第8話 決着
『ぐあっ!』
蛇の拘束が緩み床に放り出された。
反動で何回か転がりながらもニヤリと笑う。
荒い息を吐き出しながら体制を整え蛇を睨みつける。
「生憎、諦めだけは悪いんでね。ただでやられるわけねーだろ」
蛇の目には小刀が深々と突き立てられていた。
それはシルヴェート公爵家の紋章が刻まれた小刀。
初代公爵が天災の大蛇と戦った時のものとされているものだった。
「お前にとってはさぞかし忌々しい記憶を蘇らせるものだろうな?」
『この小童が!!』
蛇は激高して俺に向かってくる。
それを――。
一閃。
素早く剣で切り裂いた。
銀色の剣気が赤黒い蛇の身を裂いていく。
『ぎゃああああ!』
開いた口を深く裂かれた蛇は絶叫をあげた。
深く踏み込みさらに肉を断つ。
牙が肩口に刺さるが、もう痛みすら感じない。
『あっ……が、なぜっ!』
「なぜ剣を持っているかって? 言っただろう。俺は諦めだけは悪いんだ」
蛇から解放されたとき、わざと大袈裟に転がって剣が落ちたままの場所へと近づいた。
蛇を睨みつけながらも後ろ手に剣を掴んでいたのを、激高した蛇が見逃しただけの話だ。
「単純にぶつかっても天災と呼ばれたお前にはかなわんだろう。俺はどこまでもただの人間だからな」
自分の実力は自分が一番よくわかっている。
フラリアや精霊と関係を持った人間のように超常的な力など持たないし、剣の腕も大蛇と互角に戦ったという初代には遠く及ばない。
結局自分は凡人なのだ。
その証拠に大蛇も俺のことを見くびっていた。
殺そうと思えばいつでも殺せる。
俺ごときに負けるとは思っていないというのが挙動の一つ一つで分かった。
「だから……お前が無防備に近づいてくるのを待っていた」
その油断を利用する。
それが唯一の勝ち筋だと。
そのためには大袈裟に手も足も出ないと示さなければならなかった。
激高したように愚直に向かっていったのも、諦めて心が折れたように見せかけたのも。
初めから全部全部――。
「すべてはこの一撃の為の布石にすぎん」
力がないなりに頭でもなんでも使えるものを使って活路を見出す。
相手が強大だからって、人の力ではどうしようもないと言われたって、諦めない。
――生きることを諦めない。
それが俺の生き方だから。
「長いこと体の中にいたのに気が付かなかったか? まあ恨むのなら驕った自分を恨むんだな」
俺はその言葉を口にすると蛇の口の中から剣を抜き取り残っていた力を振り絞って首へ振り下ろす。
『がああああああっ!!』
「はああああああ!!!」
銀色の剣気を纏った剣は分厚い鱗に遮られることなく首をはねた。
ごろりと音を立てて首が転がっていく。
指令を失った体は一瞬戸惑ったように揺れたがすぐに力を失って溶けるように消えていった。
(……終わった)
その場に倒れこむ。
さすがに傷を受けすぎた。
肩の傷も相当深いだろう。
早くフラリアのもとに行きたいのに、体が少しも動いてくれない。
頭もぼうっと霧が掛かったみたいだ。
『くそくそくそっ! 許さんぞ! 儂を切った所で呪いは消えはせん! いずれまた復活して末代まで呪ってやる!!』
ふいに呪詛のような言葉が聞こえた。
「……なんだ、まだ生きてたのか」
『死んでたまるか! 儂は死なぬ! 消えぬ! この恨み晴らすまでは!!』
首だけになっているのに随分と元気だなと遠くなる意識の中ぼんやりと思った。
最後に聞くのが蛇の呪詛だなんて最悪だ。
……だが、案外ふさわしい終わり方なのかもしれない。
重くなる瞼を閉じる。
(フラリアは……無事だろうか)
呪いの元凶が消えかけている今ならフラリアへの呪い効果もないと思いたい。
それだけが気がかりだ。
『――ま』
(……?)
優しい声が聞こえた気がした。
声を聞きたいと思っていたから都合のよい幻聴が聞こえたのだろうか。
(幻聴でもなんでもいい。もう一度だけ呼んでほしい……)
動かない体のかわりに耳だけをすませる。
『……ノルヴィス様』
今度ははっきりと聞こえた。
愛おしいあの声が。
「フラ……リア?」
何か温かいものが頬に触れた気がして目を開く。
「フラリア……?」
目を開いた先には、泣きそうな顔で微笑む彼女がいた。
その体は半透明でその先が透けて見えている。
「なぜ……いや、その……姿は」
『ノルヴィス様、大丈夫ですよ。絶対に死なせません』
そういって彼女は俺の傷を包み込むように抱きしめた。
温かい感覚が体中をめぐる。
「……これは」
フラリアの纏っていた光が俺に移り傷を癒していく。
けれど、俺の傷が治れば治るほど彼女の姿が薄くなっていくことに気が付いた。
それと同時にフラリアの気配も、右目に宿っていたアコニの気配も消えていく。
これでは、これではまるで……
「――っ! まてっ! フラリアやめろ!!」
『ノルヴィス様。諦めないで。生きて……大丈夫だから』
俺の制止も聞かぬまま、彼女は離れようとしない。
やめろ、やめてくれ。
俺はどうなってもいい。
お前が助かってくれればそれでいいのに。
「お前が俺の代わりになる必要などない!! やめてくれフラリア!!」
彼女を失う恐怖に体が震える。
それでも彼女はあやすように俺の背中を優しく撫でるだけだった。
『ノルヴィス様、愛しております……これからも、ずっと』
「フラ……リア」
やがてすべての傷がふさがると、それを見届けた彼女は唇に僅かなぬくもりを残し微笑んだ。
淡く黄金色に光る。
その光はどこまでも温かい輝きを放っていた。
『ぎいいやぁああああ!!!』
蛇の絶叫が聞こえた気がしたが、それもすぐに搔き消され塵になった。
残されたのは静寂のみ。
「…………フラリア?」
彼女の姿はどこを探しても見当たらない。
転がっているのはノーレイン達だけ。
蛇もフラリアも炎もそこにはなかった。
空に言葉が溶けていく。
――確かにそこにいたはずなのに。
まるで初めからフラリアなどいないとでもいうかのように、痕跡すらない。
体の傷はふさがっているはずなのに、胸に大きな穴が開いたようだ。
「……そんな」
俺は結局守れなかったのだ。
俺と関わったばかりに、フラリアは死んだ。
俺が手放せていたら。
もっと強ければ。
頭の中をそんな言葉ばかりが埋め尽くす。
目が熱をもって雫が落ちてくるのもそのままに。
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