19 ハッピーエンド?
レティシアはアルドリックと共にラフィーナを追って、ダンジョンの奥に進む。
魔法灯が聖なる光を放っているのに、闇がどんどん深くなっていく。
「――ゲートだ!」
アルドリックが聖剣を手に、前を見据える。
ダンジョンの岩場の奥には、光をも呑み込む暗い穴が開いていた。
――深淵。
その中で、ラフィーナはゲートと融合していた。
闇の中心に人型が浮かび、蠢きながら何かを叫んでいる。すべてを拒絶するような悲痛な声が、響き渡り続ける。
次の瞬間、水柱が迸るように、黒いどろどろとしたものが実体を持って襲いかかってくる。
「アルドリック様、お願いします!」
聖剣が、ゲートから噴き出した黒いものを斬る。
「聖なる光よ――」
闇の力が弱まった瞬間を狙って、レティシアは『聖なる光』を最大出力で放った。
ラフィーナを取り込もうとしている深い闇を、強い光で消し飛ばす。眩い光は闇と共に、ゲートそのものを吹き飛ばした。
――神殿地下ダンジョンにあたたかな光が満ちる。
ゲートが消えて、何もなくなった場所に、元の姿に戻ったラフィーナが横たわっていた。
レティシアはアルドリックと共にラフィーナの元へ行く。
顔色は真っ白で、全身から力が抜けていたが、生きている。
「ラフィーナ様、もう大丈夫です」
「……ずっと、あの子が羨ましかった……」
「――大丈夫ですよ、ラフィーナ様」
苦悶の表情で涙を流すラフィーナの手を握り、レティシアは安心させるように言った。
「これからは、共に善行を積みましょう」
その言葉に安心したのか、ラフィーナは今度こそ意識を失う。
その顔は、救われたかのように安らかだった。
レティシアはラフィーナの手を握ったまま、ゲートがあった場所を見つめ、そしてアルドリックを見上げた。
「――つまりは、このゲートがすべての原因だったわけです」
「……ああ。ゲートの存在が、魔物の暗躍を許したことは間違いないだろう」
「はい。ここから溢れた闇の力が、ラフィーナ様やロイドの中に入り込んで悪いことをさせて、王都にも病魔を撒き散らしていたのでしょう」
レティシアは大げさなまでに何度もうんうんと頷いた。
「この責任は、管理をほったらかしにして、ゲートを発生させ、成長させてしまった神殿にあります」
できるだけ沈痛な面持ちを浮かべ、反省しているように肩を落とす。
「というわけで、私が全責任を取ります」
レティシアは胸を張って言い切った。
「……ん?」
「責任を取って、聖女をやめます。なので、他の方々にはどうか寛大な処置を」
アルドリックに深々と頭を下げる。
(これで無事に聖女引退!)
話の流れ的にとてもスムーズである。これで目標達成、と思ったら。
「――待ってくれ!」
アルドリックが慌てたように叫ぶ。
「この通路の管理不行き届きには、王族にも責任がある。そしていま、俺とレティシアの手で、解決した。君が責任を取る必要はない」
「でもそれですと――」
「この件、絶対に悪いようにはしないから、俺に預からせてほしい」
「……わかりました」
アルドリックにそこまで言われてしまっては、レティシアも断れない。
(何もかも一件落着かと思ったのに)
聖女引退への道はとても険しい。
その時、ダンジョンの中に足音が反響する。
躊躇いがちな、だがそれでも前に進む足音。それは、戻ってきたルディナのものだった。
「ルディナ様――」
メイスをしっかり握りしめて怯えながらもやってきたルディナに、レティシアは声をかける。
ルディナは一瞬安堵の表情を浮かべたが、アルドリックの姿を見て目を丸くした。
「王太子殿下!?」
驚愕の声を上げ、慌てて頭を下げる。
「いい。楽にしてくれ」
「は、はい……」
アルドリックの声に、ルディナは戸惑いながらも顔を上げた。
「ルディナ様、どうかなさったんですか?」
「レ、レティシア様……わたくしだけ逃げ出してしまい、申し訳ありません……」
「いえいえ、恐ろしいものを見て逃げるのは生存本能です。恥じることではありません。それよりも、勇気を出して戻ってきてくれたことが嬉しいです」
「あの、お姉様は……」
「大丈夫、生きています。きっと、今度はすぐに目覚めます」
ルディナは安堵の息をつき、ラフィーナの隣に両膝を突いて座った。
「……お姉様、ごめんなさい……」
その声は、深い後悔と謝罪に満ちていた。
「…………」
沈んだ背中を、レティシアは静かに見つめた。
ルディナがあれだけラフィーナに対して敵愾心を剥き出しにしていたのは、自分のしたことを正当化しようとしたからかもしれない。
相手が悪いことにして、自分は悪くない、罪を犯していないと思い込みたかったのかもしれない。
だがいまのルディナは、自分の罪と、姉に向き合っている。
レティシアはそっとルディナの肩に手を添えた。
「ルディナ様。共に善行を積みましょう」
「善行……?」
「はい。神はいつでも、やり直す機会を与えてくださいます」
「レティシア様……はい……」
ぽろぽろと涙を流すルディナの横顔を、美しいと思った。
◆◆◆
アルドリックとはダンジョンの中で別れ、それぞれの場所へ戻った。
レティシアとルディナは神殿に。
アルドリックはラフィーナを連れて王城に。
隠し通路の存在は秘密のままにすることにして。
神殿側の入口に戻ると、相変わらずひっそりとしていて、誰もいない。
その静けさに平和を感じた。
(なにもないのが一番ね)
【カルマ変動】
・善行値:100獲得(ゲート封印補助)
・累計悪行値:3170→3070
――その後、レティシアがアルドリックから聞いた話では、第二王子エリウッドは無事目覚めたそうだ。
だが、ラフィーナ関連のことは何も覚えていないらしい。アルドリックを暗殺しようとしたことも。
そしてラフィーナも記憶喪失になっていた。ここ三年ほどの記憶がまったくないらしい。いままでとはかなり雰囲気が変わっていて、穏やかに過ごしているという。
今後はおそらく神殿で見習いとして働くことになるだろう。
元凶と思われる神殿地下ゲートは封印され、当事者たちの記憶は完全に消えている。
調査のしようもなく、犠牲者もいないことから、今回のことは内密に処理されることになった。
(これでよかったのよね)
王城からの帰り道、天馬の飛び交う青空を見上げながら、レティシアは喜びを感じた。
レティシアが記憶を持って時間を遡ったことで、多くの人間が救われた。
魔人化した忌まわしい記憶がなければ。
累計悪行値を見せつけられなければ。
この空を見ることはなかっただろう。
(――神よ、お導きに感謝します)
あとは地道に善行を積みながら、聖女引退の道を探り、どこかへ逃げ出すだけだ。
レティシアは心を新たにして、神殿に戻った。




