05 王城での糾弾
「――レティシア、疲れているところ悪いんだが、このままついてきてほしい」
城門を抜け、広大な城内へと足を踏み入れると、レティシアにアルドリックが言う。声は静かで、眼は真剣だった。
レティシアはその言葉の意図を、正確に理解していた。
(……まあ、ありますよね。私のしたことを問い詰める場が。ここを出るときに悪行三昧ですし)
戦勝祈願を放棄して、脱走し、天馬を私的利用した。
冷静に考えなくても、聖女のすることではない。実際に、悪行値が増えに増えた。
そして悪行の報いは、悪行値が増えるだけではない。
現実の叱責が待っている。
城内に入り、控えの間まで進む。
しばらくそこで待たされ、準備が整ったということで玉座の間に呼ばれた。
重厚な扉が開く。レティシアは裁きを受ける罪人の気持ちで――二回目だからか、落ち着いた気持ちで、玉座の間へと進む。
そこには国の重鎮たちが一堂に会していた。
緊迫した空気が満ち溢れている。
中心の玉座には、国王が座っていた。誰よりも堂々とした態度で。
――ここが、この国の中心だ。
王太子アルドリック、第二王子エリウッドがそのすぐ傍に立ち、その他の大臣たち、大貴族たち、そして神官たちは玉座の下に並んでいる。彼らの視線はすべてレティシアに向いていた。
レティシアは婚約者であるエリウッドの姿を見て、とても懐かしい気持ちになった。
魔人化したときは真っ先に彼を葬ったものだ。
彼は処刑されるレティシアを、恋人と共に嗤って見ていた。これからの己の栄華を微塵も疑っていなかった。
だから殺した。
まったく胸が痛まなかったのは、心まで魔人化していたからだろうか。それとも、処刑される前からとっくに壊れていたからか。
(でも、もう終わったこと。光の大聖女である私は、まったく恨んでいません)
前回の恨みは、前回で晴らした。
今回でまで引きずるようなものではない。
(私は新生光の大聖女として、善き行いだけをしていきますから)
満面の笑みで婚約者を見ていると、婚約者は気味が悪そうに顔を引きつらせる。
「――レティシア・レブロンド。よくもおめおめと顔を出せたな」
口を開いたのはエリウッドだった。その声は冷たく、鋭い刃のようだ。そしてその姿は悪を糾弾する正義の使者のようだった。
――己の正義に酔っている。
レティシアは微笑を崩さず、沈黙したままその言葉に頭を下げた。
次にエリウッドが顔を向けたのは、王座に座る国王の方だった。
「父上、この者は、聖務を放棄し、聖なる天馬を奪い取って脱走しました。聖女に相応しくありません! 即刻、罷免すべきです!!」
響き渡る勇ましい声を、レティシアは肩を震わせながら聞いていた。
(そのとおりです! 罷免してください!!)
レティシアは、エリウッドのことを誤解していたのかもしれない。一刻も早く聖女を辞したいレティシアの気持ちを、ここまで理解してくれているなんて。
「ふむ……」
国王は唸り、アルドリックに視線を向ける。
「それは、話を聞いてからにしよう。アルドリック、まずは此度の戦の報告を」
「はい。デュラント伯爵家領地内の森に出現したゲートの封印と、魔物の討伐のために、騎士団は出陣しました。魔物は強力で数も多く、我々は戦いに苦戦していました。その時、天馬に乗った聖女が現れたのです」
アルドリックの視線がレティシアに向く。
「彼女は、聖なる光で魔物を消し去りました」
アルドリックは冷静に報告を続けた。
「聖女にどうして前線に訪れたのかと問うと、彼女は神託があったからだと答えました。その後我々は、聖女と共にゲートの封印に向かい、無事ゲートを封印できました」
誠実さに溢れた声が、静かに玉座の間に響く。
「犠牲者もいません。この成果は、聖女レティシアがいてこそだと思います」
国王はアルドリックの報告を聞き終えると、レティシアに目を向けた。
「ふむ。聖女よ、神託とは?」
全ての視線がレティシアに向けられる。レティシアは顔を上げないまま、答えた。
「――王太子殿下のお命が危ないと」
ざわめきが広がる。
「王太子殿下は国の希望の光。未来を照らす青き灯火。失ってはならないと、神は仰いました」
レティシアは揺らぎのない声で続ける。
「誰かに伝え、任せることも考えましたが、王都からではどうやっても五日はかかります。天馬の力を借りて、私が直接赴けば、間に合うのではないかと……そう思うと居ても立っても居られず……ただひたすら、行動していました」
「ふむ。天馬が背に乗せるのは、聖なる乙女だけ。そなたでなくては間に合わなかったかもしれぬな」
国王はレティシアの話を真摯に聞き、頷いた。
「天馬も聖女の清き心に打たれ、力を貸したのであろう。聖女レティシアよ、褒美を取らせよう。何か望みはあるか」
「父上――」
エリウッドがまだ何か言おうとしたが、国王は手を挙げて遮った。
「事実、アルドリックは無事帰還し、騎士団も無事。魔物による被害も出ず、ゲートも封印された。これは聖女レティシアの功績によるところが大きいと、アルドリック自身が言っておる」
アルドリックが黙って頷いた。
「ありがたき幸せです。ですが、私は神託に従い行動しただけであり、聖女の務めを果たしただけでございます」
「何もいらぬと申すのか。何と謙虚なことだ」
国王は感心した様子で笑った。
(本当は、聖女を辞めさせてもらいたいけれど、それを言って許される雰囲気じゃなさそうね――)
そう思いながら、レティシアは周囲の人々を見渡した。皆、レティシアに期待を寄せているようだった。
結局、咎めはまったくなく、むしろ賞賛の声が高まっていた。
「聖女レティシア殿は、本当に聖女に相応しい清らかな魂の持ち主だ」
「歴代聖女の中でも、ひときわ優れているのではないか」
そんな声が貴族たちの間からも聞こえてくる。
(私ほど、聖女に相応しくない人間はいないと思いますが……)
この場にいるのは、アルドリック以外、かつて魔人化したレティシアが自身の手で殺した人々だ。その人々の前で、レティシアは静かに微笑み続けた。
時間を遡っても、やったことは消えない。
犯した罪は消えない。
時が巻き戻った自覚があるのは――巻き戻る前の記憶があるのは、レティシアだけのようだが、それでも罪は消えない。
そしてレティシアは国王の許しを受け、玉座の間を去った。
背中にアルドリックのあたたかい眼差しと、エリウッドの凍るような冷たい視線を受けながら。