ストリート・キャッツ
──過去データ読み出し中。解析。一部破損。
──復元中。──復元中。──復元完了。
「ミチカ! 準備は良い?」
新調したばかりの猫耳に、超音域の音波通信が届いた。
「いいよ! 全然、OK!」
ミチカはコンクリートの壁に背を預けながら、同じ音波で返信した。
ニュー・チバのイチカワ・シティ。
彼女が身を潜めていたのは、ギョートク・ストリートのビルの一角。
下層下町ではないが、上層階層でもない街路は、有難いくらいに閑散としている。
路駐された飛行車が何台も並ぶ中、その横を、駆動音と共に動いて行くものがある。
金属製の長方形の箱。
全長は約二メートルで、下に機械の多脚が付いている。まるで昆虫かのように、四本足は器用に重心を取り、路面を滑るかのように進んでいた。
その多脚機械は、移動式全自動販売機と呼ばれていた。
古の行商人が通りから通りへ、街から街へ品物を売り歩くように、決められたルートを回る機械の流離人だ。
ミチカたちの標的は、いつもこれだった。
リアルマネーが消えた時代、自販機強盗が無くなると思ったら大間違い。
中に格納してる偽炭酸飲料、デジタルコンドーム、かなり怪しい合法ドラッグは、転売すればそれなりの金になる。
「──仕掛けるよ!」
ミチカの耳に仲間の一人、シオリの声。
それを合図に、ミチカは行動を開始する。
背を屈め、ビルのコンクリートから飛行車の陰へ。
音もなく忍び寄る猫のように、そのままの姿勢で次の車へと移って行く。
移動式全自動販売機には、視覚情報処理系として二つのカメラがある。
一つは箱の上に取り付けられた、全方位カメラ。三百六十度の全視野を網羅している。
もう一つは、正面に取り付けられたカメラ。
対面時、大型ディスプレイに商品映像が流れる仕様。
その上部に、客の顔を捉えるカメラがある。
ミチカは視界上に全方位カメラのアウトラインを標示、そこに踏み込まない範囲で多脚機械を追いかける。
カメラを潰すのは、ペイントガンを持った別の仲間、エイミの役目。
今か今かと待っていると──
パン、パン!
乾いたような炸裂音。
よし、イケる! そう思って飛び出そうとした瞬間、
「マズった! もう少し待って!」とエイミの声。
更に発射音が続く。
グズグズしていると異変感知で通報される──
──ちょっと、何やってんの!
よっぽどそう通信してやろうかと思ったとき、 「潰した!」とエイミ。
ミチカは飛行車を乗り越え、全速力で駆け出した。
カメラを気にしないのなら、飛ぶように行ける!
視界に入ったのは、カラフルなペンキを頭から垂れ流す移動式自販機。
それを挟んだ向かい側には、先に到着したシオリの姿。
けれども、計画通りになっていない。
視覚系を潰された多脚機械は、まるで暴れ狂う怪物のよう。
姿勢制御は続けているが、辺りの飛行車に突撃し、エラーを感知して後退、また突撃し、エラーを感知して後退──
本来なら、今頃シオリが準備したワイヤ・ネットに絡ませ、動きを封じていなければならない。
不規則に動く多脚に、次の一手が打てない様子のシオリ──
恐れる理由は解る。
もしそれに蹴られれば、頭蓋が割れるか、最悪首が飛ぶだろう。
ミチカは意を決すると、腰から棒のような物を引き抜いた。
一見すると、それはまるで鉄の警棒。
違っているのは、グリップの上にL字型の鉤がついていることだ。
ミチカはそれは、感電・十手と呼んでいた。
かつての武術の師匠から、免許皆伝の証としてもらったものである。
それを右手に構えたまま、スピードを緩めず駆ける。
一旦、飛行車に向かい、そのルーフ近くのピラーを思いっ切り蹴った。
その反動を利用し、跳ぶ。
多脚部を越え、移動式自販機のてっ辺へと到達した。
実に見事な、三角跳びだった。
ミチカの重量を感知したからだろう、移動式自販機の動きが変わる。
脚部をよじり、乱暴に動きながら、乗っかったものを振り落とそうとする!
危うく手が離れそうになるのを堪え、感電・十手を逆手に持ち替えた。
このタイプは、初めてではない。何度か襲ったことがある。
時間的にも、もう通報済みだろう。だから、一撃で仕留める──
ミチカは右腕を振り上げた。
金属板の一番薄い部分──組み合わされ、接合された繋ぎ目。
そこに体重を乗せた感電・十手を突き下ろす!
金属の軋む音と共に、十手が貫通した。
ミチカは即座に内蔵コイルを作動、自販機の回路に最大出力の電流を放つ。
凄まじいスパークと煙!
十手を引き抜くと、やがて穴から臭い黒煙と共に炎も噴き出した。
堪らず、ミチカはジャンプ。数メートル先の街路に着地する。
ボン!
自販機はてっ辺が吹っ飛んだが、それでもしばらくは動くの止めない。
飛行車に突撃し、エラーを感知して後退、また突撃し、エラーを感知して後退──
四度繰り返して──ようやく沈黙した。
「ごめん、ミチカ! 本当に助かった!」
駆けて来たシオリが言った。
きっと余程に恐ろしかったのだろう。
その顔には申し訳なさと、安堵からくる涙が浮かんでいた。
「いいよ。シオリはそこまで改造してないんだし。アレに潰されたらヤバいでしょ?」
実際、シオリは半分生身だった。頭にこそ猫耳はあるものの、全然完璧ではない。
少しずつ換装して行く途中。だから金を手に入れよう──
それが皆で決めた約束だった。
「──私もゴメン。しくじっちゃった」
やはり改造途中のエイミが合流する。
「さあ、時間がないよ!」ミチカは言う。「さっさとコイツの中身を出そう」
ハッキングツールで開放状態するつもりだったが、電子回路が焼け落ちていて無理だった。
エイミの持ってきたバールで箱をこじ開けながら、ミチカは次にどこを換装しようか頭を悩ませる。
皆より改造が進んでいるとはいえ、やはり自身も途中なのだった──




