追いかけっこ
シノの日本刀は、ちょうど車に置いていた。
ソウナは彼女を案内して、空中立体駐車場へと向かった。
マンションの暗い通路を行きながら、ヤクザの下っ端に対し偽情報を流す。
シノが逃げたのは、アンダー・セタガヤ方面だ、と。
同時に駐車場の監視カメラをハック、ソードフィッシュが停車し続けている映像に差し替える。
飛行車のドアを開いて彼女を招き入れたとき、「──酷い臭い」とシノが言った。
「それ、あなたの所為!」と口まで出掛かった言葉を飲み込み、ソウナは後部座席の日本刀を渡す。
下水にまみれた刀だが、それを受け取ったシノはどこか満足気だ。
ソウナはスターターを入れ、車を発進させた。
ソードフィッシュは係留コネクタを離れ、林立する建築群の中へと飛び出して行く。
行き先はリトル・サイタマ、あるいはニュー・グンタマか──?
そんな事を考えていると、急に金属音。
車体に飛び石でも当たるような──しかしそんな筈はない。
ソウナはすぐさま気が付く。
銃撃だ!
位置情報、車体識別番号の検索──
五時方向の上方、「TAKIDA」の未登録マクシムス!
出荷時は非武装のワンボックスだが、魔改造されている。
何より、ソウナはこの車を知っていた。
サイバー浪人、サモジロー・アボシの持ち物だ!
「──ははは、ソウナ!」
無理矢理ねじ込まれたチャネルが開き、アボシの頓狂な声。
「ようやく尻尾を出したな。お前は終りだ!」
降り注ぐ弾丸の雨。
ドアガラスが割れ、跳弾が車内を乱れ飛ぶ。
「クソ! 一体、何なんだ!」怒鳴るシノ。
高所からの正確な銃撃。
車体下部に取り付けた自動照準型タレットか!
ソウナはまず、サモジロー本人をクラックしようとした。
けれども、あらゆるポイントは閉ざされ、未接続。
仕方なく、ドローンを射出した。
シノとやり合った後なので、武装は交換出来ていない。
装甲化されているであろうマクシムスには、ほぼ無意味な電撃針を持った二機のみ──
ソウナは意識を躍らせる。
同時にソードフィッシュを急降下、背の低いビルを使って遮蔽した。
「うわ! 言ってよ!」
シノは叫びこちらを見たが、ソウナの意識拡張と分散を感じ取ったらしい。
すぐに押し黙った。
ソウナの操る二体のドローンは急上昇、マクシムスへと迫る。
しかし高所にある有利さは、如何ともし難い。
ソウナは一機を特攻させた。そうやって隙を作るしかなかった。
ただ、それは心苦しい決断だった。
既製品でなく、自らの手で組み上げたドローンには、やはりどうして愛着がある。
勿論その中に、魂の宿ってはいない事は解っている。
けれども、自分の中の魂が痛みを感じる時、それは無意味なのだろうか?
心の一部が削れるならば、その破片はどこに宿っている?
──ああ、そういうえば、キジローを置いて来てしまった──
「──ごめん」
ドローンとキジローへの感情が混ざり合ったまま、ソウナの一部はマクシムスの射線へと入る。複眼に映る自動照準型タレットの銃口。
フラッシュ、フラッシュ、フラッシュ──制御不能。
その間に、肉迫したもう一機は六本脚の先端の、磁力吸着盤によって車体下部に張り付いた。
タレットの射角外から、電撃針を連射する。
青白い光の瞬き。
ダメだ!
タレットの搭載AIも馬鹿ではない。機銃を左右に振り、致命傷を避けている。
ソウナはドローンを這って進ませると、タレットの機関部に取り付いた。
電撃針の残弾数は一発。
狙うとすれば、駆動機構部への外部動力供給ケーブル。
昆虫が人体を刺すときのように、口吻を標的物に密着させると、突き込むように、食い破るように、針を叩き込む。
瞬間、ドローンは制御不能。
口吻内で起った電気ショックの影響だ。
最後に見えた硬直化した視界には、煙を上げるタレットの機関部──
──なんとか、潰せたか?
意識を戻して、ソウナは思う。
「上手くいったの?」と助手席のシノ。
実際、そうなのだろう。
マクシムスは優位な高所を捨て、急降下を開始する。
こうなれば、あとはスピードとテクニックの勝負。
ソウナは更に高度を下げ、ブンキョーの下層界にソードフィッシュを躍らせる。
暗闇に包まれた旧世界の街並み。
ひび割れたアスファルトと、倒壊物と、折れたビルディング。
それらが車窓を流れ去って行く。
再び、警告。
ALAW対戦車ミサイルの接近!
そんな、まさか──!
そう思った瞬間、激しい衝撃が全身を襲った。
何かが身体にぶつかり、弾け、宙を転がるような、飛ぶような感覚。
続く永遠にも思える浮遊感。
やがて、ガツッ、という音──
ソウナはそれきり意識を失った。




