13 誓い
【カルマ変動】
・善行値:50獲得(人助け)
・累計悪行値:6670→6620
(人助け……アルドリック様を庇ったからかしら。あんまり役には立てなかったけれど……行動を起こしたことが評価されたのかしら)
レティシアはアルドリックの執務室に入りながら、カルマの変動について考えていた。
(もっとちゃんと考えたいけれど、いまはこちらね)
執務室は落ち着いた色調の家具で満たされ、厚みのある絨毯が足元を包んでいた。
そこにいるのは、アルドリックとレティシアだけだ。
人払いが行われていて、外には厳重に警護する兵士たちの存在を感じることができた。
レティシアは勧められた椅子に座り、アルドリックはその横に立つ。
「大変なことになりましたね……」
「ああ……」
同じ会話を繰り返す。
あの後、深い眠りに落ちたエリウッドとラフィーナはそのまま目覚めることはなく、城で治療されることとなった。
ルディナはひとまず神殿に戻らされ、レティシアはアルドリックと共に王太子の執務室にいた。
アルドリックに二人だけで話がしたいと言われたからだ。
「――それで、レティシア。君はどうしてあの場所にいたんだ?」
言うべきか一瞬迷ったが、レティシアは深呼吸をしてから言葉を紡ぎ始めた。
「神殿地下に洞窟がありまして……それがダンジョン化していて、スケルトンとかの弱いモンスターが出てくるんです。そこで、聖女修行の一環として、ルディナ様と洞窟を探索していました」
「あのメイスは……そういう……」
「はい。あれでスケルトンを砕いていました」
「…………」
何とも言えない顔する。
レティシアは構わず話を続けた。
「探索中、奇妙な通路を見つけて進むと、王城内のあの場所に繋がりました。おそらく、大昔に作られ、そして忘れ去られていた隠し通路なのだと思います」
「神殿と地下通路で繋がっているのか……そこがダンジョン化していたなんて……」
アルドリックの声は驚きに満ちていた。
そして何か考え込み始めたが、今度はレティシアが問う番だ。
聞きたかったことを言葉にする。
「王太子殿下は……その、暗殺されかけていたんですか?」
アルドリックは少し苦笑いをした。
「ああ、実は少し前から、食事に何度か毒が盛られていたんだ。エリウッドの仕業かどうかは、まだ確証がないけれど」
「大変なことじゃないですか……! あなたにもしものことがあったら、私……」
――また処刑されるかもしれない。
もちろんそんなことは言えないので押し黙る。
執務室に重い沈黙が流れる。
それを破ったのは、アルドリックの苦笑だった。
「――最近の君は、少し変わったな」
レティシアは困惑した。
昔のことを引き合いに出されるほど、交流はなかったはずだ。
「もちろん、悪い意味じゃない。前線に来てくれたことといい、治癒会といい……俺も騎士団も、民も助かっている。素晴らしいことだと思う。だが、俺には君が生き急いでいるように感じてならない」
「…………」
「何が君を変えたんだろうか」
――レティシアとアルドリックの関わりは少ない。
儀式で顔を合わせる他は、天馬の世話をしに行くときに偶然、空中庭園で会う程度だ。
それなのにレティシアの変化に気づくなんて。
(よっぽど大きく変わってしまっているのね)
――もちろん、自覚はある。
処刑され、魔人化し、そして国を滅ぼし――いま時間を遡ることができて、運命を変えようとしているのだから、人が変わっていて当然だ。
「……聖女の自覚を持ったのです」
答えられる範囲で、本当の気持ちを答える。
カルマとか、善行値だとか悪行値だとか、レティシアの経験してきたことは絶対に言えないが。
「多くの人を幸せにしたい。それがいまの私の行動原理です」
――嘘は言わない。
それがレティシアにできる精いっぱいの誠意だった。
アルドリックはレティシアを見つめていた。
その瞳と口元には、複雑な感情が浮かんでいる。
レティシアは思わず目を逸らす。
「――エリウッド様とラフィーナ様は、いったいどうなられたのでしょうか。眠っていることもですが……殿下を害しようだなんて」
無理やり話題を変える。こちらも重要な話だ。
アルドリックは重いため息をついた。
「俺が死ねば、エリウッドが王になる。そうすれば恋人と結婚できると考えたのかもしれないな」
「もし本当にそうだとしたら、あまりにも……ですが、ラフィーナ様の中には、深く魔物が巣食っていました。エリウッド様は、ラフィーナ様の中の魔物にそそのかされたのかもしれません」
「――だとしても、許されることじゃない。もう、俺の胸の中だけに留めて置ける話ではない」
部屋に重苦しい沈黙が満ちる。
「何もかも、二人が目覚めてからだが……」
「…………」
アルドリックの決意は固い。
レティシアは顔を上げ、胸を張って、アルドリックをまっすぐに見つめる。
「――わかりました。私が、何とかします」
レティシアは力強く頷き、顔を引き締めた。
そして、アルドリックへ宣言する。
「エリウッド様とラフィーナ様が事を起こしたのは、魔物の仕業です。そのことを証明し、魔物も倒します。もう二度と間違いは起こさせません」
「どうして君がそんなに――……」
自分でもそう思う。
前回、二人は処刑されるレティシアを見て笑っていた。
肩を寄せ合って、笑って見ていた。
――それでも。
(前回の恨みは、前回ですべて晴らしたもの)
今回はまだ、ひどいことはされてない。
それに、本質を見失ってはならない。
レティシアの絶望の運命の始まりは、アルドリックが殺されたことからだ。
殺そうとしたのは、魔物に憑かれていたロイドだった。
――魔物。
何もかも、この国に巣食っている魔物の仕業だったとしたら。
「魔物に振り回されるのは、いいようにされるのは――とても、とっても、腹が立つんです!」
レティシアの声が響き渡る。
これ以上、魔物に翻弄されてたまるものか。怒りと拒否感がレティシアの心を焼いていた。
「……わかった。君がそこまで言うのなら、考えよう」
アルドリックのその言葉に、レティシアはほっとした。
「だが、約束してくれ。危険なことはしないと」
「はい」
元気よく頷く。
(私基準で危険なことはしません)
アルドリックは疑わしそうな顔をしていたが、それ以上の追及はなかった。
「君に何かあったら、俺は、一生自分を許せない」
「では、その聖剣に誓います。絶対に、危険なことはしませんと」
レティシアはアルドリックの剣帯にある聖剣を見つめ、微笑んだ。




