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15 レブロンド伯爵夫妻





 翌日からも魔物について調べたり、街を散策してみたりもしたが、やはり有力な情報は出てこなかった。まったく取っ掛かりさえつかめない。

 ルディナにラフィーナの話を聞こうとしてみたが、会えない。避けられているのではないかと思うほど。


 そして、水の日――治癒会の日がまたやってくる。

 神殿前には朝早くから大勢の人が集まっていた。


(前回よりも多い気がする……評判を聞いて来てくれたのね)



 レティシアは嬉しいような、少し悲しいような気持ちになった。


 彼らが、こんな気まぐれの奇跡に縋らなくてもいいような暮らしができたらいいのに。

 病気にかかっても、病院に足を運べれば。よく効く薬が手に入れば。いや、そもそも、彼らが健康な生活を送り、病気になりにくい環境があれば。


 そのために、自分が何ができるだろう。


 レティシアはそんな気持ちを抱えながら、『聖なる光』を使った。



【カルマ変動】

・善行値:3750獲得(弱者の救済50×75)

・累計悪行値:6620→2870



(やっぱり、すごい!)


 奇跡の力は偉大だ。

 このまま行けば、あと一回治癒会を行えば、善人である。真の光の大聖女である。

 大喜びの病人と家族に向かい、レティシアはゆっくりと声を上げた。


「――皆さん、まずは体力回復に努めてください。それから、元気になったら、街を少しだけ掃除していただけますか? 無理しない程度、ほんの少しだけで構いませんので」


 それだけ伝え、レティシアは神殿の中に戻った。


 善行値稼ぎは絶好調だ。

 あと、問題があるとすれば。


(アルドリック様と約束した魔物調査の方が全然進んでいない件)


 ――そろそろ、なんとかしないと。


 部屋に戻ろうとしたところで、神官に声をかけられる。なんでも、レティシアに客が来ているので応接室に行ってほしいとのことらしい。

 なんとなく嫌な予感がしたが、断る理由もなく、レティシアは応接室に向かった。


 そして、中にいるのが誰かと知った時、そのまま踵を返して部屋を出ていきたくなった。

 そこをぐっと堪えて、中にいる二人に一礼する。


「お久しぶりです……レブロンド伯爵、伯爵夫人」


 ――実の父母に。


「まあ、レティシアったら。何を他人行儀な。レティシアはわたくしたちの大切な娘ですのに」


 夫人が驚いた声を上げ、レティシアを見つめる。

 その表情は娘を愛する母のものだ。

 だが、レティシアの心は冷え切っていた。


(よく言うわよ……)


 レブロンド伯爵家は、貧乏貴族だった。

 歴史ある伯爵家だが、当代伯爵夫妻がとにかく浪費家で、家計は火の車だった。


 レティシアは十歳で裕福な貴族の後妻に嫁がされそうだったので、幸い備わっていた聖女適性を活かして神殿に飛び込み、無事聖女候補となった。


 レティシアは家に帰りたくない一心で修業し、とにかく努力し、『聖なる光』を取得し、聖女に認定された。


 聖女になってからは仕送りもしたし、神殿や王家からは充分な恩給が渡されている。

 今更金の無心ということはないだろうが、いったい何の用だろうか。


 警戒するレティシアの前で、父と母はにこにこと笑っている。

 そして、母が話を始める。


「社交界で噂が流れているのよ。レティシアは聖女に相応しくないのではないかって。いまの準聖女のルディナ様の方が、聖女に相応しいって」


 予想外の話に、困惑する。


(それは……歓迎すべき事態だけど……どうして?)


 貴族の間でいったいどんな話が流れているのだろうか。


「ルディナ様の方が高貴な血筋ですし、社交界での覚えもいいもの。治癒の力も立派で、たくさんの方々が助かっているそうよ」

「…………」


 ――最近、レティシアの方に治癒の聖務が来ないと思ったら。


(……まあ、大神官たちも、勝手なことばかりする生意気な聖女は使いたくないわよね)


 民衆に無償で分け隔てなく治癒を行う聖女だなんて、商売にならないと思っているのだろう。

 善行値は上がっていても、神官たちからの信頼度は下がっているようだ。


「いつでも帰ってきていいんだぞ。ゲールド子爵も待ってくださっている」


 ――ゲールド子爵。

 その名前を聞いて、一瞬で背筋が冷たくなった。

 ゲールド子爵は父の友人――もとい金を借りている相手で、昔からレティシアをとても可愛がってくれていた。


「子爵はね、事業が大成功してとっても裕福な暮らしをなさっているの」

「子爵はお前が聖女となったことを大変お喜びだ。聖女を引退した暁には、是非お前を後妻に迎えたいと言ってくださっている」


 レティシアは冷めた目で両親の姿を見つめた。


(ああ、この人たちは……いまも、私を金稼ぎの道具としてしか見ていない)


 いっそ清々しいほどに、両親のレティシアに対する眼差しは、変わっていない。

 二人にとってレティシアは商品でしかないのだ。


「――さあ、いつまでも立ってないで、座ってゆっくりと話をしよう」

「積もる話もありますからね」


 レティシアは満面の笑みで応えた。


「どうぞ、お帰りください」


 そして一礼し、部屋から出た。



◆◆◆



 数日後、レティシアは王城にいた。今日は戦勝記念パーティで着用するドレスの試着をするためだ。


(あの日のことが、ずっと前の出来事のように感じるわ)


 大きな鏡に映るレティシアの顔は、憂鬱そうなものだった。

 もちろん調査の方がまったく進んでいないためだ。


 その間にも、試着は進んでいく。

 王太子によって特別に用意された純白のドレスは、さすがの出来栄えだった。

 まるで雲のように軽く、滑らかだ。上部は、精巧な刺繍で装飾されていて、スカート部分は大きく広がっている。


(まるで……雪の中に咲く花のよう……一体いくらかかっているのかしら)


 考えるだけで恐ろしい。


 当日使う宝飾品も決まり、レティシアはくたくたになりながら空中庭園に向かった。天馬たちが憩う場所へ。


 緑の溢れる美しい空中庭園では、白い毛並みの天馬たちが穏やかに過ごしていた。


 そのうちの一頭シアが、レティシアを見つけるなりすぐに寄ってきた。

 シアの頭を優しく撫でると、レティシアにも自然と笑顔が浮かぶ。


「シア……あなたにも、いつまで会いに来られるのかしら」


 思わず深いため息が零れる。

 不思議そうに首を傾げる天馬に、そっと触れて優しく撫でる。毛並みの感触を刻みつけるために。


「聖女でなくなれば、私は嫁ぐことになるから、もうあなたには会えなくなるの」


 天馬の美しい瞳がレティシアを見つめ返す。

 また、深いため息が零れた。


「……いっそ、どこかに逃げてしまいたい……」


 その言葉を口にした瞬間、もやもやとした暗い気持ちと――怒りが湧いてくる。


(――やっぱり、あの子爵と結婚だけはありえないわ!)


 父母の都合で人生を決められるなんて、レティシアには到底受け入れられなかった。

 いっそ別の国に逃げてしまおうか。なんといってもレベル99。少々の冒険ぐらい余裕だろう。


 そのとき、シアが何かに気づいたように顔を上げる。

 視線の先を追うと――アルドリックが空中庭園にいた。


「レティシア――……」

「アルドリック様……」


 その表情は強張っていて、どこか暗かった。

 レティシアは血の気が引く思いがした。


 ――いまの話を聞かれてしまったのだろうか。

 逃げたいと言ったことまで。


(――気まずい)


 自分から申し出て調査をさせてもらっているのに、まだ何の成果も出ていないのに。


「――レティシア、いまの話は……」

「お勤めの時間があるので、失礼します!」


 レティシアは逃げ出した。空中庭園から、アルドリックから。







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