁流となり、記憶の防壁を決壊させた。

 ときに、完全消失したものさえ再現して──



  *  *  *



「──その辺りは御父上の偉大なる功績と申せましょう。モチウジ氏が成立させた、あの人権委譲法案は、かかる問題をすべて解決しました。

 我々としても技術的に新しいチャレンジができ、大変感謝しております──」


 営業担当者のタケダが、深々と頭を下げた。

 それを受けたナリウジは、宮殿パレスのような敷地に居並ぶ黒猫行列カッテンストゥッツ部隊をあたらめて眺め渡した。


「晩年は何かと不甲斐ない父だったが、感謝せねばならんな──」

 そのギラギラした視線はやがてミチカを捉えた。


「ところで、この娘はどんな命令にも従うのかね?」


「勿論です」とタケダ。

「自決せよ、と命じれば、それすら実行しますよ。もっとも、大変勿体ない命令ではありますが──」


「ほう。それは実に興味深い。色々と──楽しめそうだな」

「試しに何か命じてみましょうか? №8(ナンバー エイト)。武器を置き、新しいご主人(マスター)の前にひざまずけ」


 しかしすべてを思い出したミチカは、自分自身をハッキングしていた。

軍曹ガナリー・サージェント」あるいは「教官ドリル・インストラクター」が、すぐさまがなり立て始めたが、シャットダウン。


 きっとミチカだけならば、不可能だったに違いない。

 記憶を蘇らせてくれた何か──それが力を貸してくれているのだ。

 ユーザー認証の最上位に記された、ナリウジとタケダの名前を消去。代わりに「ミチカ」を上書きした。


 部隊の標準装備として、自分の手の中にある、電磁アサルトライフル「SR‐90」。

 ネットの各所に張り巡らされた電子的な安全装置を全解除──


 そして──発砲した。


 狂暴なマズルフラッシュの瞬きの中、順番に飛び出して行く弾倉の全五十発。

 脳内のアシスト機能を使うまでもなく、すべてがナリウジの身体に吸い込まれた。

 幾つかの赤い破片となった残骸が、飛沫と共に弾け、辺りに血だまりが広がった。


 ナリウジのバイタル停止を感知した、かつての仲間たち──

 黒猫行列カッテンストゥッツ部隊がその原因の排除を開始する。


 差し伸ばされた誰かの腕が、ミチカの右腕を握った。

 そのまま潰そうとするが──サイボーグの腕は壊れない!


 ふいに、自分は今、かつて望んだような完全なる機械の身体なのだとミチカは気付いた。

 それは酷く滑稽で、泣きたいほどに無様だった。

 が、口からこぼれ出したのは、まったくその逆だ。


「な、何が起こってる? どうして、勝手に笑っているんだッ!」

 狂ったように喚くタケダの声。


 ミチカは自由な方の手で、自分をつかんでいる相手の首を突き破る。

 パイルフィストなど不用。今の身体は充分、武器だ。

 動かなくなった部隊員の身体を投げ、別の相手にブチ当てる。


 その隙に駆け出すと、逃げようとしていたタケダに思いっ切りぶつかった。

 骨の砕ける音。

 ふっ飛んだタケダに追い縋り、その首をがっしりと両手で握る。


「じ、自決しろッ、№8(ナンバー エイト)! 自決しろおおッ!」

 血の泡を吹き、そう怒鳴るタケダの首に、グッと力を込めた。


 ──ぐじゃり。


 柔らかいトマトを握るように、それは潰れ、千切れた。

 噴き出してくる液体を浴びながら、ミチカは生まれて初めて自由を感じた。


 ──なにものにも負けない、真の自由!


 振り向くと、SR‐90を構えた、たくさんの黒猫たち。次の瞬間には、それが一斉に発射されるだろう。


 それでも何故だか、絶対に負ける気はしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ