樹海にて〈3〉
木の虚に戻って一休みしてた。
普段通りにフォロー巡回して、動画見たり、あとは歌とか聞いてたら、いつの間にかうつらうつらしてたけど、森のざわめきで目が覚めた。
───風が。
揺れる木々の葉擦れの音が、ざわざわ怖いほど大きい。
ポツポツ雨も降り出して来た。天気予報と違くない?
外も暮れなずんで、私を更に不安な気持ちにさせる。この穴のお陰で風雨をしのげているのはラッキーだったけれど。
前にここにいた人もこんな気持ちだったのかな?
木の穴の中で一人きり。さみしい‥‥
夕べ星空を眺めて感じた大宇宙の神秘的なスピリチュアルは、今、この星の表面で起こり得る、大自然の暴力的なパワーへの畏怖へと変わって来た。
建物の中でやり過ごす感触とは、これは余りに違っていて。
いくら人の叡知が輝かしくとも、絶大な権力や富を得ようとも、このたったひとつの星が持つパワーの前ではひれ伏すしかないんだって、これだけでもわかる。
人ってさ、それでもここまで地球上で繁栄して増えてんだから、相当にしぶとくてしたたかなのね‥‥‥
だけどその中はピンキリで、私みたいな不運な弱者は静かに消えてゆくんだ‥‥‥
あーあ、ハァ‥‥‥ ( ´Д`) タメ息‥‥‥
───あ、そろそろあの時間だね‥‥‥
楽しみにしてたくせに、いざとなったらなんだか開くのが怖い。
3枚の写真によって未来を知れる、というふれ込みのこのアプリ。
バカだね。どこか本気になってるなんて。こんなの、ただの写真合成の遊びだよね。
さて、どうなってるのかな? 3枚の写真、見てみようっと。
私のリクエストその1。職場のパワハラ女性上司と意地悪同僚たちが、私の死を知った反応は?
あれま。やっぱ悲しんでるわけないよね。
私のすぐ上の女性チーフは私を敵視してた。たぶんだけど、女子の間で人気だった他部署のある男性社員が、私に好意を持ってるって噂が流れた頃から。
私だけに連絡事項を伝えなかったり、会議を外されたり。共有すべき情報を知らずに犯した私のミスを叱責した。
あのチーフ、自分や他の人のミスまで、事あるごとに私の落ち度だと決めつけ、私を追い込んだ罪悪感も無さそう。
問題が起これば全部私のせいにして職場を平穏に保っていたのよ。そして同僚はターゲットにされた私に同情の仮面を向けつつ、だけどみんなそれで良しとしていた。
誰だって自分に火の粉がかかるのは嫌だもんね。立場は守りたい。生活かかってるわけだし。
私はそこではサクリファイスだった。
パワハラ上司は、コバンザメの手下二人に命じて、私のロッカーと机の荷物を段ボールの空き箱に片づけさせてる。
社員2名を監督しつつ、あなたのその視線は、ケータイチェック?
何見てるの? ‥‥んっと? 小さいしナナメって見にくいわね‥‥‥
拡大して、画面明るさMAXにして目を凝らしてみたけど‥‥数字が並んでるっぽいってことしかわからない。
はっきりはわかんないけど、画面ガン見しながら落胆してるような、口を尖らせてるような感じ?
何の数字かわからないけど、きっと良くないお知らせでも見てしまったのかな? その様子では。
イラついたその横顔。醜いわ~、ウケるwww
記念にスクショしておこうっと。カシャッ‥‥
「クスッ‥‥‥」
私の不幸はあなたの幸せだった。ならば、逆もしかりよ? あなたの不幸は私の幸せ。
リクエストその2。私を裏切った憎き男。
私の死を知ったら動揺くらいしてよね。私をいいようにヤりたい放題搾取してポイしたサイテー野郎。
さてさて、彼の写真拝見。
久しぶり~。新婚生活はいかがですかぁ~。私が死んだの知ってどう思う?
半分はあんたのせいだって、罪悪感くらい持って下さい。
ここはあんたの新居かしら? 以前は駅から遠くて狭いワンルームだったのに、ご結婚されてずいぶんとリッチになったのね。薄暗い部屋で光る大画面のテレビ。素敵な家具に調度品。だけど───
高級そうなテーブルの上は、積み重なったプラ弁当箱とカップラーメンのカラ。転がるペットボトル。汚れた食器。
破れたカーテンの隙間からは、素敵な夜の夜景チラリ。タワマンの上階の一室みたいなのに、部屋はGが闊歩してそうな荒れようね。カーテン引きちぎるような夫婦喧嘩でもしてんの?
あれー??? その手に持ったスマホ画面、人? 拡大してみたら‥‥‥
やだぁ~、私の写真見てるの? そんな哀愁漂わせた横顔して。
どう? 私ってスタイルおっけー加工要らずの美人だよねぇ。好きな人には一途だし。でも、あんたは薦められて専務のお嬢様と結婚したのよね。楽に出世したくて。
ふふっ、奥様に粗末に扱われても、浮気されても自分から離婚も言い出せはしないよねぇ‥‥‥
会社辞めれば別だけど。今更その社会的地位まで無くしたくないよね。そしたら、あんたには何も残らないもん。
私の手料理と体が恋しくて、昔の写真見てんの?
失ってから私の良さに気がついたってか??? ふふっ、ざまぁ。
もう、遅いよね。私は死んだ設定だもの。
生きてたってあんたみたいな不誠実な男はこっちから願い下げだって。こっちはあんたに関わるものはとっくに全て消去したってばwww
でも、これは楽しい写真だから記念にスクショしておこうっと。カシャッ‥‥‥
───あ~、なーんて楽しいアプリなのかしら? 私の最後のお願いを叶えてくれるなんて。こういうの見たかったの。
嘘で、作りごとでいいから。夢を見させて。気分良くさせてよ。
リクエストその3。最後は私の両親。
7年ぶりね。私の死を知った反応は───?
「‥‥‥‥何これ? これだけ真っ黒じゃん‥‥‥」
どういうこと? なんかのバグかしら?
ちょい調べてみよう‥‥‥
このアプリのヘルプをタップ。よくある質問コーナーを探す。
《あなたの指定した未来が存在しない場合は表示出来ません。黒一色に表示されます》
へぇー。じゃ、あの人たちに私の死が知らされる未来は来ないって設定ね?
ならば、もうそういう連絡すら届かないくらいに縁が切れたか、もしくは両親の方が先に亡くなってるってことでいいのかしら?
‥‥‥この世から消えてるかもだなんて、気になるじゃない。
そんな可能性、今まで考えてもみなかった。
どうせ暇だし調べてみようかな───
さっきまでの風雨もあっという間に過ぎ去ってる。きっと夕立みたいなものだったのね。お天気予報という未来予知もそこまで正確じゃないよね。
人工衛星から地球を見下ろして、地上には何ヵ所も観測地点があって、世界中にインターネットが張り巡らされているというのに。
地震だって火山の噴火だって、未だに予知なんて出来てはいない。
未来なんて、そうそう予知出来るものじゃない。
***
実家の家電はもう繋がらなかった。親のケータイ番号なんて知らないし。
税務署を装って親戚に電話して、我が実家の税務申告の不備をでっち上げ、うちの親の名前を出してみた。私には弟がいるけれど、連絡先は不明だし。
「ぜ、税務署さん‥‥ですか! すんません。兄夫婦が亡くなって、その実子の息子が全て相続して管理しているはずですので、こっちに言われても何もわからんし困るのですわ‥‥‥」
げっ! 親、本当に死んでた‥‥‥
気味悪いわ‥‥‥お遊びのつもりだったのに。これはただの偶然?
まさかまさかだけど‥‥‥この3枚の写真は、本物の未来の事実だったりする?!
確証は、なにもないけど‥‥‥
このままじゃ、めっちゃ気になる。
私はアプリストアを検索してみたけれど、この『V♡』っていう、占いアプリはどこにも無かった。
検索してみれば似たような名称やアイコンはあれど、中身は違うものだったし、これと同じものは出てこない。
───どういうこと???
あれは本当に、『選ばれし特別なあなた』だけに限定表示された広告だったの?
次回、最終話────