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樹海にて〈4〉

 外はすっかり暮れなずんで肌寒い。


 私は(うろ)の中、スマホ片手に携帯用の毛布にくるまる。



 覚束(おぼつか)ないこの不安感。おもむろにわいて来たこの(いぶか)り。



 ───このアプリってどこの運営なのよ?


 えっと‥‥‥『PURE VENOM』‥‥ピュアベノム? 


 初めて聞いた運営会社だわ。



 ‥‥‥うわ~! なあに? これはBad Senseだって。 文字のバックにウェーブ模様が浮かび上がって来た。読みにくいってば。しかもグニョグニョ渦を巻いて動くから余計に。変なとこにこだわりを見せて作ってあるのね。


 やだこれ。目が‥‥かすんじゃう。文字を読むのに邪魔過ぎる。ずっと見つめていると酔ってしまいそう‥‥‥って、目を反らしたら読めないし。


 えっと‥‥代表者は、Malice Calls‥‥マリス? 外国人? でも、このスペルって‥‥‥maliceって悪意、敵意とか、恨みって‥‥意味‥‥‥だっ‥‥たよね? ‥‥‥それが‥‥‥コール‥‥って‥‥‥‥‥




 ***




「‥‥‥さむっ‥‥‥あれっ? 私‥‥‥いつの間に‥‥」



 寝落ちしてたらしい。


 

 気がついたら真夜中になっていた。私、6時間も寝てたの!?


 外を警戒して確認すれば、木々の隙間に美しい星たちが瞬いてる。



 穴に戻って、火種だけになってた焚き火に小枝を追加する。



 ‥‥‥私、何してたんだっけ? そう、あのアプリのこと調べてたんだってば。


 横に転がってたスマホを拾う。



 ‥‥‥あれ? どこに行っちゃったの? あのアプリ。


 非表示にしたんだっけ?


 でもアプリライブラリにも入ってない。設定から探しても見つからない。どこに行っちゃったの? 消えた? 私、アンインストールしてないけど?



 全くの謎だよ? 勝手に消えちゃうなんてこと、あるの???


 私が寝落ちしている間に誰かが来たとか? 仮に誰か来たとしても、アプリ一個だけ消して、そのまま去ってくなんてあり得ない。


 まさか、無意識に自分で? 



 ううん、私そこまでボケてないし‥‥‥



 なんだか頭がモヤモヤする。



 待って!!


 まさか今までのは全て、自分で自分を慰めるための妄想だったとか‥‥?


 そうよ。今の自分の精神状態は普通じゃない自覚はある。ゆえに私の願望が見せた夢だったってことも? 追いつめられてるし。



 ───あ!!



 そういえば、確か私は────




 ****



 

 私が思い詰めて樹海をさ迷ったあの日から、もう3ヶ月経った。


 外は、初夏を思わせる眩しい日差し。新緑も美しい季節へと変わってる。



 そして、私を取り巻く状況も以前とはすっかり変わってる。



 ───深き森の中で過ごした、謎と陰鬱に包まれし二夜。

 


 私はあれから、夜明けと共に樹海を脱出した。



 To do(やること)リストが出来たから。



 昼前に自分のアパートに戻ると、テーブルに残してた遺書を、ひとまず引き出しへしまう。熱いシャワーで全身の汚れを落とし、ゆっくりと湯船に浸かった。


 その日は月曜日だった。オフィスには、朝の内に病欠の連絡を入れておいた。

 

 今の社会においての『規定違反』と認定される行為をすれば、それは私に不利益をもたらすからね。そういうの、弱者になればなるほど、与えられる制裁は大きくなるし。


 だから隙は見せない。これ以上、敢えて私をみじめにさせはしないわよ?



 *



 私は、あのアプリが無くなってるのに気づいて、あの一連の出来事は、私の願望が見せた幻覚だったんじゃないかって疑った。



 でも違った。私は正気だった。



 スマホの発信履歴にはちゃんと親戚のおじさんちが残っていたし、一番の確信は、残ってた2枚のスクショ。


 あれは夢でも幻覚でもなかった。


 手がかりを求めて、私を裏切ったあの男のSNSを探ったら、今、本当にタワマンに住んでいる事を確認して震撼した。



 ───まさか、これも偶然の一致‥‥‥?



 これは、私があのまま樹海で自死した場合の、ほんとに訪れる未来のワンシーンだったの?



 こうなったら残された手がかりを出来る限り調べないわけにはいかなかった。



 *

 


 私は風呂から上がると早速あの2枚のスクショをパソコンにコピーし、拡大補正して、隅々まで調べた。


 そして、その細部にまでこだわった余りに完璧に出来過ぎたコラに、畏怖を覚えた。


 

 ───あの元カレの部屋の写真。

 

 斜めって写り込んでるテレビ画面の夜のニュースのテロップには、『長期金利が上昇へ』って出てることがわかった。


 待ってよ。まだ日銀の長期金利変動上限引き上げは噂段階よね? それって先を推測して写真に入れたの?

 

 思いっきり拡大して目を凝らさないとわかんない細部に至るまでのこだわり。無料のお遊び写真なのに?



 ───上司と同僚のオフィスでの写真。


 オフィスの机や物の配置だってまんまだったし、写ってる人だって指に絆創膏貼ってたり、臨場感あり過ぎで。


 コラにありがちな、アングルにおける物の角度や大きさ、配置に影まで、不自然な箇所なんて一つもない。



 こんな細部までこだわって作られたコラ写真個別配布ってあり得る???



 私は専門家ではないけれど、これって本物みたいに思えて来た。




 ならばここで一発、賭けてみようか?


 

 だって私は、『無敵の人』。


 命だって惜しくない捨て身の私に敵う人なんて、この世にいるの?



 だからって、人に攻撃するわけない。私は親を反面教師にした常識人だから。


 人としてするべきではない行為は誰よりも知ってる。その痛みも。



 私は自滅を一時中止(サスペンド)することにした。


 どうせなら可能性にかけて、それからだって遅くはない。



 あの未来の写真とは、違う未来を手に入れられるかもって。もしかしてのチャンスを手に入れた可能性を発見したから。




 あのパワハラ上司のスマホの画面のあの数字は、数字選択式のロトの当選番号だった。


 画像処理して見えたスマホに出てた数字は、来週の当選結果のものだった。そう、これから当選する数字。


 3週キャリーオーバー出てた。あの人、狙って、なのに数字一個も掠りもしなくて口を尖らせてたのよ。仕事中だってのにね。



 私はあの未来写真を信じて、ロトに賭ける。



 私は、マークシートに、知り得た番号たちを塗りつぶす。5口でいいかな。他の人も当てたら分け前減っちゃうし。せっかくだから違う組み合わせもいくつか入れておこう。


 これを、あの抽選結果日に合うよう事前に買えばいい。



 ───ハズレて元々よ? ダメだったらまた樹海へ向かう‥‥‥かな?




 ***




 そしてロト当選発表の翌日。


 出勤した私は、オフィスの入口からまっすぐパワハラ上司の机の前にツカツカと進み、退職届を上司の机の上にバシッと突きつけて、退出した。


 めっちゃスッキリ!! 気分爽快! \(^o^)/




 ───私は賭けて億り人になった。



 

 私は、にわかの資本家(あっち)側の人間になったのよ。


 大金を得たからって、物欲にも名誉獲得にも走らないわよ。取り敢えずはセキュリティの良い物件に引っ越すだけでよし!



 資本さえあれば、後は才覚。


 

 仕事も辞めちゃったし、恋人もいない私には、時間がたっぷりあるの。一日中パソコンでチャートとにらめっこしててオッケー。


 取り敢えず、取り急ぎ口座開設して『米ドル/円』でFXに挑戦してみた。元カレんちのテレビ画像から、円の長期金利上昇なら一瞬円高に振れるのはわかってたし。


 ロトの当選番号が本物だったのなら、あのニューステロップだって本物よ。その日付も部屋の壁の電波時計から知れてる。これも利用しない訳にはいかなかった。


 実践しながら勉強してる。地道に。これはあぶく銭だけど、溶かす気は全く無いから。


 バーチャルな資産だけでは不安ね。時期を見て手堅く(きん)と、良さげな駅近マンション買って、不動産投資もしておこうっと。



 人生逆転。



 これは、私に不幸をもたらした人たちが、私に贖罪した‥‥ということでよろしいかと。



 ───それにしても私の運命を変えたあの謎のアプリ。



 今では、Malice Call 様には感謝しかないけれど‥‥‥


 探るのはやめておくわ。あの様子では、謎にしておくのがあなた様の方針みたいだし。気づいたの。私、あの時はぐっすり眠らせて貰いましたねwww



 あなたは、私の崇める神様。まさか、恨みが呼び寄せる神様がいるなんて。


 ご安心下さい。ご神託の未来写真スクショは、あなた様の意思を忖度した結果、惜しいかな、でも消去いたしました。



 ほら見て! 私、もう奴隷じゃない。



 ───このおまけの人生。



 神様。今もどこかで私を見ていてくださいますか?




 生きているのが苦痛だった。こんな一部の人だけのためにあるような世界は。



 生まれた時から有無を言わさず与えられるこの不公平な世界。



 一部の人間たちが作り上げたこの理不尽な世界を弱者が這い上がる必須要素は、上には絶対なる従順と盲目なる努力。そして時に非情。同列にはマウント取って蹴落としながら。



 ねぇ? どうして物が、情報が、こんなにも溢れたこの世界で、こんなにも自死を選ぶ人がいると思うの? 


 この息苦しさを抜け出すには、私だけの力では無理だったわ。


 

 私、これからはやりたいことやって、世界中を見て回って、この命が尽きるその日まで、生きていく。



 ───この世界の行方を、傍観しながら。


 



 

 

                             The End



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