表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

忍び足

 チバ・モノレールの車内には独特の安定感があった。

 低所得者が乗り合わせる飛行バスのような、どこまでも足元がおぼつかない感覚はない。それでも、遥か下に広がる高層建築群メガ・ストラクチャが視界に入るたび──高所恐怖症アクロフォビアではないけれど──眼球の奥がブレるような、故障ではない錯覚を覚えていた。


 さっきからミチカは、第二車両目の座席に腰かけ、第三車両を音で監視していた。

 猫耳に搭載された音響検波機能エコー・ディテクタ

 全身を完璧に魔改造ダーク・カスタムしたサイボーグ──その一挙一動に神経を尖らせていた。


 当初、金を運ぶすべてのドローンに対しハッキングを仕掛けるというアイデアだったが、それはかなり難しいことが解った。

 ハッキング・デバイスの購入には金が掛かるし、なにより相手が通信途絶状態オフラインで飛行した場合、意味がない。

 残るアイデアは事前にドローンを特定、先にハックしておく──というものだが、誰がどう考えても手間が掛かり過ぎだ。


 危うく頓挫しかけた計画だったが、そこでミチカは閃いた。

 追加で買う必要がなく、すでに全員が装着しているもの──猫耳キャット・イヤだ。


 通信途絶状態オフラインのドローンは、自機の慣性航法システム、搭載カメラの映像分析、そして昔ながらの音波探知の組み合わせで飛行する。

 ミチカ、シオリ、エイミの猫耳は、その音波攪乱に利用できた。


 もっとも、それだけでドローンを操ったり、乗っ取ることは出来ない。

 ただ、音波探知を潰せば、突発的な外部からの働きかけには極端に脆弱となる。

 特に、高速でぶつかって来る飛翔体に対して──


 腕部と脚部の重い駆動音。

 サイボーグが座席から立ち上がる音だった。

 続いてモノレールはゆるやかに速度を落とし、やがてチバ駅に停車した。

 そいつが降りたのを見計らって、ミチカも跡を追う。


 相手はすでに一つ前の駅で、分配前の金をコインロッカーから取り出している。

 だとすれば、ここで一回目の仕分けが行われるはずだった。


 高所にある駅のプラットフォーム。

 ガラス張りの大屋根トレイン・シェッドで覆われたその向こうは、やはりビルの屋根。

 広告のテクスチャと乗り降りする客がひしめく中、サイボーグ・ヤクザは空中エスカレーターへと向かう。


 全長二百メートル。

 たしか一番下に到着するまで、しっかり五分はかかる。


 吸い込まれるようにサイボーグの姿が消えた後、ミチカはそれに続く。

 人間の追跡というのは、実に難しい。

 ドローンと違って、搭載されているセンサの数が違う。

 なにより、裏社会に生きるものは──勿論、全員ではないが──研ぎ澄まされたセンスも持ち合わせている。


 自販機ジハンキーのように、ただ一定距離を保つだけはダメだ。

 何気なく、ただそこに居る──

 とうの昔に消え去った野良猫の佇まい。それが必要だった。


 百メートルを過ぎた辺りで、動きがあった。

 ヤクザが乗り継ぎ地点で降りたのだ。

 途中にあるのは駅ビルの専門店街と、その奥にコインロッカー。


 ミチカはチャネルを開き、シオリとエイミに連絡する。

「ここで間違いない。来れるのはどっち?」

「私の方が近い」とエイミ。

「了解。急いで」チャネルを閉じる。


 今、シオリとエイミが居るのは、チバの上空を飛ぶタクシーの中だ。

 ランダムに変わるヤクザの移動経路。

 その完全特定は不可能だったので、「ドローン捕獲班」の二人には、一番移動の自由が利くものに乗ってもらった。

 きっとそのメーターは大変な料金になっているだろうが、ハッキング・デバイスよりは安い。


 予想通り、ヤクザは専門店街を進んだ。

 ミチカは気楽な買い物客を装って、その一つへと入る。

 適当な商品を勧めてくるバーチャル店員のテクスチャをあしらい、しばらく待つ。

 そうやって、耳でモニタ出来るギリギリの距離を保った。


 専門店街を抜けて更に百メートル進んだ先。

 ヤクザの動きが遂に止まった。

 駅ビルの突き当り──行き止まりになった一角に設けられたコインロッカーだ。

 奴は確認するように、一旦周囲を見渡す。

 ミチカは近くの女子トイレに飛び込み、身を隠した。


 正確なコインロッカーの位置を知るには、顔を出して確認が必要だ。

 けれども、こちらの狙いは次にやってくるドローン。

 人目の多い場所で、警報機つきのロッカーをこじ開けるより、捕獲班が追跡してチャンスを狙う。

 ──これが作戦の全体だ。


 サイボーグの腕が動き、蓋を開け、何かをしまう音。

 そのときエイミの通信が猫耳キャット・イヤに届く。

「駅に着いた。どこ?」

「専門店街の奥のコインロッカー」

「了解!」


 猫耳ではなく、実際の耳に靴音が届いた。

 サイボーグが移動を開始したようだ。

 ミチカはトイレの入口から顔を出すと、やはり一定の時間と距離をおいてヤクザを追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ