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17/22

17 侯爵令嬢姉妹





 塔の上の空中庭園から神殿まで、休憩もせずに一気に移動したレティシアは、柱の陰に隠れながら肩で息をした。


 さすがに疲れたが、倒れるほどではない。

 レベルが高いので体力が有り余っている。


(アルドリック様には悪いことをしてしまったかも……)


 後悔が心を苛む。

 自分でも、どうして反射的に逃げてしまったのかよくわからなかった。


(軽蔑されたかも……逃げたいなんて言って……本当に逃げ出して……)


 冷たい柱に手を置きながら、ため息をつく。


(――逃げてしまったものは仕方ない! いまの私に、後悔している時間なんてないわ!)


 気合いを入れて顔を上げる。

 行動。行動。とにかく行動だ。


 顔をさらに上げて、空を見上げる。

 平和な青い空を見つめながら、次にするべきことを考える。


(……祈りをこなしてから、地下ダンジョンにでも行こうかしら? レベルは上がらないけれど……――そうよ! ダンジョンにはゲートがあるもの。様子を知っておいた方がいいわ)


 ゲートからは闇の力が湧き出してくる。

 王都に存在していいものではない。

 様子を調べに行って、危険そうなら『聖なる光』で消してしまおう。


(ゲートキーパーがいるだろうから、充分に準備して、倒せなさそうなら戻ってきて……)


 考えながら神殿内を移動していると、おろおろとしながら辺りを窺っている侍女の姿が目に付いた。


(あれは確か、ルディナ様の侍女……)


 ――ルディナに何かあったのだろうか。

 そうでなくても、困っている人がいるのは善行チャンスだ。


「どうかしましたか?」

「ああ、聖女様……」


 声をかけると、侍女はうろたえながら言う。


「準聖女様がいらっしゃらないのです」

「まあ……」

「ご実家に戻られているのかもしれませんが……それでも、聖務を欠かしたことは一度もなかったのに……」


 ちくりと刺さる。

 聖務を放棄して悪行値を増やした身としては、耳が痛い。


 もちろん、ルディナの侍女は純粋に主の心配をしているだけだ。

 レティシアは落ち着かせるように、ゆっくりとした声で言った。


「わかりました。私も探してみます。見かけましたら、皆が心配していると伝えますね」

「ありがとうございます、聖女様……」


 ――何故だか、嫌な予感がした。


 レティシアは足早に部屋に戻り、クローゼットの奥に隠してあったメイスを手にして、ダンジョンへ向かう。


 人気のない回廊を選んで移動し、地下へ。

 ダンジョン入口の前には、以前来た時よりも足跡が増えていた。


 ルディナも単独で潜って、スケルトンを粉砕して進んでいるのだろうか。


(レベル的にはもう問題ないけれど……属性的にも、武器的にも、すごく有利だし)


 でも何故か、とても嫌な予感がする。

 以前来た時よりも、闇の力が強くなっている気がする。


(こんなにはっきりと感じられるなんて……きっと、よくない傾向だわ)


 扉を開き、階段を下りていく。


 ――ルディナは本当にここにいるのだろうか。

 いなかったらいなかったで、安心できる。


(とにかく急がないと――……)



【カルマ変動】

・悪行値:300増加(聖務の放棄)

・累計悪行値:2870→3170



(それどころじゃない!)


 祈りは、聖務は、聖女であるレティシアにとって大切なことだ。

 だがいまは、もっと大切なことがある。


 魔法灯がほのかに照らすダンジョンを、レティシアは一歩一歩慎重に進んでいく。

 スケルトンが現れては、『聖なる光』で一掃するのを繰り返して。


 どれだけ歩いただろうか。

 静寂の中に骸骨の不気味な足音を聞きながら、レティシアは思う。


 本当にルディナはこの場所にいるのだろうか。

 いないならいないで、その方がいいのだが。


 迷いを抱きながらも進んでいた刹那、奥からまた微かな足音が聞こえてくる。

 それはいままでとは違った。スケルトンのものではない。その足音は、恐怖に駆られて逃げ惑う人間のものだった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 涙に濡れた声が洞窟に響く。

 レティシアは急いで声のする方へ向かい、そして声の主を見つけて安堵した。


 逃げてくるのはルディナ。その後ろを追っているのはスライムだ。弾力性があり、骨がないモンスター。


 メイスとの相性は最悪だ。

 慈悲の武器は、骨か殻のある相手にしか効かない。


 モンスターは『聖なる光』で消し飛ばせるはずだが、ルディナのレベルが足りないのか、それとも魔力切れなのか。


「ルディナ様!」


 レティシアは大きく声を張り上げて、『聖なる光』を使った。

 眩い光によって、スライムが消し飛ぶ。


「レティシア……様……」


 ルディナはふらふらになりながらも、助けを求めるようにレティシアに手を伸ばす。

 レティシアはその手をしっかりと握って、倒れかけたルディナを支えた。


「ルディナ様、もう大丈夫です」


 落ち着かせるように声をかけるが、ルディナの身体はまだ震えていた。ひどく怯えている。


「――あらあら、ルディナったら。そんなに泣いてしまって。まだまだこれからだというのに」


 包み込むような優しい声が、闇の奥から響く。

 ルディナの身体がびくりと震え、がたがたと震え出した。


 その時、暗闇の奥から何かが現れた。

 黒髪の女性――レティシアは、それが誰なのか一瞬わからなかった。


「ラフィーナ様……?」


 躊躇いがちに呼ぶ。

 そこにいたラフィーナは、レティシアの知る彼女とは違っていた。雰囲気がまったく違う。


(回復して、抜け出してきたの? どうやって)


 ラフィーナは王城で、監視を兼ねた厳重な警備がされていた。簡単には抜け出せないはずだ。

 神殿の地下ダンジョンにいることも奇妙。

 モンスターを操っていることも、妹であるルディナを襲わせていることも。

 雰囲気が変わっていることも。


 ――何もかも、おかしい。


「聖女様、ご機嫌麗しゅう」


 ラフィーナはふわりと優雅なお辞儀をする。

 高位貴族令嬢らしい、品のある、完璧なマナーだった。

 そして、美しい顔で微笑む。


「愚妹の躾の最中ですので、邪魔をしないでいただけますか?」






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