第6話 精霊王の提案
言い訳をするのならいろいろと情報量が多すぎて聞きそびれていたのだ。
一族の秘密、毒の正体、そして精霊たちとの再会。
一息つく間も情報を精査する暇もなく与えられる驚きの事実に目を回してしまっていた。
だからだろう。
ノルヴィス様の呪いについてなにも聞けていない。
うわぁ、どのタイミングで口を開けばいいか分からないなぁ。
今かな? 今なのかな?
と思いつつも尋ねるタイミングを逃し続けていた。
もちろん故意ではない、と先に宣言しておこう。
(初めにノルヴィス様たちの居場所を尋ねるべきだったかしら?)
そう思うも既に流れ始めた話の流れをせき止めることなどできるはずもない。
「それでな、その時――」
「あの時は――」
「そなたが生まれた時ついつい目を通して見に行ってしまったぞーー」
なぜなら私は今、精霊王と仲良く並んで泉のほとりで腰をおろし懐かしそうに過去の話を語っている彼の話に耳を傾けている最中なのだから。
次々と語りだす精霊王を止める訳にもいかずにかれこれ30分はこの状態だ。
しかも話をしている精霊王は生き生きとしていて、もしかしなくてもおしゃべりが好きなんだなと思った。
先ほどの第一印象とはだいぶ変わった精霊王の印象は、今では「人と話すことが好きな気前のいいお兄ちゃん」といったところだ。
「精霊王は人と話すのが好きなんですね」
なんとはなしに思ったことを口にしてしまったのが悔やまれる。
「いや、人間は嫌いだぞ?」
瞬時に帰って来た返事に理解が追いつかずに固まる私。
目線だけで精霊王をあおげば先ほどまでニコニコしていた笑みが家出をしているかと思う程の真顔だった。
「我は精霊たちの王。人間の悪意に飲まれて堕ちた精霊たちのことも把握している。それに人間たちの愚かしさもな」
ため息と共に吐き出された言葉は苦々しい。
悲しみと怒り、あわれみがごっちゃになったような声に、私は小さく声を零すしかなかった。
「でも、私の先祖は人間だったんですよね?」
「……そうだな。かつては我も人間を愛していた。精霊たちもな。その中でもそなたの先祖は特段愛おしかった。だが……そなたの先祖たちは同じであるはずの人間に追われ落とされ使役された。人と違う精霊の力を持っていたばかりに」
どうやら私の先祖たちは精霊と特段仲の良い一族の生まれだったようで精霊たちから愛されていた先祖は精霊たちの助けで人にはできないことをしていたらしい。
――魔法。
人は精霊の力をそう呼んだ。
凍える人あれば火魔法で温もりを、乾く者あれば水魔法で水を生み出し人々を救った。
「けれど特異な力は欲深き者にとって格好の的だ。我らが祝福を与えた一族は瞬く間にその数を減らしていった。それだけじゃ飽き足らずに精霊自体を捕まえようとする者も現れ、人間の手に堕ちた精霊は悪意をため込んで堕ちていった」
そうつぶやく精霊王の横顔にかける言葉が見つからない。
精霊王は長く生きていると言った。
長く生きることはそれだけ多くの命が散るところを見るということ。
精霊王は一体どんな気持ちでそれを眺めていたんだろう。
「そうしてできた黒の精霊達はやがて寄り集まって堕神となり災厄をばらまく者として恐れらるようになった。そなたと共に来たあの男に巣くっている呪いもそれだ」
「!!」
唐突にノルヴィス様の話題を振られて息が止まる。
「そ、の堕神に呪われたらどうなるんですか?」
これだけは聞かなくてはいけない。
例え嫌な予感が拭えなくても、その予感がほとんど確信であっても聞かなくてはならないのだ。
「……人間の力ではどうにもできまい。堕ちたとはいえ超常的な役割を持つ精霊たちの集合体なのだから」
「……でも解呪の方法が指定されているって」
「そうだな。けれど呪いは掛けるよりも解く方が難しいものだ。あの呪いは随分古いと見た。その間誰も解けなかったことからもわかるだろう?」
「……」
気分が沈んでいく。
確かに私も「真実の愛」とやらに頼っていたわけではないが、唯一の解呪法を全否定されるとどうしても気が滅入るというものだ。
「……それなら、あなたにならあの呪いを解くことはできないんですか? 文献で精霊王ならばどんな呪いも解くことができるって」
もともと正規法では望み薄だから、呪いを解いてもらう為に精霊王を探していたのだ。
王を見つけた今すがってしまうのは無理ないだろう。
けれど精霊王は困ったように眉を下げるだけだった。
「解くことは造作もないが、先ほど言っただろう? 我らが人間の願いを叶えるにはそれと同等の価値のあるものを差し出してもらわねばなにをすることも叶わぬ」
「……そんな」
私はショックを受けた。
精霊王を探し出せばノルヴィス様の呪いを何とかしてもらえると思っていたから。
呪いを解くのと同等の価値のあるもの……。
ノルヴィス様の呪いには命がかかっている。
それと同等の価値となると、何も思い浮かばない。
「本当にどうにもできないんですか?」
「そうだな。王たる我が率先して理を壊すわけには行くまい」
精霊王が嘘を言っていないのは分かっている。
だってお母さまも私を守るために、自分の魂を差し出したと言っていたから。
「それにしてもなぜそうまでしてあやつの呪いを解こうとする?」
「え?」
落としかけていた視線を精霊王に向ければ真剣な眼差しに絡めとられる。
「どうしてそなたはあやつの呪いを解こうとしている?」
「だって、それは……私にも寿命の呪いは伝染しているって……」
「それならば今ここでヤツとの縁を切ればいいだけのこと。さすればそなただけは助かろう。それならばすぐにでもできるぞ?」
「縁を切るって……」
少し考えてゾワリと肌が粟立つ。
縁を切るということは、今まで培ってきた絆を切るということ。
それはつまり、私を失いたくないと懇願していた彼を裏切るということ。
私を必要としてくれている人を裏切りたくはない。
それ以上に……私自身が彼から離れたくはなかった。
「それはダメです!」
「何故だ? そなたも身をもって体験してきたはずだ。普通と違うものは排斥される運命。外には迫害と屈辱にまみれている。あやつとの縁さえなくなれば、そなたはずっとここにいられる。我が血を引くそなたであればここに居られるのだ。わざわざつらい外に留まる理由などないだろう?」
「それは……」
確かに言われた通り外では酷いことを沢山された。
侮蔑も、嘲笑も、忌避も、辛くなかったとは言えない。
お母さまの呪いがなければきっと今ごろ生きてはいなかっただろう。
(でも……それでも。ノルヴィス様と離れたくはない)
この気持ちをなんと呼べばいいかなんて分からないけれど、それでも外に、ノルヴィス様のもとにいたいと思う。
「迷っているのか? ……まあすぐには答えを出せないだろう。だがこれだけは覚えておいてくれ。我はそなたをずっと待っていると」
精霊王はふっと寂しそうに笑って頭を撫でてくる。
それがあんまり優しいものだから、私はどうしたら良いのか分からなくなってしまった。
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