誰が鈴をつけるのか
地図データで気になったのは、そこに張り巡られた移動経路だった。
あてどなくさ迷う浮浪者──あるいは浮かれた観光客みたいに、その道順は良くいって複雑、悪くいえば無茶苦茶に見える。
シオリの追跡は途中で終わっており、その全てを巡った訳ではないという。
だとすれば、このルートは一体何なのだろう?
単に追跡を撒くための警戒だろうか?
ミチカがそれを質問すると、シオリは実際の表情を使ってニヤリと笑った。
が、その理由を伝えたのは、声でなく音波だ。
「たしかに途中で引き返したよ。でも、解っちゃったんだよね。
そのヤクザは色々な場所に寄り道した──で、その度に小包の重量がちょっとずつ減っていった。ここまで言えば、もう解るよね?」
──なるほど。
ヤクザは金を配った。
資金分散、上納金の支払い、それとも囲っている和服美人へのお手当──
その理由は様々だろうが、この際それはどうでも良い。
重要なことは、チバに金が小分けにされて眠っている!
ミチカの異常な興奮が、言葉にならない音波情報として届いたのだろう。
シオリがちょっと残念そうな顔をする。
「──実はこれ、一週間前のデータ。つまり、今でも各所に金があるかどうかは解らない。だけど、この贅沢な配達サービスはきっと初めてじゃない。チャンスは全然あるってこと。エイミと一緒に、計画を練ろう? なるべく綿密なのをね?」
※ ※ ※
──データ破損。──復元不能。
──集合知に基く計算。──運命力学的検討。
──仮想的再構成。
──構成中。──構成中。──完了。
※ ※ ※
エイミを加えたことで、計画はどんどん進んだ。
二人から三人に増えたことで、音波通信は格段にキャッチし易くなった。
また一度配られた場所へ実際に足を運んでみるのも、三人いれば心強い。
とはいえ、届け先はそれぞれ別のコインロッカーだったり、あるいは貸し倉庫だったりと、解り易く個人宅の郵便受けにはなっていない。
それぞれの場所にそれぞれのリスクがあり、また難易度が異なっている。
もし、金の全部を狙うなら、ヤクザが配る前の段階しかないが、その点につい皆の意見は分かれた。
エイミは全てを狙うべきだと言い、シオリは配られた一つで満足しようと言った。
ミチカには、それぞれの意見がよく理解できた。
皆の換装分だけでなく、デカいNDYを手に入れるならエイミ。
リスクを最小限に抑えるならシオリ──
ただ、全身サイボーグのヤクザと戦闘になる危険がある以上、エイミの案は受け入れられない。
それは小分けにされたものも同じだ。
例えばコインロッカーや貸金庫の開錠中、本当の受取人と鉢合わせしないとは言い切れない。
また、少量の金で満足すべきかというと、それも違う気がした。
実をいえば、ミチカには別の考えがあったのだ。
ニュー・チバのイチカワ・シティ。
三人が隠れ家にしている崩れかけの廃墟で、ミチカは皆に偽炭酸飲料を配りつつ説明する。
「──二人が考えてない可能性があると思う。つまり、それぞれの受け渡し場所に、誰が来るかってこと。
今私たちは、ヤクザがヤクザに配ってると思ってる。だから、受取相手も全身サイボーグ野郎なんだ、って。
でも、本当にそうかな?
例えばあの貸金庫──誰もが使う簡単なものだけど、ドローン配送にも利用されてる。
もしかしてだけど、最終受取人まで運んでいるのは、実はドローンなんだとしたら?
勿論、すべてがドローンによる配送かは解らないけど、私たちが一番得意なことって──ドローンの襲撃じゃなかったっけ?」
「──それ、早速調べようよ!」
エイミが叫んだ。
缶を開けた癖に、飲むことをすっかり忘れてしまったようだ。
「たしかに一番リスクは低いかも──」
両手に缶を握ったまま、シオリが言う。
「思い出したけど、コインロッカーを開けるドローンを見たことがある。もし、複数台をハック出来れば、それだけで──」
「──とりあえず乾杯!」
ミチカは言い、偽炭酸飲料を流し込んだ。
泡がチクチクと喉に刺さり、洗剤のような味がしたが、今日はやけに美味かった。