ファイティング・キャット
空中を飛び退って行く最中──
ドローンの複眼は、幾つもの新情報をソウナにアップデートした。
「ANZAI」の猫娘・身体、金属繊維の伸縮式尻尾、そして「OSAFUNE」の一点物の日本刀──
バンサク・ネコヅカの所蔵品目録にあった、名刀・村雨丸と完全一致。
この汚水まみれの少女こそ、ヤヤ・ヤマの親分が命じた《《消すべき相手》》──
近付いてくる地面を意識しながら、ソウナは確信する。
受け身を取って、摩耗したアスファルトを転がった。
その間にも、各ドローンは臨戦態勢。
それぞれを隙なく放射状──とはいえ五体なので不完全だが──に展開。
跳ね起きて、MBピストルを構えた。
自分を入れて、六対一の対峙。
飛び道具がある分、確実にこちらに有利──その筈だった。
自警会社のドローンが発射した電撃針。
三体が順次、回避予想地点へと撃ち込んだそれが、いとも簡単に避けられて行く!
ソウナはランダム性を増やした。
三体の同時発射に加えて、自分も二発撃ち込む。
──全てを解っていたかのように、電撃針は猫娘の後方へと消えた。
ピストルの一発をほぼすれすれでかわし、もう一発を露出させた猫爪で弾く。
前転から地面を蹴っての加速──目にも止まらぬ日本刀の突き上げ。
腹を貫かれたポリス・ドローンは、ビ、ビビ、と鳴り、沈黙する。
街の上空で営業する移動型屋台──そこで提供される人工肉・ヤキトリかのように、刀身にドローンを刺したまま猫娘が迫る。
──馬鹿な!
ソウナの身体は、自然と後方に下がっていた。
驚いた猫が反射的に行う小刻みな横跳び──それをやっていた。
電子戦の専門家──
汚い仕事は一番遠くから──それが裏目に出ていた。
しかし策は残されている。
ソウナは暗視機能を切った。
そしてポリス・ドローンに搭載された、フラッシュライトを全点灯した。
この暗闇の中ならば、当然相手もそれを使っているに違いない。
ならば、これで視界を邪魔出来る!──筈だった。
フラッシュライトに浮かび上がる猫娘。
彼女が勢いよく振った刀身から、ドローンが抜け飛んだ。
それは正確に別のポリス・ドローンに命中、翅や脚を撒き散らして弾け飛ぶ。
ソウナは悟る。
猫娘は、初めから眼球に頼っていなかった!
全部、猫耳だったのだ!
右手に日本刀、左手に猫爪を露出させ、猫娘は迫り来る。
なんとも単純な正面突撃。
しかし全てが完璧過ぎて止められない!
電撃針の掃射は虚しく、最後のポリス・ドローンが両断された。
ソウナは覚悟を決める。
近接格闘では敵わない──
ならば、ドローンを仲間にしたときのように、娘をハックするしかない!
ソウナは、相手に向かって駆け出した。
残り二体のドローンで狙う以上、一番の囮は自分だった。
突然の攻勢に、相手の猫娘は一瞬表情を変える。
しかし、その脚は緩まらない。
振りかぶられ、また突き出される日本刀と猫爪──
腕の一本──
いや、二本とも切り飛ばされる──
それでもソウナは止まらない。
背後から接続端子を挿入するには、仕方のない犠牲──
粉雪の舞う刀身が、徐々に自分へと迫って来る。
もう片方の猫爪が、角度を変えた。
首だ! 一気に突き込む気だ!
コンマ数秒の中で、ソウナは迷う。
守るか、攻めるか? ──両方だ! MBピストルの出番だ!
ソウナは尻尾で首を守り、更に左腕を巻いてカバーする。
銃を握る右手を左腕の肘に当て、固定。続けざまにトリガーを引いた。
──指が動かなかった。
一瞬、猫娘にハックされたのかと思った。
しかし、それは自らの働き──
自身の内側から発せられた命令だった。
奇妙な出来事は、自分の眼前でも起きていた。
猫娘が、突如動きを止めたのだ。
彼女の顔に浮かぶ、驚くような表情──力を込め、再び切り抜こうとする小刻みな震え──
これは一体──何が起っている?
ソウナが結論に達するより早く、背後から潜行したドローンが端子を突き刺した。
瞬間、ぼんっ、という爆発。
猫娘の精神防壁が、ドローンを焼き切ったようだった。
しかしさすがはソウナの組んだ精神侵入。
相手に影響のない筈がない。
猫娘は弾かれたように、その場に倒れ痙攣した。
そして──沈黙した。
走査の結果、死んでいないことは解っている。
ソウナは再び、MBピストルを構え、脳天を狙った。
やはり、引き金は引けなかった。
──どうすれば良いというのだろう?
ソウナは困惑した。
唯一解っていること──
それはさっきドローンを介して彼女を覗いたとき、自分と同じ何かが、その内に常駐している事実だった──




