12 暗殺未遂
(アルドリック様――?)
レティシアはいよいよ訳が分からなくなる。
どうしてこんな人気のない場所に、王太子と、第二王子とその恋人――そして物陰に隠れている聖女と準聖女が揃っているのか。
――いったいこの場で何が起ころうとしているのか。
レティシアは固唾を吞んで成り行きを見守る。
いつでも飛び出せるように準備しながら。
「兄上――死んでください!」
突如、エリウッドが短剣を抜いてアルドリックに襲いかかる。
エリウッドの決死の覚悟の攻撃を、アルドリックは容易に躱す。そのままエリウッドの短剣を握る手を手繰り寄せて、引っ張る。
力の行き場を失い、エリウッドの足がもつれる。浮ついた足にアルドリックの蹴りが入り、エリウッドはあっけなく地面に転がった。
アルドリックが短剣を蹴り飛ばし、倒れたエリウッドの上に乗り、背中を押さえる。
(鮮やか……)
陰から見守るレティシアは、感心するばかりだった。
流石、荒事に慣れている。剣を抜きさえしなかった。
「どういうつもりだ」
アルドリックが低い声で問う。
眉間には深い皺が刻まれ、口元には不機嫌そうな表情が浮かんでいた。
「最近やたら毒を盛られると思ったら……刺客もお前の仕業か? まあ、それはどうでもいい」
(さらりと流すことではないです!)
アルドリックが淡々と語った暗殺未遂の数々は、どれも大問題だ。それなのに、アルドリックはただの日常の一部のように話し、そして流す。
「俺を殺して、何を得たい? お前は、俺が得られないものを持っているのに……」
「うっ……」
エリウッドが苦しそうに呻く。
しかし、レティシアの視線はエリウッドではなく、彼を押さえつけるアルドリックに引きつけられた。
アルドリックの表情は、エリウッド以上に苦しそうだった。
(どうしてそんなに辛そうなんですか……?)
レティシアの知らない表情だった。
アルドリックは王太子として、何もかもを持っているはずだ。聖剣に認められ、民からは愛され、強い力を持ち、国の期待を一身に背負って――……
(――背負わされているものが、重いのかも)
その重みが彼を苦しめているのかもしれない。
期待を一身に背負わされる人間は、どうやって前に進んでいるのだろう。
どうやって、その重みと向き合い、生きていくのか。
(私が、少しでも――)
その次の瞬間、いままで怯えて身体を小さくしていたラフィーナが、短剣を拾ってアルドリックに襲いかかる。
レティシアは弾かれたように飛び出し、ラフィーナとアルドリックの間に割り込んだ。
「レティシア?! どうしてここに――」
「説明は後です!」
レティシアはアルドリックを守るように立ち、メイスでラフィーナを牽制する。
「ラフィーナ様、あなたたちのしていることは、絶対に許されないことです!」
レティシアは叫んだが、まったく聞こえている様子がない。
ラフィーナの眼球は赤く染まり、その表情も、まるで手負いの獣のようだった。
(ラフィーナ様はこんなお顔だったかしら)
普段はもっと美しく、その瞳は常に知性に溢れていたが、いまは理性の煌めきすら見えない。
そして、彼女の中から感じられる闇は、レティシアのよく知るものだった。
(中に魔物がいる――)
レティシアは確信と共に『聖なる光』を放つ。
光は、ラフィーナの中に巣食う魔物を消し飛ばそうとした。
ラフィーナは怯えるように腕で顔を覆い、レティシアはその隙にメイスで短剣を叩き落とす。
短剣が落ちるのも気に留めず、ラフィーナはそのまま光から逃れようとするように、よろよろとうずくまった。
ラフィーナの中の魔物は確実に弱っている。
だが、彼女の中から消え去る気配はない。
魔物は魂の奥深くにまで巣食い、ラフィーナの身体を侵食している。
レティシアには、この状態に心当たりがあった。
(魔人化――)
かつてレティシアが経験した、闇の力に取り込まれ切った状態。
その異形の姿は、鏡に映った自身の過去のようだった。
「ラ、ラフィーナ……その姿は……」
苦しみ悶え、唸り続けるラフィーナ。
彼女を見るエリウッドの目は、怯えを隠せないものだった。
次の瞬間、ラフィーナはエリウッドに襲い掛かろうとした。
そこに、メイスを手にしたルディナが飛び出す。
「エリウッド様は傷つけさせない!」
その姿は、かつての準聖女とは比べ物にならないほど、気高く美しく、力強いものだった。
ルディナは叫び声を上げながら、ラフィーナにメイスを振り下ろす。
打たれたラフィーナは地面に倒れ、昏倒した。
「悔い改めて」
倒れたラフィーナにメイスを突き付けながら、ルディナは冷徹な声で言う。
「そこにいるのは、まさか、ルディナ……?」
「エリウッド様……ご無事で、よかった」
ルディナは喜びの涙を流しながらエリウッドに抱き着き、エリウッドもルディナを抱きしめ返した。
その光景はとても美しく、愛情溢れる光景だったが。
(めでたしめでたし――と言ってる場合じゃなくて)
大変なのはむしろこれからだ。
王太子暗殺未遂の現行犯であるエリウッドとラフィーナには、確認しなければならないことが山ほどある。
レティシアはアルドリックと顔を見合わせる。
互いに苦笑いを浮かべ、互いにこれからの混沌を予感していた。
「とんでもないことになりましたね」
「ああ……」
少し安堵したような柔らかな表情を見て、レティシアはひそかにほっとした。
レティシアのよく知る、彼らしい表情だったから。
「エリウッド様……?」
ルディナが、不安げにエリウッドの名前を呼ぶ。
嫌な予感がしてそちらを見ると、エリウッドはルディナの腕の中ですやすやと眠っていた。
「疲れていらっしゃったのね……」
ルディナはどこか嬉しそうに笑い、エリウッドの身体を優しく抱きしめていた。
――その後、エリウッドは死んだように眠ったままになり、ラフィーナも昏倒したまま、二人とも目を覚ますことはなかった。




