5.カードキー
「うげっ!? 陸生が来てる!?!?!?」
九条が教室に入るなり男子生徒の声を皮切りにクラスの連中の視線は九条に集まった。
声の主は山田 寛太。
デコを出したロン毛のチャラついた男で九条たちのクラスの担任の息子でもある。
髪色が茶色がかってはいるが本人曰く中学の頃は水泳部に所属していたため塩素で髪の色素が薄くなったらしい。
だが高校は部活に所属しておらず水泳を辞めてから一年以上経過しているので見るからに怪しいと九条は常々感じている。
「うげっ、ってなんだよ……」
「だって火事になったんだろ!?」
寛太は両手を広げ、オーバーアクションで驚いてみせた。
他の生徒達は九条になんて声を掛けたらいいのか困惑していたので正直寛太の行動は助かっている。
現に九条と特段仲の良くないただのクラスメイト達は彼にお見舞いの言葉をいつ掛けたらいいのか様子を見をしていた。
だが声を掛けるのは落ち着いてからにしようと九条達の話を今日のテストのテキストを読んだり支給された学園のタブレットを見ながら聞き耳を立てている。
「まぁなったけど」
「……ならどうしてそんないつもと変わらないんだよ」
九条の素っ気ない返しに寛太は冷静さを取り戻したのか自分の席に座り、ぽかんと口を開けながらさっきとは違った驚きを見せる。
「なんとかなったからな。まぁ家は燃えたけど」
さすがにあの宮学のプリンセスとシェアハウスをしてる、とは口が裂けても言えない。
そんなことバレてしまったら学園の男子からどんな目で見られるか……見られるだけならまだマシな方だ。
最悪、手をを出してくる人が居るかもしれない。
それは男子に限った話ではない。
特に姫乃と同じクラスの女子が一番危険である。
あの統率力がとれた動きを九条個人だけに使われたら手も足も出ないことだろう。
下手をすれば怪我だけでは済まないということもありえる。
肉体にも精神にも修復不可能なダメージを負う可能性だって十二分にありえる。
二人がシェアハウスをしていることは何があっても死守しなければいけない。
いつもより素っ気ない九条の態度は必要然なのだ。
「そ、そうか? まっ! 大丈夫そうなら今日カラオケ行かね? パッーと嫌なこと忘れてさっ!」
「明日もテストだぞ。無理だ」
「なら明日! 明日ならどうよ!?」
明日は金曜で土日は休み。
何もないから行ってもいいと考える九条だが……。
「すまん、どのみち金がない」
金もないのだ。
正確にはカラオケの一回程度なら行ける金銭はある。
だがこれからのことを考えると不必要な出費は抑えておきたい。
「そっか……まぁそうだよな。今度バイト代入った時に奢ってやるから落ち込むなよ!」
九条は寛太に肩をバンバンと叩かれる。
音の割に痛くはないが、朝から鬱陶しくも思えてくる。
寛太なりの優しさなのだろうがもうちょっと何か別の方法で心配して欲しいとも思う。
それより寛太がバイトしていたことに九条は驚いた。
「お前バイトしてたんだな」
「一昨日も言ったんだけど!?」
そうだったのか、九条は記憶を探るが思い出すことはない。
朝から寛太のハイテンションに付き合うのも大変なのでいつも通り適当にあしらっていたから話を聞いてなかったらしい。
「それとさ──」
「何だ?」
「いや、今度話すわ」
寛太はまだ何か言いたそうにしていたが予鈴が鳴ったので九条も自分の席に座ることにした。
さすがは先生の息子だから予鈴が鳴ってから立ち上がってこっちに話しかけてくることはなく、カバンからテキストを取り出しテストの確認をしていた。
──
結論から言おう。
一夜漬けをしなかったので九条の午前のテストは惨敗。
赤点じゃないことを切に祈るばかりだ。
午後もどう足掻いても無理だと悟った九条は諦めて昼ご飯を食べることにした。
カバンからお弁当を取り出し、机に置くと聞き覚えのある声がする。
「九条くん、今よろしいでしょうか?」
姫乃だ。
彼女は九条のクラスに入り、九条の目の前に立っていた。
当然、教室の中はザワついている。
ザワつかないわけがない。
「えっと、姫乃さんだよね? 何かあったの?」
「カードキーを忘れていると連絡が──」
九条は思いっきり首を左右に振る。
その後すぐに口パクで"そういうのは秘密だから"と必死に訴え、その訴えが伝わったらしく姫乃はハッと驚き口元を押える。
「ごめんなさい、人違いですね。あー、今日は帰りが遅くなるんでした」
姫乃はカードキーを受け取らずそそくさと九条の教室を後にする。
最後の独り言みたいなのは完全に九条へ向かって呟いていた。
遅くなるから今日はカードキーはなくても大丈夫、との彼女なりの意思表示らしい。
学園では全くの赤の他人、ってことで関わりがないように生活しないといけない、というのを姫乃に念を押して言っておかないとダメかもしれないと九条は感じ頭を悩まされる。
「お、おい、陸生! お、おまっ、お前! ……ひ、ひひひひ、姫乃様と会話してたよな? してたよなぁ!?」
もう一つ頭を悩ませる出来事があった。
それは姫乃と話した、というだけでこういう寛太みたいな野次馬絡んでくるということだ。
まだこれが自分のクラスでしかも友達である寛太だからよかったものの他の男子や姫乃のファンクラブ会員ならより一層鬱陶しいものになっていたことだろう。
「人違いだったらしい。びっくりするよな」
九条は驚いた素振りをする。
人違いではないか、まさか直接来るとは思わなかったのでびっくりしたには変わらない。
教室に来ることをメッセージで送っていたのか確認したが既読だけがついており、どうやら姫乃は急いできたのだろうと理解出来る。
「だよな。お前が高嶺の花である姫乃様に話し掛けられるなんて何かの間違いだよな。ハッハッハ!」
九条の驚いた素振りを信じたらしく高笑いをしながら寛太はバシバシと九条の背中を叩く。
そう、姫乃愛莉という人物は高嶺の花であり、男子生徒だけでなく、女子生徒にも憧れの存在なのだ。
お嬢様ということで逆玉の輿を狙ってる人も居るだろうが、あの美しい容姿に魅了されている人が大半だ。
カップ麺の作り方も分からなかった、なんて知ったらみんなびっくりすることだろうか、それともお嬢様だから作り方など知らなくて当然だと声を上げる者が出てくるだろうか。
「んっ? 何か面白いことでもあったのかよ」
「いや、今日の卵焼きは上手に焼けたなって思ってな」
なんて誤魔化しながら自分で作ったお弁当を食べ次のテストに備えるの九条であった。