初めての友人
朝、目覚ましの音で目が覚めると昨日と同じ女子学生寮の部屋の天井が視界に入ってきました。
残念ながら寝て起きたら元通りなどと言う都合のいい展開にはならなかったようです。
軽く身支度を終えた後、私は朝食を食べるために男子学生寮と女子学生寮の間にある学生食堂へと向かうため、扉を開けました。
すると、目の前に昨日、トラブルがあるたびに私の背中に隠れていた女の子が立っていました。
「えっと、あなたは確か……」
「……えと、昨日はすみませんでした……私、ミサと言います……そして、そのですね……あの」
彼女は両手の人差し指をくっつけてもじもじと体を動かしながら、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「……あの、もし、本当に……その、本当にいやだったら、断っていただいて構わないんですけれど……その、私と友達になってくれませんか? その、家族や友人と突然離れてどうしてもさみしくて、落ち着かなくて……昨日みたいに一緒にいてくれるだけでもいいので……」
それを言うためだけにわざわざ扉の前に待機していたのだろうか? と感じると同時に私は彼女が発した言葉に対する返答を頭の中で模索をし始めました。
私としても、彼女と同じように家族や友人と突然離れ離れになってさみしいと感じていたところだったので、ミサという人物がどういう人なのか見極めながら付き合っていくというのは問題ないとは思います。
ただし、仮に彼女と深い付き合いをしてしまうと、もし、元の世界に帰る方法が見つかった時にこちらの世界に知り合いを多く作ってしまうと、元の世界とこちらの世界、どちらかを天秤にかけて選ばなくてはならなくなります。
「……あの、やっぱり迷惑ですかね……私みたいなのが……」
どの程度物思いにふけっていたのかわかりませんが、私が黙ってしまったがためにミサは不安げな表情を浮かべています。
「あぁいえ、そういうわけではなくて……その、突然だったのでつい考え事を……とりあえず、一緒に学食を食べに行きましょうか。あぁそれと私の名前は香苗です。よろしくお願いします」
「カナエさんですね。よろしくお願いします」
なので、私は時間を稼ぐという意味と、昨日の様子からしてミサ一人で食堂に行かせるのは危ないような気がしたので、とりあえず一緒に朝食を食べることにしました。
「一緒に食事をしてくれるんですね。ありがとうございます」
一緒に食事をとろうという回答がよほど嬉しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべて頭を下げます。
「さぁそうと決まれば、食堂に行きましょうか」
「はい!」
その会話を挟んだのち、私とミサは学生食堂がある方向へ向けて歩き始めました。
*
決められた起床時間より少し時間が経っているということもあって、学生食堂は多くの学生でにぎわっています。
日替わりで変わるという学食のメニューは馴染みのあるようなものから、まったく味や形の想像がつかないようなものまでいろいろと用意されており、見ているだけでいろいろと興味を惹かれるものがあります。
「……そういえば、あの……その……私たちって、えっと、どうやってこの世界の言語を理解しているんですかね?」
数あるメニューの中から小倉トーストを選んで着席したのち、ここまで来て、ある種今更ともいえるような疑問がミサの口から引き出されます。
「あぁ確かにそうですよね。言葉もそうですけれど、文字も何となく読めてしまっていますし……いったいどうなっているんでしょうか?」
言語という点について考えると、私は基本的に日本語しか読み書きができません。強いていうならば、授業で簡単な英語は習っていますが、英語のテストは赤点ぎりぎりで実質的に日本語以外はちゃんと理解できないというのが現実です。
「そこらへんも、その……授業で聞けるんですかね?」
「そうなんじゃないですか? じゃないと、この先困りますし」
入学式のあいさつの中でこの学校ではこの世界の常識について最低限のことを教えるといったようなことを言っていたはずなので、言語についてもそれに含まれると考えて相違はないでしょう。
私たち迷い人はこの世界に来た瞬間にこの世界の言語を理解できるようになっているのか、はたまたいろいろな世界の技術をつなぎ合わせて作った自動翻訳装置みたいなのが存在しているのかわかりませんが、言語の壁と言うのは実質的に存在しない状況になっているのだと推定することができます。
私は物は試しと日記用のノートを取り出して、まっさらなページに『こんにちは』と日本語で記入しました。
「これ、読めますか?」
「えっと……『こんにちは』ですよね? その、どうしてあいさつをノートに?」
私の突拍子もない行動にミサは少々驚いたような、はたまた困惑しているような表情を浮かべています。
「ちょっとした実験です。私がいた世界の言語で言葉を書いてみて、あなたが読めるのか試しただけです」
「えっあぁそういうことでしたか……不思議ですね。どういう仕組みになっているのでしょう?」
「……まったくわかりませんね。もしかしたら、私たちの想像に及ばないような技術が使われているのかもしれませんね。まぁあまり深く考えても仕方ありませんし、さっさと食事を済ませて教室に向かいましょうか」
そこまで話をしてから、私は小倉トーストを口を食べ始めます。
「えっと、はい。そうですね」
それから少し遅れるような形でミサがコッペパンを小さくちぎりながら食べ始めました。
少し話し込んでいたということもあって、一部の生徒たちは食事を終え、片づけを始めていました。
やや急ぎ気味で小倉トーストを食べきった私はミサがコッペパンを食べ終わるのを待ってから、食器を返却口へと持っていきます。
「ごちそうさまでしたー」
「ごっごちそうさまでした……」
それぞれ返却口の向こうで片づけをしている職員にあいさつをして、私たちは集合場所を決めてから、授業に出席するための準備をするためにそれぞれの部屋へと戻りました。