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14 聖剣





 聖剣ダイアデム。その名前は王冠を意味する。

 その剣を継ぐ者が、王位を継ぐ。

 魔物を絶つと言われるその剣は、王としての力と正義を持つ者だけが扱えるべき存在だった。


「――魔物は、王太子殿下の聖剣を狙っているのかもしれません。魔王を殺す剣ですもの。魔物たちにとっては、忌むべきもののはずですから」


 レティシアの考えを聞き、アルドリックはゆっくりと眼差しを剣に落とす。その表情には苦悩と葛藤が滲んでいた。


「この聖剣には、魔物に対しての特攻効果がある。だからこそ魔物を引き寄せる。父王はそれが鬱陶しくて早々に俺に聖剣を譲ったくらいだ」

「そんなことが……」


 王らしいと言うべきか。

 アルドリックは苦笑いを浮かべ、聖剣を見つめる。


 その表情の暗さに、聖剣は彼にとって重責になっているのかもしれないと思った。

 だが、彼には背負える強さがあるはずだ。


(そんな、まさか……アルドリック様は強い方だもの……)


 そのときレティシアは、アルドリックがエリウッドを押さえ込んでいた時の辛そうな表情を思い出した。

 そして、気づいた。

 彼も一人の人間なのだと。

 王太子である前に、ひとりの――……


「私が殿下をお守りします」


 レティシアは誓う。

 聖女レベルマックスな自分なら守り切れるはずだと信じて。


「あなたのそばで、お守りします」


 アルドリックは微笑みながら頭を横に振った。


「気持ちは嬉しいが、君は聖女だ。俺のことよりも、自分のことを気にしてほしい」


 アルドリックの言葉は、聖女としての自覚を促すものだった。

 それはわかっている。だが。


(あなたに何かあれば、私も大変なことになるんです)


 アルドリックに何かあったら、自身も絶望的な状況に陥るだろう。

 処刑される可能性は依然高く、それ以前に、アルドリックが死んだという現実を想像するだけで、胸が締めつけられる。


「……私が、聖女でなければよかったのに……」


 そうすれば近くで守れたのに。

 思わず零れた言葉を聞いたアルドリックの驚いた顔を見て、レティシアははっと息を呑んだ。


「申し訳ありません。失言でした。お許しください」


 レティシアはすぐに謝罪し、頭を深く下げた。


 ――なんてことを口にしてしまったのだろう。


 もし聖女でなければ、レティシアはただの伯爵令嬢なのに。しかも貧乏伯爵家の。

 本来ならば、こんな風に彼と話すことすらできないのに。


 それに聖女でなければ、聖なる力もない。無力な状態で魔物からアルドリックを守ることなんてできない。


 しかし、その事実を改めて認識すると、心の奥底で新たな思いが芽生えた。

 聖女だからこそできることがある。


(私は、この力でアルドリック様を守る……)


 レティシアは深く息を吸い込む。

 落ち着いた声で、アルドリックに向けて言葉を紡ぎ出した。


「王太子殿下、あなたの背負っているものの重さは、私には想像もできません。でも、私も、あなたを支えたいのです」


 代わりに背負うことはできなくても、支えることはできる。

 国を継ぐ王太子と、神に仕える聖女。どちらも責任重大な立場だからからこそ、共感できる思いもあるはずだ。

 近くの場所に立ち、支えられるはずだと――レティシアは思った。


 ――せめて聖女を引退するまでは。アルドリックを支えたい。


「何でも言ってください。私はいつでも、あなたの味方ですから」

「レティシア……」


 その後に訪れた沈黙は、重苦しいものではなかった。

 アルドリックは何か言いたげで、レティシアは彼が言えるまで待つ。言葉を待つ。


「……名前で呼んでほしい」

「名前、ですか?」


 思いがけない要望に、レティシアは目を瞬かせた。

 いままでは王太子殿下と呼んでいる。


「ふたりきりの時だけでいい。君の前では、ひとりの人間でいたいんだ」


 王太子としてではなく、一人の人間として。

 その切実さに、レティシアの心が揺さぶられた。


「はい、アルドリック様」


 少し緊張しながら、名前を呼ぶ。聖女ではなく、一人の人間として。アルドリックの心を少しでも軽くすることを願いながら。

 彼の少し照れたような、嬉しそうな顔を見たとき、不安はすべて吹き飛んだ。



◆◆◆



 神殿の自室に戻ったレティシアは、途方に暮れながら窓から外の風景を眺めた。


(エリウッド様とラフィーナ様の行動は魔物の仕業であると証明するとは言ったものの、いったいどうすれば……)


 勢いで聖剣にまで誓ってしまったのだから、もう後戻りはできない。


(ちゃんと考え直してみましょう)


 まず、事実として、ラフィーナが魔人化していたということ。

 つまりはラフィーナが闇の力に呑まれてしまったということ。

 これだけは確固たる事実だ。


 では、いつどこで、そしてどうして闇に呑まれてしまったのか。


(私の場合、きっかけは処刑されたこと)


 この世のすべてに絶望し、死にたくないと願い、復讐したいと願い、魔人化した。


(私は魔人化してすぐに国を亡ぼすまで行ってしまったけれど、ラフィーナ様はそうではなかったみたいね。魔人化した後の力は、本人の資質によるのかしら)


 レティシアは聖女に選ばれるくらいには、力がある。


(ラフィーナ様のことをもっと知りたいわ……一番知っているであろうエリウッド様は眠ってしまっていらっしゃるし、妹であるルディナ様は……話してくれるかしら。とりあえず、もっと仲良くなってみましょう)


 一緒にダンジョン探索をし、一緒に戦ったことで、少しくらいは仲良くなれているはずだ。


(それにしても、魔物って厄介ね。ロイドの中にいた魔物にも、殺しに来なさいと言ったのに全然来ないし)


 魔物というのは、こちらの思惑通りにはまったく動かない。


(あっ、そろそろ祈りの時間ね)


 レティシアは日課の祈りをこなすため、神殿の礼拝堂に向かう。

 そこには熱心に祈りを捧げている準聖女のルディナがいた。


 祈りが終わるのを待って、声をかける。


「おはようございます、ルディナ様」

「おはようございます……」


 顔にも声にも元気がない。

 きっと、エリウッドが心配なのだろう。

 王城で回復術士が付きっきりで看病しているので、死に至る事態には至らないだろうが。

 何か気晴らしになることはないだろうかと考えて、レティシアは一つアイデアを思い付いた。


「――ルディナ様、私が始めた治癒会をご存じですか?」

「ええ、それはもちろん……」

「ルディナ様もやってみませんか?」


 ルディナは驚いたように目を丸くする。


「わたくしがですか?」

「いい経験になりますし、ルディナ様の名声も上がります。もしうまくいかないときは、私がサポートします」


 きっとレベルも上がるだろう。

 それに、経験値だけではなく、きっといい経験になるはずだ。自分の力で、病に苦しむ人々を助けられると知ったら、聖女の自覚も高まるだろう。


 そして、民の信頼を得られれば、ルディナこそ聖女に――という動きも出てくるかもしれない。

 レティシアも目的でもある聖女引退までスムーズに進むかもしれない。

 そんな期待も胸に秘めていた。


(私は別のことでまた善行値を集めればいいもの)


 ルディナは少し考え込む。


「治癒会って、民衆の病を癒すのですよね」

「はい、そのとおりです」

「――お断りします」


 冷たい声での返答に、レティシアは言葉を失った。


「どうしてわたくしが、民のために時間と力を使わなくてはならないのですか?」


 答えられないレティシアに背を向けて、ルディナは礼拝堂から去っていく。

 そのまっすぐな背中を見つめながら、レティシアは小さくため息をついた。


(……時期尚早だったかしら)


 礼拝堂でひとり祈りを捧げながら、レティシアは反省した。


(治癒会で感謝されながらレベルが上がるなんて、聖女としてはこれ以上ない機会だと思うのだけれど……人の価値基準はそれぞれよね)





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