表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/80

学級長も楽じゃない

シテ……ユルシテ……


ちょっと長いのでお気をつけて(約7000字)

 先生の言った忠告と警告の意味を考えつつ、僕はベンチへと向かっていた。——のだが、遠くからでは分からなかったが、どうやら先客がいたようだ。

 木の周りにはいくつかベンチが置かれており、丁度、先ほどの場所からでは木で隠れて見えなかった反対側のベンチに誰かが腰掛けていた。


 まだここからではあれが誰なのかは分からないが、もしクラスメイトだとしたら面倒な事になりそうだ。

 いやまあ、クラスメイトでは無くても面倒な事になる可能性は否定できないけど。

 とにかく、面倒な事に自分から突っ込んでいきたくはないし、引き返して別の所を見て回ろう。


 そう考えた僕は踵を返し、綺麗に咲いている小さな花々をゆっくりと――


「ちょっと待って!」


 ――見ることは残念ながら叶わなさそうだ。


 後ろから聞き覚えのある声に呼び止められて僕はそれを悟った。

 聞こえなかったことにしてこのまま立ち去ってやろうかとも思わなくはなかった。

 でもそれは余計に状況を悪化させるだけだろう。

 つまりあれだ、声から察するに彼女——和田さんから逃げる事はできないという事だ。


 という事で僕は素直に後ろを振り向いた。

 すると、先ほどまでベンチに座っていた筈の和田さんがこちらに走ってやって来ているところだった。


 彼女はいじめっ子でも無ければただ傍観している訳でもない。どちらかといえば被害者(こちら)側の人間なので悪いイメージはない。

 それに、学級長という大変な立場に立ちクラスをまとめ上げて来た存在なので、寧ろ尊敬すら抱いているのだ。

 なので、彼女に呼び止められたのは別に嫌ではない。


 だが、何故呼び止められたのか……コレガワカラナイ。

 何故なら彼女とは別に親しい間柄ではなく、偶然あったら会釈する程度の関係だからだ。

 彼女がそうは思ってなかったとしても、少なくとも今の様に偶然会って呼び止められる様な関係じゃない筈だ。


 という事は彼女は何か僕に用事があって呼び止めたという事。

 しかし、こう言ってはなんだが、あまり役に立ちそうにない僕にする頼み事なんて……それこそ使い走りくらいしか思いつかない。

 それは無いと信じたいところだが。


 そんな考えに一段落ついたところで、丁度彼女が僕の所へ着いた。

 そしてすぐに口を開いた。


「急に呼び止めてごめんね」


 開口一番のその言葉に僕は先程の考えが杞憂だったと悟った。

 そして同時に、酷い邪推をしてしまったなと反省した。


「いや、別に構わないよ。でも、どうして?」

「…………日野君に謝りたくって」


 僕の質問に少し間を開けて彼女はそう答える。

 和田さんは何か決心をして話を切り出した感じがした。

 が、申し訳ない事に僕にはその理由が分からない。


「変な事を聞くようかもしれないけど、謝りたいって……どうして?」

「それは、私が日野君に酷い事をしたから。どうしてもそのままにはしておきたく無くて」


 酷い事……か。

 特に思い浮かばないけど、強いて言うなら自己紹介の時のアレかな?

 別にいじめっ子達に強制されていただけだろうし、特に気にしてはいない――というか、寧ろ面倒事が減って良かったという感覚だったけれど。


 まあ、酷いといえば酷いことではある。

 僕みたいに慣れている人間からしたら何の苦痛でもないけど、普通の人にはそれなりに応えるだろう。


 だから和田さんは僕の事が心配で謝ることにしたのだろう。

 いや、彼女の場合謝らない事を彼女の良心が許さなかったのかもしれない。


 やられた僕よりもやった和田さんの方が傷ついているのは、なんとも言えない気持ちになるな。


 まあともかく、ここは彼女の気を楽にさせるためにも謝罪を聞いておくべきだろう。

 ここで「謝らないで」とでも言ったら、彼女は余計に気を悪くするかもしれないし。


 という事で、僕は和田さんの望んでいないような理由で謝罪を受けることにしたのだ。


「今日の朝の件、そして今までの事も、本当にごめんなさい。私が学級長として不甲斐ないばかりに……」


 和田さんはそう言って頭を下げた。

 見事な謝罪だった――――じゃなくて


「頭を上げてください。悪意があったわけでは無さそうですし、和田さんのした事に関して特に怒ったりはしていないので」


 許すとか許さないとかではなく、その前に僕は和田さんに対して嫌な気持ちは持っていない。


「……本当にありがとう」


 和田さんは僕が本心を伝えると、顔を上げてくれた。


 うん、彼女が納得してくれて良かった。

 謝る事はあっても謝られる事には慣れていないから、どう対応すればいいのか分からないんだよな。


 さて、話も終わったようだし僕は――――何をすればいいんだ?


 このまま戻っても、まだ部屋の掃除は終わっていないだろうし気不味いことになってしまう。

 かといってこのままここに居るのも、先程彼女に僕がここから離れようとしているのを見られたから難しいし。


 人と話す事は苦手だが、ここは彼女にもう少し話に付き合ってもらいたいところだ。

 という事で先程から気になっていた疑問をいくつか聞いてみよう。


「ところで、和田さんは何で僕の事に気が付いたの? 僕からは木の近くに人が居るのは気付かなかったけど」


 本当は人が居る事は気づいていたけど、さっきの状況は彼女を避けているように見えるかもしれないのでそれは言わないでおく。


 突然僕にそんな事を聞かれたので、申し訳ない事に彼女は少し戸惑っているようだ。

 まぁ、流石は学級長と言うべきか、その戸惑いも一瞬だったのだが。

 そして彼女は僕の問いに答えてくれた。


「私、視力が2.3あるらしくて、まぁ、目が良いから気づいたんだよ」

「2.3…………って、凄いね!」


 何か凄そうなのはわかる。

 よく学校でやる視力検査はA判定で1.0だっけ?

 って事は2.3ってのは大体あの二倍と少しの距離で測ってA判定を出せるって事か。


 ――うん、凄い。


「あはは、確か私達くらいの年代でも視力1.0無い人は半分以上居るみたいだし、そう考えたら凄いのかもね」


 大体そんなものなのか。僕はもっと少ないと思っていたけど意外と多いんだね。

 ていうか、何でそんな事を知ってるんだ? 雑学王か何かですか?


「ところで、日野君の視力はいくつくらいなの?」

「え?」


 彼女からの突然の質問に少し動揺してしまった。

 突然の事に対して先程の彼女は少し戸惑った様子を見せるだけだったけど、それってやっぱり凄いんだな。

 ――じゃなくて、早く答えないと。


 ここは、できるだけ怪しまれないように答えるのが吉と見た。


「……分からないけど、0.9とかそれくらいじゃないかな。視力検査でもAとB辺りを彷徨っていたし」


 という事で、無難に答えてみた。

 うん、それがどのくらい凄いのか知らなかっただけで本当は1.5くらいありそうだということは黙っておこう……。


「なら、普通くらいなのかな?」

「まぁ、そんなとこだろうね」


 何とかここは隠しきれたようだ。

 僕は心の中で胸を撫で下ろす。


「……そういえば、どうして日野君はこんな所に来たの?」


 安心するのはまだ早いか。


 いや、この程度のことでバレないように気をつかうというのもおかしいのか?

 でも、バレると僕の印象がもっと悪くなりそうなので危なそうな所だけ気をつけよう。


 つまりこの質問に関しては普通に答えて良いだろう。


「まぁ、花を見に?」


 ――普通に答えて良いのだろうけど、本当の事なんて恥ずかしくて言いたくない。


「いや、日野君がそんな事をする様な人だとは思えないよ。ていうか何で疑問形?」

「うっ……」


 何でここだけ速攻でばれるの!? まぁ、確かに僕はそういうタイプじゃないけどさ。


「……ただ暇つぶしに来ただけだよ」


 嘘は言っていない。ただ、少し濁しているだけ!


「暇つぶしかぁ……私も大体同じかも」

「ん、そうなの?」

「うん。今日は色々とあり過ぎて……落ち着いたり、考えたりするにはこう言う場所に来るのが一番かなと思って」


 和田さんは部屋で過ごしていて手持ち無沙汰になって庭へ出て来たのだろうか。

 いや、こんな状況になって混乱している人達を収め終わってここに来たのかもしれない。

 

 どちらにしろ、詳しく話そうとしないなら深く聞く必要もないだろう。


「なるほどね……確かに、落ち着いたりするにはここは丁度良い場所かもしれない」

「やっぱり日野くんもそう思う? ――――なら明日あたり彼女達を連れて来ようかな」


 和田さんは僕の言葉にそう返した。

 最後のは小声だったのでどちらかと言うと独り言に近いのだろう。

 なら、しっかり聞こえてしまったけどここは聞き流しておくべきかな。

 にしても、この様子だとやっぱり混乱していた人達をさっきまで収めていたのかな。

 そういうところが彼女の凄いところだろうな。責任感があって仲間思い。

 ある意味僕とは正反対な性格だ。

 だけど勿論嫌いじゃないし、尊敬できる人物。


 ――そう強く感じた時、自然と僕の口から言葉が出た。


「…………さっき先生と話をして来たんだけど、共有しておきたい事がいくつかあるんだ。聞いてくれる?」


 いきなり僕がそんな事を言ったので和田さんは驚いていた。でも、それも一瞬。


「勿論、それは是非聞かせてほしいな」


 彼女は迷う事なくすぐにそう言った。


「じゃあ先ず一つ目。どうやら先生は僕達をここへ連れ去った事を後悔している様子だった」

「え!?」


 彼女は思ってもいなかった事を聞いてかなり驚いている様子だ。

 まあ、誘拐犯にいきなり「誘拐して悪かった」なんて言われたら流石に驚くだろう。

 でも、先生はこの言葉を僕達全員に向けて言ったわけじゃない筈だ。でなければあの時先生が『俺は()()に償わなければならない』と言ったのは少し不自然だから。

 つまり……

 

「いや、もっと正確に言えば、おそらく先生は異世界という名の餌を拒絶した人達をここへ連れて来た事に後悔しているんだと思う」

「それって…………先生が後悔しているという事には素直に驚いたけど、その餌に釣られた人や周りに流されてここへ飛ばされた人達に対しては何も悪く思っていないって事?」


 確かに、そういう事になるだろう。

 いや、少しは先生も何か思っているだろうが――だとしたらそれは憐れみか?


「少しは思うこともあると思うけど、大体その通りだと思うよ」


 まぁ、隠した所で何になるわけでもないのでここは正直に話す。

 すると和田さんは悲しそうな表情を浮かべて言った。


「そう……。何も分からずにここへ飛ばされた人もいるって言うのに……」


 確かにそれもそうだ。

 先生が何を言っているのかよく理解できずにここへ飛ばされた人もいる。その人に対して『そうか、それは辛かったな』の一言で終わらすのもどうかと思う。


 ――いや、先生が後悔しているのは、何が何なのか分からないあの状況下で冷静に考えて判断できる人材を、このいつ死ぬか分からないような異世界へ持ってきたこと。

 その考え方は、実は僕も理解できる部分がある。


 この世界は僕達を呼び出したのは、そもそもこの世界の人間達が存亡の危機に陥っているからであって、それを救うにはある程度優秀な人材を持ってくる事が一番な筈だ。

 しかし先生はそんな事はしなかったし、何だったら僕達に異世界へ行くことを強制してきてもいない。

 つまり先生なりの慈悲は既に与えられていた。


 だから僕は決して驕る様な訳ではないが、あそこで考える事を放棄して周りに合わせた人達もある程度非があると思う。


 自分で考えておいてなんだが、全く酷い考え方だ。


 僕の意見と和田さんの意見。どちらの方が正しいのかと判断するなら、間違いなく後者であろう。

 被害者の心に寄り添わない考えなど、それが良い意見であるはずが無い。

 やっぱり僕は人間として、それなりに終わってるな。


 これ以上この話題をすると、和田さんに善の刃で貫かれそうなので辞めておいて、ここは強引にでも次の話題にいこう。


「そしてもう一つ、先生の言っていたことがある」

「……何?」


 メイドさんの事は彼女にはあまり関係ないだろうから、もう一つ警告された事を話そう。


「それは、身近に危険が潜んでいるという事」

「それは……魔物が、とかの話じゃないってことだよね?」


 流石は学級長、勘が鋭い。


「そういう事。先生も曖昧にしか話してくれなかったけど、身近に危険が潜んでいる事は事実。

 ここは日本とは違うから、今までの常識が通じないかもしれない。例えば人攫いが横行しているとか、麻薬の密売なんかが至る所で行われている……だとか」

「なるほど……」


 和田さんは僕の言葉を聞いて少し考えている様子だ。

 あまりにも急な環境の変化にそこまで気をつかっていなかったのかもしれない。


 まぁ、何が起こるかは分からないが少なくとも、日本にいた頃の常識が通じるとは思えない。

 この世界がそれほど危険な事になっているとしたら、自暴自棄になって暴れ出す人も居るかもしれないし……それなりに治安は悪いだろう。


「そして、もしかしたらもっと大きなものが近くで蠢いているのかもしれない」

「……裏組織みたいなもの?」

「あくまで可能性の話だけど、そういうものが王宮と何かしら関わりを持っているのかもしれない。

 先生も、気を許せると思った相手以外には警戒をしておいた方がいいって言っていたし」


 まぁ、先生の話を聞く限りかなり近くに危険が存在しているのが分かった。

 それが何かは教えてくれなかったが……。


 いや、裏を返せば教える事ができないというヒントになるか?


 まぁ、何にせよ警戒をしておくのが一番という事だろう。

 僕はそう結論付け、和田さんの方に向き直る。


 和田さんは、何やら腑に落ちない様な表情を浮かべていた。


「どうしたの?」


 彼女がいつもは浮かべない様な表情をしている事が少し気になって問いかけてみる。


「そんな話、私にして良かったの?」


 すると、そんな言葉が返ってきた。


 ああ、僕が『気を許せると思った相手以外には警戒しておいた方がいい』っていう話をしたから疑問に思ったのか。


「問題ないよ。和田さんの事を僕が信用できる人だと思って話しただけだし、責任感があってクラスの為によく考えてくれて頭も良い。……尊敬できる人物だと思ったから」

「っ!?」


 何やら和田さんは驚いている様だった。それにしても、取り乱す事はないと思う。

 彼女を正当に評価するなら、僕の言った事よりもっと高く評価されるべきだ。


 彼女は学級長という立場に自ら立ち、その上で目立とうとせずクラス全体がより良くなるように陰ながら尽力している――まさに努力の人だ。


「ごめん、ちょっと取り乱しちゃった。色々言いたい事はあるけど、先ずはとにかく、こんな私を信用してくれてありがとう」

「いや、別にそこまで言う必要は……」

「そんなこと言われた事なかったから。ごめん、いきなり喜んじゃって」

「う、うん」


 まぁ、色々あったけどこれで話したいことも話せた。

 時間も丁度いいし、彼女と会えて良かった。


「こっちも話に付き合わせちゃってごめん。色々と聞いてくれてありがとう」

「ううん。こっちこそありがとう。さっきの情報は広めないようにするけど、日本で過ごしていた感覚のままじゃいけないって所は共有させてもらっていい?」


 僕が和田さんにしか話していない事の意を汲んで気を遣ってくれているのだろう。


「勿論それはいいけど、和田さんが思いついたという事にしておいてくれると助かるかな」


 情報の出所が先生なだけあって、そのまま伝えるのは不味いからね。


「うん、分かった。みんなには私からそういう風に伝えておくね」

「ありがとう」


 やっぱり、みんなにそこまでできるなんて和田さんは凄いよなぁ。


「それじゃあ、また会いましょう」

「うん。また会おう」


 和田さんはそう言って、寮棟へ戻っていった。

 どうやら僕の思っていたよりも長く話していた様で、日ももう沈みかかっていた。

 このまま帰っても良かったのだが、和田さんと鉢合わせたら気まずい事になりそうだし……確認したいこともある。

 僕は和田さんの姿が見えなくなった事を確認すると、あの桜の木の下へ向かった。


「最初和田さんが座っていたのはこのベンチだよね?」


 僕は記憶を辿ってそうであると確認すると、そのベンチの隣に立った。

 そして、さっきまで僕が立っていた場所を見る。


 ――やはり、逆光。


 これでは相手の顔や姿など、いくら視力が良くても見る事はできない。

 人物の判別など、おそらく不可能。


「……彼女が信用できる人物である事には変わりないけど、不安要素があるというのは少し怖いなぁ」


 信用することに迷いはない。だけど彼女のことを本当に心から信頼していいのか、どうしてもそう考えてしまうのだ。

 はぁ、なんでクラスメイトを疑わなくてはならないのか……。


 やっぱり、異世界なんて来るもんじゃないな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ