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3.お嬢様とカップ麺

 二人は一階のリビングへとやってくる。

 見た目でフカフカなのがわかるほどの高級なソファや九条の家にあったものより大きな大型テレビ、さらにはここでご飯を食べることになっているのか食卓用のテーブルと椅子も備えられている。

 ちなみにキッチンも隣接されてある。

 新築ということもありキッチンは最新型のシステムキッチンだ。

 食洗機が内蔵されていて排水溝にはディスポーザーが取り付けられている。


「一度食べてみたかったんですよね。お家では私が帰る前にはご飯が用意されてましたから。ふんふふ〜ん〜♪」


 姫乃はリビングでカップ麺を抱いて鼻歌を歌い更にはクルクルと回って嬉しそうにしている。

 まるで前々から欲しかった物を買って貰った子供のようで見ていてとても微笑ましい、なんて感想が九条の心の中で出るほどだ。

 それはあくまでも心の中だけでいつもの九条を装う。

 

「でもそれなら学園で食べたらよかったんじゃ?」


「と思って学園に持っていったことがあったんですけど『姫乃さんが、そんなもの食べたらダメ!』ってクラスの人に怒られてしまいまして……」


 姫乃は右手に持っていたカップ麺で九条のことを差し、真剣な眼差しで言ったかと思えば今度はクラスメイトに怒られたのがショックだったのか肩をガックリと落とし悲しそうな顔に変わる。

 その姿を見て九条は察した。


「あぁ……お嬢様って言うのも大変なんだなぁ」


「ですです。なので今回は私が九条くんの分も作りますね。座って待っててくださいっ」


 トコトコとキッチンの方へと向かっていく姫乃の姿を見て、改めて非日常な光景だなぁ、と九条はしみじみ思ってしまう。

 宮学のプリンセスこと、姫乃愛莉とひとつ屋根の下での生活……まるで夢でも見ているかのようだ。

 自分が陰キャのチキンでなければ最悪、今頃姫乃は酷い目にあってたかもしれないのに、よくあの執事は見ず知らずの男子高校生をシェアハウスすることを許したものだと九条は改めて感じる。


 夢と言えばいっその事、火事も夢であって欲しい。

 両親とも連絡が取れなくなってしまったし、これから九条はちゃんと生活出来るのだろうか。

 今の九条は期待よりも不安が大きい、大き過ぎる。

 この家も火事になるかもしれない、などと過度な不安を抱きながら天井を何気なく見上げた。


 うん、スプリンクラーが付いてるから大丈夫そう。


「はい、お水を入れてきましたよ」


 九条が今後の生活に不安を抱いていると、両手にカップ麺を手にした姫乃が戻ってくる。


「あぁ、ありが──」


 お礼を言い受け取ろう取ろうとした九条だったが姫乃の言葉を聞き疑いの目を向ける。


 カッブ麺を受け取ると、案の定、容器から伝わってくるものはひんやりと冷たかった。


 まさかこんなタイミングで姫乃愛莉の世間離れしていることを知ることなるなんて想像しなかった。


「ははっ、あはは、ははは、はっゴホコボッ……」


 不意をつかれて堪らず九条は笑ってしまうだけではなく噎せてしまった。

 終いには噎せるだけではなく笑いすぎて笑いすぎて涙が出るほどだ。

 自分がこれからの不安を抱いていたのがバカバカしくなる、それほど九条にとって今の出来事が面白かった。


「だ、大丈夫ですか? 何か面白いことでもございましたか?」


 何も分からない姫乃は九条の唐突な行動に驚く。

 自分が粗相をしてしまったのではないかと不安にもなる。


「い、いやぁ〜。水じゃなくてお湯を入れるんだよ。これじゃ学園でカップ麺食べなくてよかったかもね」


 九条は笑いを堪えながらも水ではなくお湯を入れるものだと説明する。


「あわわ。ご、ごめんなさい! てっきり水を入れたら勝手に温かくなるものだと思ってました……」


 姫乃は何度も頭をペコペコと下げて謝った。

 その際にトレードマークの赤い大きなリボンも一緒に揺れていて何だかそれを見て九条は更に面白くなる。


 反対に姫乃は顔を真っ赤にし、穴があったら入りたくなるほど恥ずかしかった。

 九条に待っててくださいと言った割に姫乃はカップ麺すらマトモに作れなかったのだ。

 恥ずかしさと同時に悔しさも込み上げてくる。

 やっぱり自分は世間知らずなのだと姫乃は実感させられた。


「幸い、後入れのカップ麺だったから水だけ捨てれば何とかなりそうだから気にしないで。まだキッチンをよく見てないから分からないけど、ケトルとかあると楽なんだけどな」


 九条は自分と姫乃の分のカップ麺を持ち、キッチンへと向かう。

 その後ろを申し訳なさそうに姫乃もついてくる。

 自分が世間離れしていると痛感したのだろうか、と前を歩く九条はそう思った。


「お、あったあった」


 ケトルはすぐ使えるようにキッチン台の上に置かれていた。

 カップ麺を置いてケトルを手にしようとした九条だが、その手を姫乃に握られ阻止される。


「私に、私にやらせてください!」


 必死に九条の手を握り姫乃は真剣な表情をしていた。

 その顔は最後の最後まで自分の力でカップ麺を完成させたい、そんな意志を感じる。

 たかがカッブ麺だぞ……と思う九条だが初めてならそう思うのも無理もないか、と考え今度は間違えないようにしっかり指導しようと気持ちを切り替える。


「うん、わかった。じゃあこれに水を入れてセットしてね」


 姫乃がケトルに水を入れている間に九条はケトルのコンセントを挿していつでも使えるようにしておいた。

 これぐらいは手を貸したことにならないだろう。


 そこからは早かった。

 すぐにお湯が湧き、今度こそお湯をカップに注ぎ、食卓に移動し、スマホを使いタイマーをセットして待つこと数分、タイマーが鳴り時間を知らせる。


「あとは後入れのを入れてかき混ぜたら完成だ」


 九条の指示の元、姫乃は零さないよう慎重に後入れの液体を入れていき、よくかき混ぜる。

 表情は真剣そのもので理科の実験を初めて行う子供のようだ。

 やがてカッブ麺の美味しそうな匂いがリビングに充満し、姫乃の表情が満開の向日葵のようにパァと笑顔になる。


「できたみたいだね。食べよっか」


「はい! これが噂に聞くカップ麺! では早速。い、いただきます!」


 姫乃はゴクリ、と唾を鳴らしカップ麺を食べ始める。


「美味しい、美味しいです♡ お家では絶対に出ないような力強い味付け、それでいて口の中を満たす幸せ……あぁ〜、カップ麺ってすごく美味しいものなのですね!」


 姫乃は無我夢中でカップ麺を食べ進めていた。


 気に入ったみたいで何よりだ。

 内心お嬢様である姫乃の口に合わないのではないかと思っていた九条だが我も忘れて食べている彼女の姿を見て安心する。


 九条も腹が減ったので食べ進める。

 コンビニに置いてあるお高めのカップ麺だからか、空腹だからかより一層美味く感じた。


「あの、よかったらそちらを一口くれませんか?」


 三分の一程度食べたところで姫乃はこんなことを言い始めた。

 姫乃は口角を上げ、九条のカップ麺を凝視する。

 

 姫乃は醤油味、九条は塩味。

 カップ麺を食べたことがない彼女は当然九条の食べている方の味も気になるに決まっていた。


 もっと早く気付くべきだった、と思ったがもう遅い。


 お高いカップ麺が簡単に買えるほど今の九条には経済的余裕がない。

 更に拍車をかけるように明日の昼食代も工面しないといけない……九条にとって詰みのような状況だった。

 だが、自身が口をつけた物を姫乃に食べさせる訳にはいかない。

 こんなこと執事に知られたら今度こそナイフで刺されてしまうだろう。


「いや。え、えーと……」


「ごめんなさい。我慢出来ません!」


 姫乃は九条の食べていたカップ麺を取り上げ、音を立てずに器用に食べ進めていた。

 一口、と言ってた割に塩味が大変気に入ったのか、二口、三口、止まることを知らない。


 そうしてあっという間に九条の食べていたカップ麺を姫乃が全て食べ切ってしまう。

 彼女の行動は無意識だったらしく、空になったカップを見ては固まり、それから数秒してから両手をぶんぶんと振り回しわたわたと動き出す。


「あわわ。ご、ごめんなさい! あまりにも美味しかったので全部食べてしまいました。よかったらこっち、こっちを食べてください。遠慮はなさらずに! さぁ!」


 テンパる姫乃は自分が食べていたカップ麺を九条に早く食べろと言わんばかりに押し付ける。

 満腹かと九条に尋ねれば決してそんなことはないのだが、姫乃が口をつけたものを九条が食べていいかどうか彼に問うならば答えは、ノーだろう。

 執事がここに居ないにせよバレる可能性は十二分にある。

 バレたら何をされるかわからない、何かないかと必死に考える九条。


「だ、大丈夫だから落ち着いて。それよりも今後について話し合わない?」


「今後のこと、ですか」


 意識を別のことに向けたことによりカップ麺の押しつけは止む。


「まずは姫乃さんも俺には敬語は必要ないから」


「は、はぁ……?」


 姫乃は鳩が豆鉄砲を食らっ方のようなポカンと口を開けながら黙って九条を見る。

 そんなのお構い無しに九条は話し続ける。


「家主は姫乃さんなんだから変な遠慮は要らないからね。何かあったらすぐに言って欲しいし、俺に直して欲しいこととかして欲しいことがあったらすぐに教えてね」


「わかりました。敬語は身に染み付いてしまっているので中々治しようがないかもしれません。それよりその……姫乃さんって言うのをやめて欲しいのですが……」


「姫乃、でいいの──」


 かな? と訪ねようとしたら姫乃は九条に向かって自分の右手の人差し指を使い九条の口を塞ぐ。


「愛莉でお願いします!」


 ニコッ、と柔らかに笑う姫乃を見て九条はドキドキが止まらないでいた。

 さすがに姫乃も自分が恥ずかしいことをしていたのに気付き、急いで指を退け頬を赤く染め俯く。

 そんな彼女の行動に九条は気付いていない。

 自分がされたことに驚きやら緊張やら色んな感情が九条の中で巡っているからだ。

 

 まさかこんなこと言われるとは思ってもみなかったし、何よりも姫乃の指が自分の口を塞いだという事実が現実だということを疑いたくなる。


 確かに何かあったらすぐに言って欲しいと言ってしまったからにはこれからは姫乃を下の名前で呼ばなければならない。


 女性を下の名前で呼ぶのなんて九条にとって小学生以来だ。

 九条は女性と交流を深めることをしてこなかった。

 理由は自分の好きなゲームや漫画に時間を割いていたからである。

 陰キャのチキンに加えて九条はオタクだ。


 そんな九条を姫乃はお構い無しにじっと見つめ、名前を呼ぶのを今か今かと待ち構えていた。


 緊張するけど、言わなければいけない、九条は覚悟を決める。


「あ、あい、り……」


「はいっ!」


 やっぱり下の名前で呼ぶのは恥ずかしかったらしく九条は口を塞がれた時よりもドキドキが止まらず、加えて身体全体が熱を帯びてるのを感じた。

 同時に姫乃は嬉しそうに返事をする。


「もう一度、もう一度お願いします!」


「あい、り……」


「はい! 愛莉です。もう一度お願いします!」


「…………愛莉」


 毎回こんなのだと九条は耐えられない。


「で、でもあれだから! 下の名前で呼ぶのはここだけで! あとはアレ! ……そ、そう! ご飯とか登校のこととかも色々決めないと!!!」


 恥ずかしくて耐えられない九条は無理やり話を逸らし、今後について小一時間ほど話し合った。


 冷蔵庫には一週間分の食材が入っていたので簡単なもので良いなら九条が作ることになった。

 姫乃曰く、料理に関してはほとんどしたことがなく危ないからという理由で家では包丁すら握らせてもらえなかったらしい。


 お昼ご飯に関してもキッチンにお弁当箱が沢山仕舞ってあったのでお昼はお弁当を作ることで九条のお財布事情も贅沢をしなければ当面は大丈夫そうだ。


 登校についても朝は姫乃が先に家を出ることで自分達がシェアハウスをしてるということがバレないようにしてくれるとのこと。

 放課後はやることがあるらしく、逆に九条が先に家に帰ることが多くなりそうだ。


「あとは何かあるかな?」


「連絡先を教えてもらってもよろしいですか?」

 

 九条の問いに姫乃が答える。


「うん、いいよ」


 断る理由などない。

 スマホを取りだし、連絡先を交換した。

 姫乃はカッブ麺は作れなくとも連絡先の交換はできるようだった。

 きっと姫乃は学園で誰かに連絡先を要求されることがあるのだろうと九条は思う。


 何はともあれシェアハウスをしているのだから用があれば連絡をすることもあるはずだ。


 九条は学園に入って初めて女子と連絡先を交換した。

 何も別にクラスの女子と仲が悪いとかそういうものはない。

 大体はグループの方で用が済んでしまうからだ。

 と言っても九条が発言したことは一度もない。

 発言をする必要が一度もなかったからだ。


 初めて母親以外の異性と連絡先を交換した九条は嬉しい気持ちになるし、同じく父親と爺や意外の連絡先を交換した姫乃もまた嬉しくなった。


「それでは、夜も遅いので私は寝ます。おやすみなさい。今日は大変貴重な体験が出来ました。また明日です。ありがとうございました♪」


 この気持ちが悟られないよう姫乃は椅子からふわりと立ち上がり、それでもやっぱり今日の出来事が忘れられないようでとても嬉しそうな笑みを浮かべてリビングを去る。

 世間知らずで九条に迷惑を掛けてしまうことも多いだろうが、姫乃はこれから始まるシェアハウスに夢と希望がいっぱいなのだ。

 不安がいっぱいな九条とは正反対である。


「俺はお弁当の準備してから寝るか」


 結局カップ麺はほぼ二つとも姫乃が食べてしまったらしく、いつの間にかそのカップすらも綺麗さっぱり無くなっていた。

 なので片付ける手間もなく、九条はお弁当の準備をしつつ、小腹を満たすものを作って食べ、明日に備えることにした。


 何か忘れてるような気がするんだが、何だったかな?

 などと九条は考えここに来て初めてシャワーを浴びベッドに入ると今日の疲れが溜まっていたからかすぐに眠りについた。

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