21 聖女の選択
レティシアはエリウッドを見下ろす。
「――エリウッド様、ラフィーナ様はあなたを長年支えてくれたのではないですか? ルディナ様はあなたに相応しい人間になろうと、神殿で努力し続けてこられたのですよ」
レティシアは、エリウッドのことは諦めていた。
お互い不本意な婚約であるし、あまり干渉しないでおこうと思っていた。
レティシアを処刑したのも、魔物に唆されたのかもしれないし、あの件の恨みはあの時に復讐をして、精算した。
「――あなたは、おふたりのそんな献身を当然のものと思っていらっしゃるのでしょうね」
相性が悪い相手だから、最低限の関わりだけにしようと思っていた。
だからまさか、こんなに失望させられるなんて思っていなかった。
「がっかりです。あなたの真実の愛とやらがこの程度だったなんて」
相手をころころ変えることも、気持ちを貫かないことも。
がっかりだ。
「なにをごちゃごちゃと……この僕に暴力を振るうなんて、処刑だ! 不敬罪で処刑だ!」
「もう二、三発行きましょうか。ルディナ様、メイスを持っていませんか?」
ルディナは戸惑いながら身をかがめる。
するとドレスの裾からルディナ愛用のメイスが出てくる。
「どうぞ、レティシア様……」
ルディナは照れながら、メイスを両手に持ってレティシアに差しだそうとした。
エリウッドが怯えながら叫ぶ。
「落ち着け! 落ち着けと言ってるだろ! この僕が結婚してやると言ってるんだ!」
「エリウッド様、一度だって私が結婚してくださいと言いましたか?」
「へ……?」
「言っていません。聖女の義務だから仕方ないと思っていましたが、正直嫌でした」
「い……嫌、だと……?」
「はい。とっても嫌でした」
はっきりと告げると、エリウッドがショックで固まった。
(まさか、私に愛されているとでも思っていたのかしら)
なんて自己評価が高いのだろう。その点だけは感心する。
(ともかくこれで、婚約は解消でしょうね)
王城のパーティでここまでやったのだ。
王家側もさすがにこのままではまずいと思うだろう。
(――さて、もう楽しくパーティという雰囲気でもないですし、私は帰りましょうか)
最後にアルドリックにドレスの礼を言って会場から去ろうと思ったその時、思わぬ人物が――国王が入ってきて、レティシアたちの方を見つめた。
「――やれやれ。揃いも揃って何を勘違いしておる」
どこからか一連の騒動を見守っていたのだろう。
息子たち――アルドリックとエリウッドを見ながら、呆れたように言う。
「選ぶのは聖女の方だ。お前たちではない。王太子が聖女と結婚できないのも、ただの慣習だ。神の定めしルールは変えられぬが、人のつくったルールは変えられる」
言って国王はレティシアを見た。
落ち着いた眼差しに、レティシアは恭しく視線を下げる。
「聖女よ。愚息との婚約は解消しよう」
「ありがとうございます」
国王の決定ならつつがなく進められるだろう。
これでひとまず一件落着。
安心するレティシアに、国王は続けた。
「――さあ、この場にいるものから好きに次の相手を選ぶがよい。聖女に選ばれる栄誉、断るものはおらぬだろう」
「…………」
レティシアは口元を引きつらせ、それを隠すために頭を下げた。
「……ご冗談を」
「冗談ではないぞ。聖女に良縁を用意するのが王の務めだ」
国王は人の良さそうな顔で笑う。
(さすが王様。この横っ面、張り倒しても不敬罪にならないわよね?)
メイスを握りしめるが、ぐっと堪える。
さすがに悪行値が増えそうだ。
――こうなると、適当に場を収めるか、適当に誰かを選ばないとならない。とはいえ誰を選べというのか。
レティシアは社交界に詳しくない。
どの男性に妻がいるのか、恋人がいるのか。好きな人がいるのか。
また、適当に選んだ男性に恋をする令嬢がいたら恨まれる。
(これ以上恨まれたくはないわ……)
恋の恨みは、パワーは、怖い。
レティシアは適当に濁すことにした。
「お心遣いありがとうございます。ですが私は、誰かを選べるような立場ではありません。今後は真面目に誠実に、多くの人々の幸せのために生きていきたいと思います」
そう言って微笑むレティシアの前に、アルドリックがやってくる。
そして、レティシアの前に跪いた。
「……王太子殿下?」
「レティシア、やはり君は素晴らしい人だ」
「ありがとうございます……勿体ないお言葉です」
微笑むと、アルドリックも微笑む。
「どうか、俺と結婚してほしい」
「――――!?!?」
アルドリックのプロポーズは、あまりにも予想外のものだった。
驚きすぎて、何が起こっているのかわからない。
(国王陛下は確かに誰を選んでもいいとは言っていたけど――アルドリック様はダメでしょう!)
そう思って国王の方を見るが、国王は何故か満足そうにうんうんと頷いている。
――確かに国王は、選ぶのは聖女であると言ったが。
王太子が聖女と結婚できないというのはただの慣習で、ルールは変えられると言った。だが。
(――恨まれる。アルドリック様には婚約者はいらっしゃらないけれど、だからこそたくさんのご令嬢が王太子妃の座を狙っているわけだから――)
国中の女子から恨まれる。
どう断ろうかと悩むレティシアの手を、傅いたままのアルドリックがそっと握る。
「俺は、君と共に、多くの人の幸せのために歩んでいきたい。そして、俺が君を幸せにしたい」
「…………」
――そんな誠実な目でまっすぐに見られると、とても断りにくい。
この場にいる全員が、レティシアの返答を待っていた。
レティシアは深呼吸して、心を落ち着かせる。
「――私、嫉妬深いですから」
――側室をたくさん持つ予定の王太子とは結婚できない。
「もちろん、君だけを永遠に愛すると誓う」
力強く言い切られる。
その目は、真剣で、誠実で。
レティシアは唯一の断る口実を失う。
「…………」
レティシアは深く息を吸い、気を強く持った。
気を抜いたら、いますぐにでも「はい」と言ってしまいそうだ。
――ずっと。憧れに近い感情を抱いていた。
空中庭園で、時折一緒に天馬の世話をしていた時から。
だが、自分は聖女で、第二王子の婚約者で。恋心を抱くことなど以ての外だった。
だからずっと胸に閉じ込めていたのに。
一緒に国を支えていければそれで満足だったのに。
「……大切なことですから、いますぐ返事はできません」
「ああ。一生のことだ。ゆっくりと、選んでほしい。俺の気持ちが変わることはないから」
返事を保留にされたのに、アルドリックは何故か嬉しそうだった。




