好奇心は猫を殺す
ソウナは接続端子を引き出した。
シノの首筋に沿ってある接続部、そこにゆっくり挿入する。
彼女に繋がった瞬間、脳にチクリとした幻の痛み。
視界が融け出し、じっとりと落ちて行く。
そこに広がるのはマトリクス──複雑怪奇に組み上げられた情報の構造体。
特殊な暗号。「FU-KOU」。
これは一体、何なのだろう?
そういえば自分のウイルスを調べたとき、「FU-GI」という暗号名を見た記憶がある。
やはり私と彼女は同じ? ──いや、微妙に違う?
そう思いながら、ソウナが「FU-KOU」にアクセスした瞬間だ。
途方もない情報の濁流──それが襲った。
ここではないどこか遠く、あるいは夢のような幻。
自分の記憶ではない幾つものヴィジョン──
まるでマトリクス生成AIの作り出す仮想体験のよう。
ネコヅカ組──バンサク・ネコヅカ──テック・ドクター。
そして、ウイルスの感染──
シノの記憶──彼女が隠そうとしたあらゆる事が、一つ一つ露わになって行く。
しかしそれは、ソウナも同じだった。
自分の内側に、深くシノが入り込んで来るのが解った。
決して不快ではなかったが、情報ドラッグをキメたときのような陶酔感だ。
やがて潮が引くように没入は静まった。
夢を取り上げられたようなちょっと寂しい気分。
そこに見えてきたのは、また別の視界。
ソウナでもなく、シノでもない、別の第三者のものだった。
息も出来ぬような狭い空間。
全てが封じられ、閉じ込められている。
その内に巣食う、怒りと憎しみ──まるで自らの感情のように伝わって来た。
それが願うのは解放──あるいは自由──
瞬間、その深い共感的繋がりは断ち切られた。
ソウナはシノに差した端子を引き抜いた。
「──深く潜るなと言ったでしょ!」
シノが怒ったような声を出す。
「──あなたも居たじゃない」
ソウナは言いつつ、繋がりを断ち切った原因に対処した。
ヤヤ・ヤマの親分からの通信だ。
「ソウナか?」
「はい」
「ソウナ、ソウナ。俺はお前を信用してる。それは前、言ったな?」
「──はい」
「だったら一つ、教えてくれないか? 俺の信用に応える意味でも。
俺はな、自分の配下の人間を全部信用してる。けれど、信用は築き上げるものだとも思ってる。誰であろうと、隠し事や嘘を吐けばその信用は崩れる──
俺はお前に、ネコヅカの残党を殺せと言った。
実はその残党──面が割れて公開されたんだ。自警警察が賞金を掛けたんでな?
で、本題はここからだ。
お前はどうして──その猫娘を部屋に連れ込んだんだ?
ちゃんと──殺したんだよな?」
マズった!
駐車場の監視記録──まさかヤヤ・ヤマがハックしていたとは!
「──ソウナ。聴いてるか? お前ちゃんと、殺したんだよな?」
「いいえ、殺せていません」
「なに? どういう事だ?」
「逃げられました」ソウナは咄嗟の嘘を吐いた。
「戦って──殺せたと思いました。それで、死体を持ち帰って親分に確認を、と。けれども、自動体内式除細動システムが働いたらしく──逃げられたのです」
「おいおい、マジかよ!」
ヤヤ・ヤマが大声を出す。
「だったらさっさと追うんだ、ソウナ! ──おっと、それともどこか故障したか?」
「はい。手ひどく」
「解った、解った! テック・ドクターに診てもらうなりしろ。どこら辺に逃げたか共有しとけよ?」
ヤヤ・ヤマの通信は切れた。
──何とか乗り切ったが、ヤバい状況だ。
私にはこの人は殺せない。
何とか、彼女を逃がさなくては──
ソウナはシノに向き直った。
通信の内容は聴かれてはいない。
それでも天性の勘だろうか、シノは出方を探るように、こちらを見つめている。
「私の親分が、あなたの生死を知りたがっています。私はあなたを逃がすわ。信じて欲しい──」
しばらくの沈黙。
やがてシノが真面目腐った顔で、
「アンタ、どうしてあんなクズに従ってるの? 私ならそんなことはしない」
ソウナはドキリとした。
彼女と繋がったのだから、知られているのは解っていた。
その本質的な問い掛けが、激しく胸を貫いたのである。
「──急ぎましょう」ソウナは言った。「車で送ってあげる」
別に、誤魔化すつもりはなかった。
実際、早くしなければならなかった。
ただ、疼く胸の痛みの意味を、考える時間が欲しかった。




