猫にシャワー
ソードフィッシュはゆるやかに着陸した。
ブンキョーにある超高層マンションの空中立体駐車場。
出発したときと一見変わりはないが、きっと係留コネクタの重量センサは、サイボーグ一体分の重量が増えていることを感知しただろう。あるいは、設置された監視カメラも同様かも知れない。
ソウナはか細く不安定なブリッジの上を、猫娘を抱いたまま進んだ。
下水にまみれた彼女からは酷い臭いがし、車に乗せるのも嫌だったが、あの場に放置する訳にもいかなかった。
脅威の判定走査──
オールクリアでマンションのドアが開くと、可愛らしい声で機械猫のキジローが寄って来る。
──機嫌を直してくれた?
そう思ったが、キジローが興味を示したのは抱えられた猫娘。
普段は宅配ドローンすら恐れるのに、どうしたことだろう。
ソウナの脚に爪を立て、這い上るようにしながら猫娘に近付こうとする。
ええい! バカ猫!
ソウナはそれを振り払い、バスルームへと入った。
未だこの少女をどうすべきか──親分に引き渡すべきなのか自分でも解らなかった。
少なくとも、この酷い臭いを何とかしようと思った。
バスタブの中に彼女を横たえ、まずは温水のシャワーを浴びせる。
排水溝へと流れ落ちる、黒く濁った汁。
粗方の汚れが取れると、今度は服を脱がせに掛かった。
まるで男が着るようなぶかぶかのジャケット。
左の袖からゆっくりと、腕を抜き取る。
反対もそうすると、ジャケットは滑り、男物のシャツをまとった姿が現れた。
ブーツを脱がせ、やはり男物にしか見えないカーゴパンツを下ろす。
少女は下着を履いておらず、ソウナは「この人、ヘンな趣味だろうか?」と訝しむ。
全ての服を脱がせ終わってみると、少女の身体は傷一つ無く、あれほどの戦いを繰り広げた相手とは思われなかった。
膨らみの薄い乳房は戦闘特化型。
女性らしさを残しながらも腹筋は割れ、柔らかそうな臍部は緩やかに恥丘へと落ち込んでいる。
まさに機能美を追求した身体だが、ソウナの目を一際引いたのは左腕だ。
淡い発光を伴った、見る角度によって変化する牡丹のテクスチャ!
自分のものとは、ややデザインが異なっている。
しかし、どうしてこの猫娘にも──?
ソウナは、接続端子を引っ張った。
確かめる為には、少女の中に潜ってみるしか無さそうだった。
ドローンのように、焼かれる危険はある。
それでも強い興味が勝っていた。
彼女の奥深くに眠る、自分と同じ物の正体に──
つかみ伸ばした接続ワイヤが切断された。
猫娘の手から露出した猫爪、それが切ったのだ。
まさか、覚醒していたとは思わなかった。
神経網素子の微弱電流はしっかりモニタ出来ていた。
それを感知させない覚醒──
自分の脳だけで制御している?
ソウナの目と鼻の先には、濡れそぼって光る猫爪。
一触即発の状態──
「にゃーん」
その緊張を解したのは、キジローだった。
睨み合う二人の間、キジローはソウナを踏み台にして猫娘へと至り、ペロリとその顔を舐める。
相手の顔に敵意が消えて行くのを見て、ソウナは自身の神経網素子、そして全身の人造筋肉を弛緩する。
戦わない、危害は加えない──との無言の意思表示。
やがて相手の猫爪が、するりと拳に戻って行った。
「──アンタって」少女が口を開いた。
「異常性癖者? それとも、強姦魔?」
「──違います」ソウナは答えた。
「この状況については話を聞いて欲しい」
「──じゃあまず、普通にシャワーを浴びさせてよ。ただし、私とこの子だけでね?」
猫娘はキジローの首筋を撫でながら、しかし視線で猫爪の露出口を見やる。
いつでも機械猫を貫ける──そんな脅しだった。
キジローはそれを知ってか知らずか、ただゴロゴロと電子音を立て続けるだけだった。