表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/33

噛みつかれた猫

 間近に見るサイボーグは、アーカイブの中で見たゴリラのようだった。

 破砕機構を搭載するために盛り上がった肩と上腕。

 それを支えるための太い下半身。

 皮膚のように貼り付けられたテクスチャの下は、剥き出しの金属だ。


「誰に連絡してた? いっそ、ここへ呼べよ」


 握られた腕──それにグッと力が加わった。

 ミチカはうめいた。


 全身サイボーグだったなら、部分的な痛覚神経回路ペイン・ニューロ・サーキットの遮断が可能だ。

 確か機種によっては、モジュール毎の任意分離も簡単だろう。


 けれども、ミチカは半分以上、生身。

 強化骨格や、それを覆う滑らかな人工代替皮膚リプレイス・スキンなど夢のまた夢。

 そもそも、それを手に入れるために犯した危険なのだ。


「ここへ呼べよ。そうしたら、許してやるから──」


 ヤクザの声は、まるで子供を諭すような優しさを含んでいた。

 上手くやれば見逃してくれる──本当に馬鹿な子供を錯覚させるような、偽りのそれだ。


 ミチカはよく知っていた。

 民間自警会社の社員たちが、好んで使う言い回し。

 あるいは、大人たちが嘘をつくときの言い回し。


 ──本当はお前のことを心配していた──

 ──お前のためだったんだ──


 この両方が合わさるとき、真実はない。


 シオリとエイミ──

 出来ることなら、二人に助けを求めたかった。

 けれども、呼んだところでコイツとは勝負にならないだろう。

 例えヤクザが、古式ゆかしい任侠道ニンキョー・ウェイに従ったとしても、許してくれる見込みはなかった。古式ゆかしいほど、オトシマエを求めるからだ。


「なあ。呼ぶんだ。──解らないか?」


 サイボーグの拳に、さらに力が加わった。

 骨の軋む音が聞こえ、激痛が走る!

 腕の中を走るように埋め込まれた読み取り電極が断線し、パチン、とスパークする音。


 ああ、このまま握り潰される──


 あまりの痛みのために、脳内物質が多量放出されたのかも知れない──

 すべてが現実ではないような、奇妙な感覚だ。


 ふいに思い出したのは、本当の嘘吐き。

 自分に武術を教えてくれた師匠、ニカイマツヤマ──


 その腕もさることながら、師匠は言葉によって相手を煙に巻くことの達人だった。

 本当に短い間の関係性だったが、あのやり口は使えるかも知れない──


「──早く、逃げた方が良い」

 震える声で、ミチカは言った。

「──私のバックにはヤクザが居る。コインロッカーは狙いじゃない。

 アンタの持っているゴールドの方。私は監視役に過ぎない──」


 その言葉に、ヤクザは一瞬動きを止めた。

 果たして、信じただろうか?

 いや──そんなことはないだろう。

 ほとんど改造もしていない街角の猫(ストリート・キャット)を、手下に使うヤクザはいない。


 けれども、ミチカにとってそれはどうでも良かった。

 少しずつ痛めつけられ、やがて皆に助けを求める──楽になるために、皆を売るのが怖かった。

 それに師匠から学んだことは、もう一つあったのだ。


「嘘かホントか知らねえがな──」ヤクザが言った。

「とりあえず、もうちょっと痛い目みとくか?」

 そして利き腕を変形、モジュール毎に分離させると、内側の破砕機構を露出させた。


 ミチカの狙いは、ここだった。

 相手がパイル・フィストを突き出す瞬間、こちらも自由な腕を懸命に伸ばす。

 握られていたのは、衝撃・十手(ショック・ジッテ)



「──サイボーグの弱点は、一番複雑な機構を持っている部分だ。シンプルであればあるだけ強く、その逆は弱い──」



 師匠のそんな言葉を、ただ信じた。

 わずかな動きだけで感じる、反対の腕の激痛。

 まるで引き千切れるのではないかとさえ思われるが、もう構わない。


 コイルが嘶き、腕の先端にある真っ直ぐなパイルが飛び出す刹那──

 電磁加速モジュールに、最大出力の十手を突き刺した!


 激しい爆音。そして衝撃波。

 ミチカは、自分の身体が飛んだのが解った。


 握られた腕はどうなったのだろう──?


 一瞬、そんなことを思ったが、強くエレベーターの壁に叩き付けられ、それどころではなくなった。


 最後に覚えているのは、辺りに立ち込める黒煙。

 そして多分、自分の腕からであろう赤いほとばしりだけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ