異世界最初の夜
入学式の後、私たちはメイの案内で学校設備や学生寮についての説明を受けました。
学校設備については教室や休憩室、体育館の他に剣術や魔術の実習場などがあり、学生寮の方には男女に分かれた個室や日々の食事が提供される食堂などがあって、どの場所も様々な属性を持つ人々で活気にあふれていました。
最初、10人ほどしかいない入学式を迎えた私としては、この世界において迷い人と言うのはそう多くないのではないかと考えていたのですが、実際にこうやって学舎で学んでいる姿を見て、今日の迷い人の数が十数名だっただけで、ほぼ毎日入学式を執り行っていると聞いて、初めてこの世界において異世界出身者と言うのは珍しいものではないということを感じました。
私が住んでいた世界よりも科学が発達した世界、魔法が存在してそれに長けた人がたくさんいる世界、剣術の強さがすべてを決める世界、人間以外の知的生命体がいない世界、エルフや獣人と言った知能を持った異種族が存在する世界、魔族と人間が敵対する世界、人間同士の戦争が絶えない世界、ひたすら陸地が広がる世界、多くが海に沈んでしまっている世界……
メイがそうやって説明していく中で、実に多くの異世界からたくさんの迷い人がなだれ込んできていて、この世界において必要なことを学ぶ学校が必要になるような状況だということを突き付けられました。
例えば異世界の数が百だとすると、それぞれの異世界にその世界においての常識と非常識があって、それがクラウディアの常識と一致する部分やそうでない部分があり、その溝を埋めていくのがこの学校が持つ役割だという説明を受けました。実際問題、学校を見学している間にも常識の食い違いからきているとみられる迷い人同士のケンカや言い争いが発生し、先生とみられる人たちがいさめているという場面が少なからず見受けられました。
先ほどの入学式で校長に文句を言っていた角の生えた男性もいまだに不服そうな表情を浮かべていますし、私のすぐ横を歩く白い羽と頭に天使のような丸い輪がある少女はそういった光景を見るたびにおびえて、近くを歩いている私の後ろに隠れたりといった行動をとっています。
そういった光景を見ながら、私はこの世界でちゃんとやっていけるだろうか? といった疑問を抱きながらメイの言葉にひたすら耳を傾けます。
そうやって、一通りの説明が終わったころにはすっかりと日は暮れて、私は女子学生寮の自室で机に向かっていました。
手元にあるのは、説明の間に挟まれた休憩時間に購買で手に入れた羽ペンと一冊のノート。
本来、科目を書くために設けられているスペースに書いたのは『香苗の異世界日記』という表題です。
曰く、このノートは書けば書いた分だけページが増えていくという特殊な魔法がかけられていて、ノート自体の厚みも増すことはないという特殊なモノらしいです。
この学校では学食および購買は無料で利用することができるので、それを利用して授業で受ける科目よりも一冊余計にノートを注文し、今に至るというわけです。
表題と名前を書いた後、私はまっさらな一ページ目をめくって今日の出来事を日記という形でまとめていきます。
私が日記をつけようと決意した理由は二つあります。
一つはこの世界について得られた知見や出来事をいつでも振り返れるようにすること。もう一つは何かしらの方法で元の世界に戻る方法が見つかった時に私は確かにこの世界で暮らしていたという事実を残しておきたいと考えたからです。
午前中、入学式で行われたアリス校長の話の中では、迷い人は元の世界に戻れないと言っていましたが、逆に考えると、元の世界に戻ることができた人は『元の世界に戻る方法の記録を残せていない』だけで、方法自体が全く存在しないということはないのではないかと言う持論に基づいて、それに備えようという考えからの行動です。
実際に昼休憩の時にそれとなく迷い人がこの世界で行方不明になる可能性をメイに尋ねてみたところ『ありえないとは言い切れないし、実際そういう事例も数えきれないほどあるが、多くは何かしらの事件事故に巻き込まれたのだろう』という回答を得ることができました。
その行方不明になった人の何割が本当に事件事故に巻き込まれたのか、はたまた何かしらの方法で元の世界に戻れたのかわかりませんが、元の世界に戻れる可能性はゼロではないということを確信するには十分でした。
だからこそ、私はこの学校を卒業し次第、すぐに元の世界に戻る方法を探す旅に出ようと決意しました。
元の世界に戻るとき、どのようなことが起こるかわかりませんが、この日記帳はできる限り持ち歩き続けたいと思っています。
今日の出来事とこれからの目標について一通り書き終えると、私は窓の外へと目をやります。
町から少し離れた山の上にあるこの学校から見える夜空には、私が元居た世界と同じように大きな満月が存在感を放っていて、その周りにはたくさんの星が輝いていました。
「どうやったら元の世界に帰れるのかな……」
私は故郷で見た月を連想しながら向こうの世界はどのような状況になっているのかと思いを馳せます。
向こうでは行方不明扱いになって大騒ぎになっているか、はたまた最初から存在していないことになっているのか……そんな考えと同時に自らの家族や学校の先生や友人、近所の人の顔などが浮かび上がります。
メイはこの世界に流れ着いた人が元居た世界ではどのような扱いになっているのかはわからないと言っていました。それは、この世界から帰る方法もわからなければ、この世界に流れ着く条件もわからないという状況では当然の答えだと言えるでしょう。
でも。それでも、万が一にも元の世界に戻る方法があるのなら、私はそれを目指して旅をしたいと決意を新たにします。
そこまで考えたのち、部屋に設置されている時計に視線を送ると、就寝時間が近づいてきていたので、私は日記をカバンにしまい、部屋の明かりを消してベッドに寝転がります。
いっそのこと、今日の出来事すべてが夢の中での出来事で、このベッドで寝て起きたら日本にある自室に戻っていたらいいのに。
そんなことを考えながら、私は目を閉じて眠りにつきました。