保護猫
眼球のレンズが焼き付くような、強い光で目が覚めた。
ミチカの頭上には昼間以上の明るさを放つ無影灯があった。
身体は固定されているのか、全く動かせない。
唯一、自由な眼球──それが、左右から同時に迫って来るものを捉えた。
メタリックに光るロボットアームだ。
細長く、枝分かれした先端が花びらのように開き、幾つものメスが広がる。
そして獲物に喰らい付く蛇のように、動かない身体へと襲い掛かった。
具体的には、ヤクザが握っていたあの腕だ。
ミチカは声を出そうとしたが、無駄だった。
人形か何かのように、完全にマヒしている。
幸運だったのは、全く痛みが無かったこと。そして──すぐに気を失ったことだった。
次に目覚めたとき、そこには眩しい光も、ロボットアームもなかった。
ミチカは薄暗い天井をしばらく眺め、身じろぎをした。
すると前回と違って身動き出来ると解り、ミチカはその姿勢──仰向けに寝かされた格好から、両手をついて起き上がろうとした。
瞬間、右腕に激痛が走った。
無数の針を突き刺したような、鋭い痛みだ。
何事かと思って振り上げた腕──
ミチカは息を飲んだ。
無い。
手首から先が無いのだ。
急に吐き気が込み上げた。
何度もえずくが、吐しゃ物は出ない。
再び、人形になったような感覚──目は覚めているのに、自分はここに居ないような──
ドアの開閉音と共に、誰かが近付いて来た。
そのサイボーグ男はミチカを覗き込むと、注射器を取り出し、右腕へと打ち込む。
また意識を失う刹那──ミチカは相手が何者で、ここが何処なのかを理解した。
男の制服に、民間自警会社の救護班を表すロゴ・テクスチャが光っていたからだ。
*
「──単刀直入に言おう。
君を襲った──あるいは君が襲ったヤクザは死んだ。
酷い電撃傷と感電によるショック死だ。搭載していた違法武器からの過電流もあったのだろうがな──」
麻酔から目覚めたミチカが連れて行かれたのは、民警社屋の狭い一室だった。
金属の机と、パイプ椅子があるだけの殺風景な部屋。
さすがにミチカも、これが取り調べ室であるのはすぐに解った。
──ヤクザが死んだ。
担当の刑事から告げられたその言葉は、やはりショックだった。
真っ当な道を歩んで来なかったのは、自分が一番よく解っている。
それでも、これまで破壊したのはせいぜいがドローン。
誰かの命を奪った事実は、酷く重かった。
「まあ、君の右腕については残念だったと言わざるを得んが、その程度で済んで良かったとも言える。普通、完全サイボーグと生身でやり合って、生き残れる訳ないからな──」
ミチカは自身の右腕を見た。
手首の先から、綺麗に何も無くなっている。
薬によって痛みは消えていたが、右と左を見比べるたび、別の痛々しさが感じられた。
刑事の風貌は、あのヤクザと同じくらい厳ついものだった。
データ化された証拠情報を幾つも表示しつつ、相手は続けた。
「我々としては、街のクズが一人くたばったのだから、これ幸い──と言いたいところだが、話はそれで終わらん。君の脳内から取り出した情報では、君にも非がある。単なる正当防衛では片付けられない。
当然、君は有罪となり、再教育施設か、終身労働型・刑務所へ行くことになるだろう。
──が、ここで一点、問題がある」
刑事はそこで間を置くと、口内に内蔵したヴェポライザーから、ニコチンの蒸気をたっぷりと吐いた。
「ヤクザだ。君が殺した相手がヤクザだってことだ。
一般人の場合、その遺族の要求はとりあえず賠償金ってところだろうが、ヤクザは違う。
特別、掟に厳しくなくとも、報復があるだろう。
つまり、君は入所先で、ほぼ百パーセント命を狙われるということだ。
これについて、残念だが我々は君を守れない。
民警はあくまで営利企業体であり、純粋な行政機関ではない。
また、入所先の施設が、我々の関連グループとは異なる運営企業であることもしばしばだ。
君が大型の特約がある保険に加入し、それによって自警費用を賄えるなら話は別だが──?」
勿論、そんなものに加入などしていなかった。
急に部屋が壁が迫って来たような、眼球が機能しなくなった感覚──
薬の副作用だと思いたかったが、多分、そうではなかった。
「我々として出来ることはここまでだ。
データ送信と同時に自動化されたAI裁判が開始され、それは数十秒で終わるだろう。
そして君の運命はほぼ決定する──
ただ、さすがにそれではこちらも心苦しいので、オプションを提示しよう。
まずは我々の親会社、SATOMIの部門責任者に会ってくれ。
詳しい話は彼から聞けるはずだ──」
刑事が退室した。
続いて入って来たのは、民警とはまるで関係のなさそうな人物。
パリッとしたスーツを着込んだ、若い男だ。
そいつは作られたような笑顔を貼り付けたまま、電子の名刺を差し出して言った。
「こんにちは。私は『SATOMI KK』のタケダ。法務部門責任者にして、民間軍事部門の営業担当者です」




