樹海にて〈1〉
私は今、人生に絶望して樹海をさ迷っている。
この森の中を一歩進む毎に増す、ひんやりとした空気。
林道から逸れ、道無き森の深部に踏み込むと、辺りは更に薄暗くなった。本当は、今日は小春日和の良いお天気なのだけれど。
きっとここは一般社会とは、別の領域だからなのね。
───生きているのが苦痛なの。あんな一部の人だけのためにあるような世界では。
私にとっては、この世にいるのが罰、みたいな俗界。
ほとほと嫌気が差した。
どこに行っても周りはマウント取りの敵だらけだった。どいつもこいつも人を貶めることで自分の方が上の立場だって自己肯定し、充足させるのね。
私はといえば、親にバカにされ支配されながら育てられ、自己評価なんて今さら上げられない。幼児教育ってヤバいくらいに人格に影響するって実験台の見本のようだわwww
大人になれば今度は、他人から罵られながら働いて、一日の時間のほとんどを奪われて、くたくた。それなのに雀の涙ほどのお金を得るだけ。
私だけ、なんて馬鹿馬鹿しい人生なの? 周囲を見回しても、ネットの中も、能天気に幸せそうなキラキラした人ばかりなのに。悔しい‥‥‥
私の人生は最初から間違っていたの。生まれたこと自体が罰のように思える。
誰が作ったのかしら? こんなクソみたいな世界。
───考え事をしながらも、足は休むことなく奥へ奥へと進んでく。
こんな樹海の深部だというのに、人のいた痕跡が所々に点在してる。
落ち葉に下半分埋もれてる錆びた小型トラック。
どうやって木に囲まれたこんな所に?
そっか。きっと昔はここに道があって、車が放置された後に木が生えたのね‥‥‥
ここには遠い過去の遺物がいつまでも残る。そうそう人が来るような所じゃないんだもんね‥‥‥
こんな所まで踏み込んで来る酔狂な人は、ごくごく限られてる。
途中、未だ色鮮やかが残る衣類も落ちていた。薄汚れた布団まで。どんな人が残したのかしら?
風雨で汚れた雑誌。コンビニ弁当の空き箱入りのレジ袋が木の根元に転がる。
わりと最近の人の形跡もあるんだね‥‥‥
げっ! ‥‥向こうの高い枝には、吊られたままの輪っかのロープが揺れて。
不気味な物を発見する度に、その薄気味悪さが胸に重く蓄積されてゆく。
ゾワゾワする。
そのうち、本物のブツを見てしまうのではという恐怖に、足の上がりも鈍くなる。
ダメだって。そんな気の弱いことでは。
「きゃっ!‥‥‥痛ッ」
木の根に足を取られて転んでしまった。
あー、もう立ちたくない。もう歩きたくない。疲れた‥‥‥
ちょうどそこには、ちょっとした崖と樹とのコラボ。大木の複雑に絡まった根っこと岩の壁で出来た虚が、大きな口を私に不気味に向けて開いてた。
何か出て来そう‥‥‥
美しい緑色の柔らかそうな苔が、ゴツゴツした根の周りを覆ってる。その奥の黒い穴。
小さな懐中電灯の明かりで照らして見る。
「‥‥中に人がいたんだ‥‥‥プラゴミが散らばってる」
前に誰かがいた痕跡。
でも、今は完全放置されてる。だって、手前ののっぺりとした見事なじゅうたんみたいな苔には、踏みつけた傷が全くないもの。
ここで休もう。
どうやらここの日の入りは他より早いみたい。まだ夕方5時にもなっていないのに、暮れなずんで来た。
本格的登山並の大きなリュックを下ろして、中身を漁る。
重たかった。その分、色々入ってる。
だって実行する覚悟が出来るまで時間かかるだろうし、物理的にまで辛い思いしたくないし。その時までは、なるべく快適に過ごしたいもん。
蚊取り線香でいぶしながら、穴の中を隅々目視点検。うん、大丈夫そう。オッケー。
ちょっと失敬して手折った葉っぱ付きの木の枝のほうきで、穴の地面を簡単にお掃除。
虚の隅にブルーシートを敷いて、真ん中に小さな焚き火スペースを作る。取り敢えずは、倒れないように半分埋めた空き缶のカラに、ろうそくを立てて灯した。
薪になりそうな小枝は、歩きながら拾って来たし。
うふふ‥‥まるで子どもの秘密基地みたいだね。ちょっと楽しいかも。私は、もう25才も過ぎたというのに。
高校を卒業してすぐに家を飛び出した。あれからもう、7年も経つんだ‥‥‥
私、今まで何して来たんだろ‥‥‥
膝を抱えてひとり穴の中。もう春だというのに。
知ってた? こんな森の奥にも立つアンテナは少ないけれど、電波は届いてるの。
さっきから、通知だっていくつも来てるし。
ここまで来たって、真にはリアルから隔離されることは無いんだね。
ポケットからスマホを取り出すと、普段通りにフォローしたSNSを欠かさず巡回する私。
バッカみたい。死のうとしてるのに。他にしとくことあるはずなのに‥‥‥
でも、やめられないよ。生きている限り。
あれ? なあに、これ? 初めて見る広告。
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『選ばれし特別なあなただけ』って、んなわけないでしょ。で、後から課金でズルズルって感じ? ほんと、世の中穢らわしいわwww
私だけは特別だって言ってくれた信頼していたあの人は、ささっと別の女を選んで御結婚されたわよ?
どうやらこのアプリは、未来を予言してくれるみたいね。人間の占い師よりもお手軽ね。AIが教えてくれるのかしら?
私の何も無いこの先を───
ふうん? 今の私のショットを3枚貼れば、24時間後に、私が指定した時の、未来の出来事の写真に変わるって言うの?
いいよ。じゃ、教えてよ。インストールしてあげる。
***
私は自撮り写真を3枚撮ってアップロードした。
項目に従って、必要事項も入力していく。
私の名前? 私はこの架空の空間では、『VENOM TONGUE−Rui』、毒舌ルイよ。
別に私は毒舌ってわけではないの。リアルでは言いたいことを言えずにいるタイプだから、架空の世界の私はなってみたい私で過ごす。
だからって匿名で毒を吐いてるわけじゃない。理論的で的確なコメやレビューするのが好きなだけよ。
えっと? 生年月日を入力したら、次はどうなってるのか知りたい未来を、ここに書き入れればいいのね?
私は、このままで行けば、少なくとも一週間後くらい?には、この世のから消える。
ならば、私が死んだ事を知った後の、あの人たちの様子を教えてくれない? どんな反応なのかしら?
意地の悪い同僚とパワハラ上司。そして私をゴミのように棄てたあの男。そして、家を出て以来会ってない毒親たちの反応を。
よし、これでいいかな? えいっ、どうだ?
《登録は完了致しました。明日のこの時間をお楽しみに!》
うふふ‥‥‥
少なくとも明日のこの時間までは死ねないわ。
お遊び占いだけれど、どんな結果が出るのか面白そうだもん。ウソごとでもいいから、あいつらが少しくらい反省してくれてる姿が見れたら、私も多少は気分が上がるってものね。
私は、24時間後を楽しみに待つことにした。
樹海にて〈2〉へ続く───