図書館で探しもの
キョウくんとも打ち解け、それなりにいい関係を築いたところで、私とユイ(と一応シオン)は一旦彼とは別れて外へ出歩いていた。
目的は単純明快、当初の予定通り僕とシオンが忘れ去られた原因を突き止めるためだ。
大規模な記憶の書き換えによるものだと踏んでいるが……実際のところどうなのかは分からない。
むしろ、そうであって欲しくないというのが正直なところ。
この広大な魔族領――もしかしたらそれより広範囲の土地に住む人々に対してそれを行った人物、魔術があるとするならそれは脅威以外の何物でもない。
私たちはそんな不安を抱えたまま、シオンの道案内の通りに街を歩き、図書館へと辿り着いた。
「まさか、この建物全部が図書館なの……?」
ユイが驚いたように声を上げる。
反応から察するに、建物丸々一つが図書館ってのも珍しいのかな?
この図書館の規模は、まあ前世の、僕がよく行っていた2、3階建ての大きくも小さくもないのものと同じくらいだ。
『お前の感覚だと普通に感じるかもしれないが、この世界の印刷、製本技術はまだまだ未熟だ。だから本は高級品でな、大きな図書館を作るというのはなかなか難しいんだよ』
ああ、なるほどね。
考えてみればそれもそうだ。
てことは、あの国の図書館も作るのが大変だったことだろう。
それに、教科書を何冊も僕ら全員に配るなんて相当金をかけたんだな、あの人達は。
自衛のためにも、それだけ投資する価値が僕らにあったということだろう。
「行こっか、ユイ」
「う、うん。これだけ大きいとなんか緊張しちゃうなぁ。お姉ちゃんはそういうことはないの?」
「えっ?」
ユイにそんなことを聞かれて少し驚いてしまう。
そうか、あまりにも驚かないものだから変に思わせてしまったかもしれない。
「まあ、うん。僕はよくこういうのを目にしたからね」
「すごいです、お姉ちゃん――いや、翔さん?」
「あはは、どっちでもいいよ」
そういう小さな気遣いをしてくれるところがユイの素敵なところだ。
さて、図書館へと入ると、目の前にはすぐに開けた空間が広がった。
「はぁ……。さすが、やっぱり中も広いんだね」
「そうだね。なんというか……そう、開放的な空間」
案内板の表示をちらりと見ると、どうやら一階は児童書だったり、休憩、交流のためのスペースがメインのようだ。
右を見れば確かに若い魔族たち――尤も、外見がそうであるだけで中身が実際にそうとは限らないけど――がテーブルを囲んで談笑していた。
喫茶店のようなものが併設されているらしい。
僕のいた街にもそういう店が併設されている本屋はあったな。
なんだか近寄りづらくて、行ったことはないけどね。
閑話休題。
目当ての本が置いてあるような場所は二階。
三階は多目的スペース、会議室、休憩室などなどがあるようだ。
「ユイ、私たちの知りたい情報がありそうな場所は2階にあるみたい」
「そうなんだ。すぐ分かるなんて、やっぱりお姉ちゃんってすごいよね」
「あはは……。まぁこの体様々だからそんなことはないんだけどね。
それで、ごめんね? ユイにはちょっとこの場所は退屈すぎるよね」
魔族の読み書きする言葉を知らないユイからすれば、図書館というのは退屈すぎただろう。
申し訳ないけど失念してた……。
「あ、気にしないでお姉ちゃん。大丈夫、文字は読めなくてもこういう雰囲気の場所は嫌いじゃないし、退屈はしないよ。
それに、少しでも読み解けないか試してみたい」
「そっか……。なら私が渡した指輪もあるし、きっと助けになると思うよ! それに、そういうことなら左側に進むと児童書のコーナーがあるらしいから行ってみたらいいんじゃないかな?」
「そうなんだ。じゃあそうしようかな」
今の姿ならユイが児童書を漁っていても違和感はないだろう。
ああでも、こんな子供が熱心に本と睨めっこしていたら少し注意を引くかもしれない。
なんたって、ユイは頭がいいからね!
「じゃあ、用事が終わったら迎えに行くね」
「うん」
さて、私たちは目的を果たすとしよう。
二階に行けばよさそうだよね?
『ああ、そうだな。だが、一般人も閲覧できるようになっているとは考えにくい。そこで見つからなければ、限られた者だけが入れる保管庫を探す必要があるだろうな』
そっか、保管庫ねぇ。
てことは潜入調査ってこと!?
危ない橋はできるだけ渡りたくないんだけど、仕方ないか。
やるべき事の為に覚悟を決めて、階段を登る。
残念ながら蔵書検索なんかができるような道具は無さそうなので自力で探すしかない。
「やだなぁ、これだけ本が並んでると、目当ての本を探すのも苦労しそうだね」
『ああ、そうだな。俺もここには滅多に来なかったし、どうやら配置も、蔵書数も変わっているようだから俺の記憶は当てにならんぞ。
まあ俺としては最近になって魔族が頑張った結果だと思えば悪い気はしないがな』
はいはい、自分で探さないシオンは能天気でいいよね。
「ええっと、私が探せばいいのは記録文学――ルポルタージュってやつかな?」
『ああ、そうだな。まあ探せば新聞のように起こった出来事を記事にした本もあるだろう』
「そっか、それのアーカイブ的なものもあるかな」
『あるだろうな。ただし、踏み込んだことを知りたければ……保管庫に行ってみる他ないだろう』
うへぇ、結局潜入調査ですか、そうですか。
いいよ、やってあげるよ、もう!
「公開されてるところは望み薄だとしても、まずは表を探すからね?」
『ああ、そうしよう。危険なことはしないに越したことはないからな』
シオンから許可をもらったので、無理だろうとは薄々感じつつも、わずかな望みをかけて私は本棚にびっしり詰まった本たちに目を向けるのだった。
そしておよそ30分後。
「ああぁぁ、ないよ……」
『無いな』
「なんでないの? おかしいじゃん、あの日の前後1か月間の記録書類が無いってさぁ。それより前の他の日付にもいくつか抜けがあったけどそんな、欲しいところだけ無いなんてことある……?」
『ああ、そうだな』
最悪だ、これじゃあの時何があったかなんて全然分からないじゃん。
それに、シオンがやけに落ち着いてるのもムカつく!
はぁ……。
これじゃ何のためにこんな所まできて、何十分もかけて記録を探したと――――あれ?
「シオン、私たちの探したい所だけ記録が抜けてるのっておかしいよね?」
『ああ、そうだな。さっきからそう言っているだろう?』
そうだよね。
なら目当ての記録をこれ以上探すまでもないんだ。
記録は棄てられている。
若くは改竄されている。
シオンは元々表に出て大々的に活動するようなことはしなかった。
だから記録にシオンの姿は大して載っていない。
それ故に改竄や廃棄が必要になる部分は少ない。
過去の記録の中でシオンを表すのに「魔王」と記されることはあっても、今となってはその「魔王」はシオンを指してはいない。
この世界での「魔王」とは、今、この国を牛耳っている別の、何者かのことなのだから。
それは一体誰なのか。
やはりあの時突然現れた黒ローブの存在が気になる。
あのタイミングで現れて、今の状況と何も関係がないわけがないだろうしね。
「じゃあシオン。案の定なんだね」
『そうだな、その通りだ。尤も革命団の雰囲気からして予想はついていたが』
「それで、裏も探してみるわけ?」
『やる気があるならそうするといい。どうせないだろうが探してみる価値はあるだろう』
ばれたら終わりって考えるとちょっと怖いんだよなぁ。
私としてはそこまでリスクを負って探しに行きたくないし……。
9割ないだろうし徒労に終わりそうっていうのがよくない。
やりがい搾取だよこれ(?)
「いいよ、行ってみようか。行くのと行かないとじゃ大違いだし、チャレンジは大事だよね」
『そうか、流石だな。お前は乗り気でもないだろうに』
「いいよ、スキルは磨いておかないと。いつ何のために必要になるのかわからないし」
ユイを守るためなら労力を惜しみたくない。
私はお姉ちゃんだから、私がしっかりしないといけない。
ユイが天才で私の助けなんてなくても立派に生きていけるって分かってるけど、それでも「頼れるお姉ちゃん」でいたいから。
「それで、その保管庫ってのはどこにあるのかな? この階のどこか?」
『いや、地下だ。何かと都合がいいからな』
「へぇ……地下あるんだここ。でも案内板にはなかったような。それにそれらしい階段も」
『そりゃあ一般には秘匿されてるからな。一回の廊下の奥に金属の扉があって、その先に階段がある』
「まあそうだよね」
日光にさらされることもないし、人の目も付きにくい。
建物が燃えてもそこの本たちは生き残るのかな?
なんにせよ先ずは行ってみようか。
そうして私はゆっくりと呼吸を整えて、歩き出す。
ちょっとした緊張感。
後悔はない。
ただ改めて思う。
私、いっつも危ない橋を渡ってるな、って。
終わったらしばらくゆっくりしていたい。
それこそ咲の家で、お茶でも飲みながら三人で談笑して、人見知りなユイの気持ちをほぐして、咲の思惑通りキョウくんの剣の練習相手になってもいいかもしれない。
「シオン、この先?」
『ああ、一番奥の右側の扉だ』
「そっか。………………これね」
特段重厚で、厳重に鍵がしてあるわけではない。
ただ鍵穴が一つあるだけの簡単な扉だ。
でも、鍵が締まっていることを承知でドアノブを回し押し引きしてみようとすると、全然思うように動かなかった。
普通なら鍵が締まっていても数ミリは動き、ガチャガチャと音を立ててもいいものだけど……。
まあこの扉は普通じゃないということだろう。
「それで鍵はどうする? 何も気にせずにここに来ちゃったけど……」
『問題ない。もともとこの扉に鍵はないからな』
「ええっと……どういうこと?」
『鍵穴はダミーだ。これは魔法的な力と物理的に重い扉で閉じられている』
ああ、そういうことね。
言われてみれば分かるかも。
「じゃあどうやって通る?」
『…………』
「シオン?」
『……ん、ああ、すまん。少し考えていた』
考え事?
今このタイミングで?
ちょっと気になるなあ。
「それで、どうやって通ればいいのかな?」
『頑張って通り抜けてみろ。——ああいや、違うな。転移で……だが部屋にはじかれるか、逆に異空間に飛ばされる可能性も……』
「……珍しいね、シオンがそこまで考えるなんて」
『状況は簡単そうに見えて難解だからな。慎重にいきたい。……が、高度な魔法は既に見せて――——ああいやそうだ、そうだな』
「何、シオン? なんか怖いんだけど……」
こうやって考えているときのシオンは大抵碌なことを言わない。
『なんでもないさ。いいか、シュナ。普通に扉を開けてみろ。この扉は開けられる。お前なら簡単にな』
「でもさっきは……」
『思い違いだろ。何も変なことはない、元からこの扉はお前には簡単に開くようにできている』
シオンさん、急にどうしたの?
——もしかして、そういうこと?
「そういえばそうだったね。私、この扉をすり抜ける方法とかいろいろ考えてたんだけどそれって必要ないよね?」
『ああ、そうだな』
要らないんだ、そっか。
シオンの考えに乗るのはなんだか癪だけど、何か理由があるんだろう。
信頼してるから、乗ってあげる。
「開けるよ?」
私はもう一度ドアノブに手をかける。
さっき重く感じたのは思い違いで、この扉は意外にも簡単に開く。
鍵穴はシオンの言うように見せかけのダミーで、実際には何も機能していない。
なら力を籠める必要もない。
家の扉でいつもやっているように、ドアノブを回し、手前に引く。
すると、当然それはいとも容易く開いた。
やっぱりそうだ。
神の力は色んなものを捻じ曲げる。
そう思い込んだり、強く願うだけで。
開くはずのない扉も、まるで元からそうであったかのように開いてしまう。
『お前は物分かりが良くて助かるよ』
「あはは……それどっちに言ってる?」
まあ、伊達に何年も生きてないからね。
『だがその力、過信はするなよ。それはあくまで権能、その力は制限される。例えば……その力だけで人族を一息に滅ぼすことはできない』
まあそんな気はしていた。
消えたいと思っても消えることができないように、そういう制限はあるものだと。
ていうか話逸らさないでねシオン?
さて、中の部屋——というか廊下には、ただ下へ続く階段が一つあるだけだった。
まあ当然降りるしかないよね。
そういうわけで薄暗い階段を壁伝いに降りる。
ひんやりしていて湿っぽくて嫌な感じ。
明かりは少しあるんだけど暗いのやだな。
下に照明のスイッチでもあるのかなぁ。
そう思いながらしばらく足を動かしていると、広い部屋に出た。
廊下とかじゃなくてもう部屋なんだね。
暗くてよく見えないけど、大きな棚がいっぱいに広がっていて狭っ苦しい感じだ。
これは見つけるの大変そうだな……。
『まず収納してあるものとその場所のリストを見つけようか』
おっけー。
確かにそれが先決だね。
「《隠密》」
私は適当に姿が見えなくなりそうな魔法を使う。
じゃあ、他に誰かいないかも気を付けつつ探索しようか。
◇ ◇ ◇
結論から言ってしまえばここに探しているものはなかった。
より一層疑念が大きくなるばかりだ。
やっぱりあの黒フードが黒幕なのかな?
でもこれだけ広範囲に渡って人々の記憶の書き換えを行うなんて、馬鹿げてる。
それこそ私みたいに権能を使ったとしか……
――いや、一人それを笑いながらやってのけそうなバカみたいな奴がいた。
結界魔法を拡大解釈したチート魔法でなんでもやってしまう男、ゼノだ。
あの男嫌いなんだよなぁ。
はぁ……厄介というか面倒というか、とにかく相対したくない。
というか、アイツについて考えてるだけで気持ち悪くなってきた。
『お前、どれだけゼノのこと嫌いなんだよ……』
「別にそんなに嫌ってるわけじゃないよ」
ただなんか生理的に?受け付けないというか、初対面なのに煽られたり罵倒されたしいい気がしないというか。
ちょっと今探し物が見つからなくてイライラしてるからかもしれないけど。
もういいや、そんなことよりユイに会いたい。
待たせすぎちゃったかな。
退屈してないかな。
怒ってないかな。
私はもちろん周りを警戒しながらも、できる限り早くユイの元へ向かう。
階段を登って、例の扉を開けて、長い廊下を進んで、そうしてついに児童書のコーナーが見えてきた。
絵本だとか子供向けの小説や図鑑なんかがたくさん並んでいる。
どこにユイはいるのだろうかと辺りを見渡してみる。
「ユイ……!」
そうして探しているとユイの姿を見つけた。
本を持って、積み木なんかが置いてある小さな広間にあるふかふかしたソファにちょこんと座っていた。
その姿は年相応って感じで、なんだか可愛らしかった。
集中しているみたいなのでゆっくりと近づく。
どうやら読んでいるのは小説のようだ。
もしかして、それぐらい読めるようになったってこと?
成長が早すぎて恐ろしい。
我が妹の天才度合いに戦慄しつつ、私はユイの左隣に腰掛ける。
ソファはふわっと私の体重を支えてくれる。
この環境がストレスフリーすぎてやばい、疲れた体に染み渡る。
近づいたところで気づいたけど、ユイの右隣には読み終わった本が何冊も積まれていた。
すごいな、もうこんなに読んだんだ。
魔族の言葉もこんなに早く覚えてすごすぎる。
ユイは昔から血の滲むような努力を続けてきた、だからこんなにすごいんだね。
私みたいに突然ほいと与えられたものじゃなくて、全部自力で……。
私も頑張らないとなぁ。
ユイのお姉ちゃんって胸張れるように。
「はぁ……ちょっと疲れたから休憩。……っ、んんっ…………」
ため息を一つ吐くと、ユイは大きく伸びをした。
じーっと文字ばっか見てたら目も疲れるし、肩も凝るよね。
肩揉んであげようかな。
と、そのときユイがふとこっちを見た。
「んっ!!? ちょ! ――ちょっとお姉ちゃん驚かせないでよ、いつからいたの?」
ユイは驚いて声をあげて、でもすぐに冷静になって小声で話した。
「ごめんね、邪魔したら悪いかなって。今さっき戻ってきたばっかりだよ」
「もう、言ってくれればいいのに、お姉ちゃんのイジワル……」
「ごめんごめん。まさかそんなに驚かせるとは思わなくて」
「悪気はないのは分かってるけど」
申し訳ない……。
良かれと思ったんだけどよくなかったね。
「それでユイ、どこまで理解できたの?」
「えっと、簡単な読み書きができるのと、話すのも少しだけ」
「話せもするの!?」
「うん、さっきそこら辺で遊んでた子に話しかけてみた」
「すごすぎ」
「ふふん……!」
自慢げにこちらを見つめるユイ。
見知らぬ人に話しかけるって、これもう陽キャじゃん……。
私の渡した指輪も少しは効果があったって事でいいのかな?
100%ユイの実力かもしれないから、なんだか検証になってない気がするけど。
「それで、もう帰るの?」
「いや、疲れてるし帰りたいのも山々なんだけど……一つ寄らなきゃいけないところがあるかな」
最悪な事に、一つしておかないといけない事があるんだよね。
「ん、分かった。それでどこなの……?」
「――魔王城へちょっとね」