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03 弱者の救済




 その日はそのまま砦内で夜を過ごし、朝を迎える。


(朝の祈りの時間だ――)


 身支度を整え、レティシアは太陽の昇る方角に向かって、祈りのポーズを取って目を閉じた。

 祈りの儀式をしてもカルマの変動はないのに、しなければ悪行値が増える。祈りを欠かすことはできない。


(義務を放棄するなということかしら。そして、義務は遂行しても評価されない……)


 聖女として当然のことだから、ということだろうか。


(これから光の聖女と呼ばれるためには、いったいどうしたらいいかしら)


 祈りながら考える。

 レティシアが目指すのは、圧倒的光属性の聖女。災厄だとか魔女だとか、不吉な二つ名で呼ばれず、称号もつかないような聖女である。


 そうなるために、何をすべきか。


 まずは悪行値を増やさないように、行儀よく生活しながら、善行を積んで、悪行値を減らす。

 善行を積んでいくうちに、他の人々からも頼られるようになるだろう。そうなれば、善行を積む機会がますます増えるはずだ。


(……もしかして、意外と楽勝なのでは? アルドリック様の暗殺を阻止したことで、あれだけ善行値が増えたのだし)


 レティシアはにやりと微笑んだ。

 光の聖女らしからぬ笑顔だが、幸い誰にも見られていない。


(それと……できるだけ早めに聖女を引退したいわね)


 レティシアが聖女であるうちに、王太子が暗殺されてしまったら、その責任を被せられてしまう。それは大変困る。聖女であるうちは王太子を守りながら、聖女引退の道を探す。


(そのためには、国王陛下に罷免してもらわないといけない。素行不良でクビが一番安泰かしら……いえ、それよりも、私より強い聖女が出てきて、そちらに正聖女の座を移すとなれば――)


 レティシアは再びにやりと微笑んだ。


(第二王子との婚約もなくなるし、たとえ何があったとしても私が処刑されることはなくなる! 最高じゃない!)


 そうなれば、あとはのんびり善行を積んで、「民草の聖女」とでも呼ばれながらひっそりと庶民として生きればいい。

 実家に戻るというのは、ありえない。レティシアは伯爵家の出身だが、聖女の力が現れるまでは、邪魔者扱いされて生きてきた。

 実家には二度と戻らずに、庶民として普通に素敵な恋をして、人並みの幸せを得てみたい。


 いまはまだ夢でしかないが。

 想像するだけでわくわくする。


(当面の目標としては、光の聖女としてアルドリック様を守りつつ、私よりも強くなりそうな聖女候補を探す。とりあえず準聖女を鍛えていくことにしましょう)


 祈りを終えて目を開けると、まるでその瞬間を待っていたかのようなタイミングで、部屋のドアが静かにノックされた。


「レティシア、地下牢へ来てもらっていいだろうか」


 ドアの向こうから、アルドリックの声が響く。


「ち……地下牢へですか?」


 時間を遡る前に、王城の地下牢でしばらく過ごしたことを思い出して、腰が引ける。


「ある者と対面してほしい」

「はい、わかりました」


 ドアを開けると、アルドリックが立っていた。付き添いのものはなく、ひとりだ。

 不用心だな、護衛をしっかりつけてほしいなと思いながら、アルドリックの案内に従って砦の地下牢へ向かう。


 牢の中には、未だ幼さを残す少年がいた。

 王太子アルドリックはレティシアの隣に立ち、少年を見つめた。

 牢の鉄格子の前に立つ騎士の鎧が、篝火の光を受けて深い光沢を放っていた。


「レティシア・レブロンドです」


 レティシアが自己紹介すると、少年は驚いたように耳を塞いで、怯えるように蹲る。


「完全に、魔物憑きですね」

「――本当に、そうでしょうか」


 レティシアの言葉に、牢の前に立つ騎士が疑問を口にする。

 騎士の鋭い眼光がレティシアを見据えた。


「魔物憑きならば、聖女の力で浄化されているはずです。しかしこの者が殿下に手を下そうとしたのは、聖なる光が放たれた後――この者の心に巣食っているのは、魔物ではなく邪心ではないでしょうか」


 声は厳しく、重い。この地下牢の空気よりも重苦しい。


「騎士様は魔物憑きのふりをしていると、お考えなのですね。残念ながら――奥深くにまで根を張った魔物は、聖なる光だけでは消しきれません」


 レティシアは更に牢の近くへ歩み寄る。


「彼の名前は?」

「ロイド・カーター。私の従騎士の一人です」


 答えた騎士を、レティシアは見上げる。


「……あなたのお名前は?」

「ゼクス・マクレインです」

「マクレイン様。この少年が、殿下のお命を狙う理由があるのですか?」


 騎士は沈黙する。


 従騎士というロイドの立場からすると、彼は下級貴族であり、長子ではない。


 王太子を狙うほどの強い恨みや信念があるのだろうか。それとも、他者にそそのかされたのだろうか。あるいは、大切な人を人質に取られて、無理に動かされているのか。


 レティシアの思いつく疑問はとっくに調査されていたはずだ。それでも明確な理由は見つからなかったのだろう。


 だから、魔物に操られているようだとなったのだろう。しかし、騎士マクレインは納得していない。


(――人の心の内なんて、誰にもわからない)


 自分自身でさえも。

 何をきっかけに変わるのかも。


 状況が変われば闇にも簡単に堕ちる。魔物にも憑かれる。

 レティシアはそれを身をもって知った。


「――ロイド・カーター、目覚めなさい。彼の中に潜む魔物よ、聞きなさい」


 レティシアが静かに、だが力を込めて声をかける。


「――あなたのことは、地の果てまでも探し出して、浄化します。そうなりたくなければ、私を見なさい。私の声を聞きなさい」


 ロイドの目が見開かれる。その目は暗く――その闇の奥に、魔物の一端が見えた。


「――そして、私を殺しに来なさい」


 レティシアは微笑み、『聖なる光』を発した。

 太陽の光が地上に降り注ぐかのように、彼の全身を包み込み、目を通じて、魂に巣食う魔物へ直接浴びせかける。


 ロイドの身体ががくりと倒れる。

 目を覚まし、驚いた表情でレティシアを見上げるその瞳には、もう魔物の影は見えなかった。


「魔物は消えました」

「レティシア、なんて危険なことを――」


(大丈夫です! 私は光の聖女レベル99ですから!)


 レティシアは言葉の代わりにアルドリックへ微笑んだ。


 そして改めてロイドを見つめる。

 顔の青白さは変わらないが、表情が違う。虚空の闇を湛えていたような瞳には、彼自身の意思が宿っていた。


 ――だが、いまの状況はわかっているようだ。事の重大さも。

 記憶は残っているらしい。おそらく、ずっと意識もあったのだろう。


 ロイドは、前回は王太子を殺したその場で討たれたという。その後、血縁者も全員処刑されていた。レティシアが処刑される直前に。


 だがいま、彼は生きてレティシアの前にいる。


「――ロイド。あなたは、いまここから、一生をかけて罪を償うのです。私と共に」


 ロイドの肩がびくりと震え、怯えた眼差しがレティシアを見つめる。


「聖女様……」


 彼の声は細く、しかし力強くレティシアに響いた。

 少年の目から涙が零れる。


 ――レティシアは不思議な気持ちになった。

 以前の自分は、ただ祈ることしかしていなかった。聖女の義務を果たすことが、国の守りになると信じて。

 そしてそれは、何の成果ももたらさなかった。


 王太子アルドリックは死に、レティシアは処刑され、そして魔人化して王都を滅ぼした。


 だがいまはどうだろう。

 天馬に乗って魔物との戦いの場にまでやってきて、王太子を守るために矢で射られ、そしていま魔物に操られた少年を助けるための行動をしている。


 この行動が、今後どのように運命を変えていくのだろう。

 変化する未来はまったく見えない。だが、いまは清々しい気持ちだった。



【カルマ変動】

・善行値:60獲得(弱者の救済)

・累計悪行値:9280→9220



(アルドリック様の時と比べて、随分と獲得善行値に差があるのね……影響力の違いかしら)


 レティシアは、何とも言えない違和感を覚えた。


(そもそもこの善悪と程度の判断、誰がしているのかしら)


 そう思った瞬間、もやっと黒い感情が広がる。


(いえいえ、不満があるわけではありません。すべては御心のままに)


 神に不信を抱いたと判断されて、悪行値が増えたら大変だ。

 圧倒的光属性聖女たるもの、神を疑ってはならない。

 レティシアは心を落ち着かせ、ロイドを見つめ、微笑んだ。


「ところで、マクレイン様」

「はっ……」

「彼の身柄は私が預かることになっているのですが、私は聖女の身であり、彼の扱いに自信がありません」


 レティシアは物憂げにため息をついた。

 そして、騎士マクレインを見る。


「いままで彼を見てきてくださったあなたに、彼の保護をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか? 彼が立派な騎士となれるように、正しく導き、保護し、鍛えてあげていただけますか?」


 騎士マクレインは無言で王太子アルドリックを見つめ、アルドリックは静かに頷いた。


「――御意」

「ありがとうございます。くれぐれも、よろしくお願いいたしますね」


 念を押すように言い、レティシアはロイドに視線を向ける。

 そしてもう一度微笑んだ。できるだけ、優しく。






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