人類絶滅ウイルスの出現可能性に関する一考察
物語の題材としてしばしば登場する人類絶滅ウイルス。ウイルス感染による人類の終焉はあるのでしょうか。また、そのようなウイルスが出現する可能性はあるのでしょうか。そのあたりを考察してみました。
ウイルスとは
Wikipediaには「他生物の細胞を利用して自己を複製させる、極微小な感染性の構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる」と記載されています。
病原性を持つウイルスは感染対象の生物の細胞を増殖に使うため、細胞が破壊されてその細胞で構成されている臓器の機能が低下してしまうため様々な症状が出てくるわけですね(それ以外にも細かくはサイトカインやらなにやらありますが割愛します)。
ウイルスの感染
教科書的には移動経路から見た「空気感染」「飛沫感染」「接触感染」、侵入経路から見た「経気道感染」「経口感染」「経皮感染」「経胎盤感染」、感染ルート側から見た「母子感染」「性行為感染」「ベクター感染」などが挙げられています。いずれにせよ、これらのルートを介してウイルスにとって適した宿主に入り込んで適した臓器(細胞)にたどり着いて増殖する、ということになります。
ウイルスは自分の増殖を宿主側の細胞に依存しますので、最適となる細胞のえり好みが激しいです。ヒトの細胞(しかもある特定の臓器)でしか増殖できないウイルスもあれば、複数の動物種で増殖できるウイルスもいます。これは「受容体」と呼ばれる細胞表面にあるウイルスが結合可能な部分の構造によるものです。
例えば、鳥インフルエンザウイルスは鳥の細胞表面の受容体(α2-3)に付着し、ヒトの細胞表面の受容体(α2-6)には付着しえないのですが、ヒト細胞への付着能を獲得してしまうとヒト社会の中で流行が生じます。かつてのスペイン風邪では第1波でα2-3とα2-6両方に付着できるウイルスが出現し、変異によって変化した結果、第2波ではα2-6に付着できるウイルスが主流となり、ウイルスとしては効率的に増殖、ヒトの方は被害拡大したというのが報告されています。
※ヒトでもα2-3受容体は肺の奥等に存在しています。通常はそこまでウイルス粒子が届かないのですが、鳥インフルエンザに感染した鶏を捌くときに血飛沫を吸い込んだりしますと届く可能性があります。鶏を庭先で捌いて食べる東南アジア等でたまに鳥インフルエンザのヒト感染症が出るのはこのためです。この「ヒトに感染できた鳥インフルエンザウイルス」が変異してヒトに容易に感染しないようにするために様々な対策が取られています。鳥インフルエンザ発生農場で殺処分が行われているのは、鳥インフルエンザウイルスを他農場に広げないようにするのと同時にヒトへの不用意な感染を予防する意味もあります。
ウイルスによって特定の種が絶滅した事例はあるのか
私の知る限りですが、多分「ない」です。イギリスやオーストラリアでは増えすぎたアナウサギの駆除のために、アナウサギに対する致死率99%のミクソーマウイルスを用いて対応しようとしましたが、最初高かった致死率は徐々に下がっていき、駆除には至っていません。昆虫に対しても生物農薬として農業分野でバキュロウイルス製剤などがヨトウムシ駆除に利用されていますが、相変わらず作物被害はあります。
そもそも論として、ウイルスは宿主の細胞を使って増殖するわけですから、宿主を絶滅させてしまっては自分も増殖できませんので、致死率は流行するにつれ徐々に下がっていく傾向にあります。
また、致死率の高いウイルスは宿主がそこで倒れてしまって、それ以上他へ広がることができません。インフルエンザや新型コロナのように、ほどほどのダメージにしておいて、宿主が動き回ってウイルスを広めてくれた方がウイルスにとっては都合がいいわけです。ですので、ウイルスにとって宿主である特定の種を絶滅させてしまうことは本末転倒となってしまいます。
人類絶滅ウイルスの出現の可能性
では、人類がウイルスで絶滅する可能性はないのでしょうか。前述の条件からすると、人類以外が主な宿主で人類に感染し、致死性をもたらす反面、ヒト-ヒト感染を基本的に起こさない(致死率低下が起きない)ウイルスであればいいわけです。
「日本脳炎」はヒトでの死亡率は高くないものの、ヒト体内ではほぼ増えないためヒトーヒト感染を基本的には起こしません。このウイルスはブタ体内で増殖しその血液を吸ったコガタアカイエカによって媒介されます。このような吸血昆虫媒介感染症はシステム的には前述の条件に近いのですが、吸血昆虫を駆除することで防ぐことは可能ですので、人類「絶滅」には至らなそうです。
また、感染した種に対してはさほど致命的ではないにしても、他種の動物に感染すると致命的となるウイルスには豚の「オーエスキー病ウイルス」などがあります。オーエスキー病は豚では流産や発育不良を起こすに留まりますが、イヌ・ネコ・ウサギ等が感染すると致死的です(ヒトには無害です)。かつて、オーエスキー病にかかったイノシシを猟犬が食べて、猟師さんが飼っている猟犬が全滅した事例がありました。とはいえ、流通している特定の食材を食べて死に至るようでしたら、現代社会では疫学的にその食材は排除されそうです。
少し視点を変えて、「ウイルスも意図しなかった」「気がついたら絶滅していた」というのはあり得るでしょうか。考えとして近いのは、次世代が減少していってしまい個体数が増えなくなってしまう、というのがあります。例えば、生殖細胞にダメージを与えたりして次世代に影響を持ち越してしまうウイルスの大流行です。ウイルス感染の直接的・間接的影響で生殖細胞がダメージを受けると、次世代に確実に影響します。時間はかかりますが人口は減少していきますので、気が付いたら絶滅していた、ということになりかねません。
ウイルスではありませんが、沖縄で柑橘類に被害を及ぼすミバエ類の駆除として、人工的に不妊化したオスを放飼する方法で、長い時間と手間はかかっていますがミバエ類の根絶に成功しています。これはミバエ類のメスが生涯一度しか交尾しないなど諸条件はあるのですが、男性の生殖細胞が減少するような事象が起これば似たようなことが起こると推察されます。
あるいは、脳の社会活動に関する部分に影響を与えるウイルスなども候補に挙がるでしょう。ウイルスではありませんが、「楽園実験(ユニバース25)」というマウスを使った大規模実験がそれを示しています
(詳細は行世長旅先生が「[動物実験]楽園が現実のものとなれば、動物の未来は明るいものとなるのか。実際に行われた実験の結果を見てみましょう。(https://ncode.syosetu.com/n3003hu/)」でまとめてくださっています)。
この実験は「楽園」と考えられる要素である「十分な居住スペース」「十分な食料」「天敵の不在」「感染症の排除」「安定した天候」を兼ね備えた環境を人工的に作り出し、その中に雄雌マウス4組を放してどうなるかを見たものです
(マウスの寿命は2~3年ですのでアバウトにヒトの1年が10日に相当)。
以下、事象ごとに箇条書きにします
1日目~:マウスはなわばりを作り順調に個体数を増やしていく
104日目:最初の出産。ここから55日ごとに個体数倍増
315日目:個体数620匹に増加。マウス社会に歪み(ヒエラルキーの出現)
餌は十分にあるはずなのに特定の餌場を占拠する群れが多数出現
争うことが嫌いな引きこもりマウスの増加
他個体がいないときにこっそり餌を食べる
メスはオスに守ってもらえず好戦的に
好戦的すぎて自身の子供も追い出す
個体数倍増期間が144日と鈍化
560日目:出生率と死亡率が並ぶ。個体数増加停止
600日目:追い出された子供は子育ての方法がわからず乳児死亡率が90%に激増
920日目:妊娠が確認されなくなる
1330日目:平均日齢776日。マウスの超高齢化社会
1440日目:オス22匹、メス100匹が生存。最盛期の5分の1
1780日目:最後のオスが死亡。楽園の崩壊
結局、ユートピアであるにもかかわらず社会に歪みが生じ、引きこもりマウスと子育ての出来ないマウスが増加、個体数が増えなくなりユートピアは崩壊してしまったというものです。
ヒトはある程度意志の力で社会の歪みを修正できると思いますが、ウイルスによってその考え方そのものがゆがめられたとしたらどうでしょう。脳の仕組みはまだ未解明な部分が多く、ウイルス感染によってどのような反応が生じるか未知の部分も多いですが、短期的に影響が少ないけれど確実に歪みを生じさせる変化が起き、出生率の低下が生じれば、人間社会もマウスの実験と同様の結末を辿る可能性があります。
つまり今後、生殖という次世代以降に影響を与え、身の回りの排除困難な生物によって広められ、継続して人間社会に供給されるウイルスが出現してくれば、人類は何十世代かののち、静かに終焉を迎えることになってしまうかもしれません。
実際にはウイルス以外にも人類の危機に関与する事象はたくさんあると思いますが、なんとか人類の英知で危機を察知し乗り越えてくれることを願っております。
残念ながら未来のことはわかりません故、ただ願うのみです。
駄文というか与太話にお付き合いいただき、ありがとうございました。