君と彼女と―― 3/4
また一万字突破しちゃったので気をつけて下さい……。
あと三話で終わると言っていたがあれは嘘だ! 本当は四話だったのだ!
あの後三人で少し急ぎ気味に集合場所へと向かったがそこにはまだ男二人の姿はなかった。でもそうなるだろう予感はなんとなくあったので特段怒ったり困ったりということは無い。元々無計画のところから始まった旅だしね。
でも、僕はいいとしても咲と佐藤さんに手持ち無沙汰のまま待たせるのもなんだかよろしくない気がしたので二人には近くのカフェで何か買ってきたらと提案した。咲は待たされている状況に少々苛立っていたらしく乗り気で、佐藤さんも咲が行くなら私もと飛び出していった。
さて、僕はといえば現在進行形で集合場所で立って待っている。男二人を待っている手前全員がここを離れるわけにはいかないし、という事は必然的に誰か一人はここで待ってないといけない。そしてそういう損な役回りは僕が一番相応しい。――あぁ、これも僕が紳士であるが故の運命なのか……。
と、紳士とは程遠い僕がそんな事を思っていたところに咲たちが飲み物が入ったカップを手にこちらへ戻ってきた。
なにやら咲は両手に二つカップを持っているようだけど、二つの種類で迷って結局どっちも買ったみたいな事なのだろうか。いや咲がそんな状況に陥りそうなイメージは全くと言っていいほど湧かないけど。
「お待たせ〜」
「お待たせ。それであの二人は来たかしら? いや、その様子だと聞くまでもなさそうね」
「まあしばらくすれば来るでしょ」
「でしょ〜」
「……そうね、私もそう思っておくことにするわ」
咲は何やら諦めのようなものを感じているらしい。あの二人は咲の呼び止めにも全然反応しなかったし、その結果今の状況があると思えばそう思われてしまうのも仕方ないか。
「ああそうだ、これをあなたに渡さないとね」
「これ貰っていいの? ありがとう」
咲から手渡されたのは彼女の持っていたカップ。なるほど、二つ持っていたから不思議に思っていたけど一つは僕のためだったのか。
「いくら払えばいい?」
「え、お金なんて要らないわよ。それに私が勝手に買ってきておいてあなたにお金を払わせるっていうのもおかしな話でしょう?」
「いやでもそれは流石に咲に悪いよ」
咲は当然のようにそう言うけど、何もしてないのに奢ってもらうのはなんだか気が引けてしまう。裏があるかもしれないとかそんな事は全く考えていないけど、なんだかこう、心の中がモヤモヤするというか……。
「まあただより高いものはないって言うものね。なら、例の件の口止め料とでも思っておいてくれればいいわ。言いふらされるんじゃないかと心配で眠れなくなったら困るもの」
「言われなくてもそんな事しないよ。でも咲の睡眠のためにも貰っておこうかな」
「そうしてくれると嬉しいわ」
ということで結局貰ってしまった。人の好意は無下にできないからね、しょうがないね。
「ねね、飲んでみて〜」
「う、うん」
佐藤さんに急かされるまま一口飲む。
すると程よい苦味と、続いて甘み、酸味が口の中に広がる。――カップの中身はコーヒーだったか。咲らしいチョイスだ。
「おいしいねこれ。味もいいしスッキリしてて飲みやすい」
「あなたの好みはよく分からないから自分と同じものにしたのだけど、口にあったのなら良かったわ」
「やっぱり咲ってセンスいいよね」
「そうかしら? 人から褒められるのも悪く無いわね」
センスがいいから大体のことは咲に任せておけば間違いない。まあ、だからこそ咲に頼りすぎてしまうんだけど。
「いいね〜、純愛なんよ〜」
「な……っ!」「ちょっ……!?」
完全に無警戒だったところに爆弾発言がクリーンヒット。佐藤さんって定期的に爆弾投下するよね……。
「だめよ、今はただでさえ変な噂が立ってるんだからそんな事を言っちゃダメでしょう?」
「噂……? え、あれって本当なんじゃないの?」
「いや、あれは出鱈目だね」
「そうよ、別に私たちはなんともなってないから。風香、すぐに噂を信じ込んでしまうのはよく無いわよ」
「そうだったの!? それは申し訳ないんよ〜。咲ちゃんさっきはあんなに真剣に考えて選んでたし、てっきり日野君のこ――」
「ちょ、ちょっと!?」
「Oops...」
何やら佐藤さんはまたやらかしたようだ。キーホルダーの件も然り彼女は何かと口を滑らせやすいらしい。
でも大丈夫、後に続く言葉は僕には想像がつかない。だからあまり頬を引っ張らないであげて……。
「……もう、次は無いからね?」
「さひさま、ありはほうほさいまふっ!」
「ごめん、私のせいなんだけど何言ってるか分からないわ……」
「そんなぁ、ひほい……」
「――ふっ」
佐藤さんがやらかして咲が咎める。もう何度目かのやりとりだけどそれでも妙に笑えてしまう。
「なによ?」
「いやーあの二人遅いなーまだかなー」
「……お望みならあなたの頬を引きちぎってあげてもいいのだけど」
「ご、ごめんなさいでした!」
怖っ!? やっぱり咲は怒らせないほうがいいな。
「謝ればいいのよ、謝れば。……にしても本当にあの二人遅いわね、置いていっていいかしら」
「そうだね〜これもあの二人のせいだし置いていかれても仕方ないんよ〜」
「え、いやダメでしょ!?」
「え〜でもこの後の予定もあるし」
「もしかして翔君ってあの二人の肩を持つの? そっち側の人間だったの?」
「いや、そういうわけじゃ無いけどさ……」
何故そうなる!? そっち側ってどっち側なの、どっちがそっちでこっちがどっちなのさ!?
もうダメだ、分からん。こういう時は根本から認識が間違ってるのかもしれない。
「変なことを聞くようかもしれないけど、もしかして僕の言い分って正しく無いの?」
「それは間違いなく正しいんよ〜」
「右に同じ」
「は、はあ……」
ああもう、余計に頭がこんがらがる。なんだか自分の正義感というか価値観というか、そういうものを見失いそうになってしまいそうだ。
「じゃあさ、結局あの二人を待つって事でいい……んだよね?」
「そうね、しょうがないし待ちましょうか」
「しょうがないね」
「う、うん。しょうがないよ」
しょうがないという理由で辛うじて二人を待つ事になった僕たちは、結局その場に立ち尽くす事になった。
さて、二人が戻ってきたのはその後三十分程経った後だった。
「悪い、遅くなった!」
「本当にごめん!」
僕たちの所へ駆け寄ってくるやいなやそう言ったのは例の二人、関くんと田口くんである。
「貴方たち、今までどこで何をしてたの? 分かってると思うけれど集合時間から四十五分も遅れてるのよ、集団行動の形をとる以上そういうことは看過できないのだけど?」
「分かってるよ、本当に悪かった」
「そう……」
なんだかこの二人妙に利口だ。そのせいで咲もやりづらそうにしている。てっきり僕はいつものように咲に反論して叱られるのがオチだろうと思っていたのにどうやらそういうわけにもいかなそうだ。
咲を怒らせて雰囲気を悪くするような事はしたくないからか、或いは僕たちと離れて行動していたこの数時間の内に何か――
「貴方たち、この数時間で何があったの? なんだがその態度は物凄く慣れないというか、そう、気持ち悪いわ」
「ぐはっ!?」
「その言い方は酷くね!?」
「あ、つい口から出てしまって……ごめんなさい。それで、何があったのか話してくれる?」
「それは構わないけどさ」
咲が口を滑らすなんて相当動揺しているらしい。――いや、いつも大体こんな感じか。
「簡単に一言で言えば道に迷ってたんだよ。それでこんなに遅れたんだ」
「まあ何も考えずに飛び出していったらそうなるでしょうね」
「本当にこのまま一生迷ったままで死ぬんじゃないかと思った。あんな思いをするのはもう懲り懲りだ……」
「それは、災難だったわね」
「ああ、本当に。よく遠坂は迷わないよな、尊敬するよ」
「そんな事で尊敬されても反応に困るのだけど……」
急に二人が大人しくなったのはそれが原因だったか。
確かにこんなコンクリートジャングルでもし一人になってしまったらと考えるとゾッとする。今は咲のおかげで迷わずに済んでいるけど、咲が居なかったならこんなにスムーズに街を歩けていないだろう。
「まあ貴方たちも大変だったってことね。遅れた事にもそれなりの理由があったって事で少し罪を軽くしてあげるわ。事情がなんであれ同情はしないけれど」
「じゃあ何で遅れた理由を理由を聞いたんだよっ!?」
「手厳しい……」
辛辣なコメントを忘れないところが咲らしい。
二人も振り回されて可哀想ではあるけど、四十五分も遅れた罰がこの程度で済むと思えば優しすぎるくらいだ。
「さて、話は変わるけどご飯食べに行くわよ。本当は浅草の辺りでお店を探そうかと思っていたけど誰かさんのせいで予定が狂ったから仕方ないわね」
「「それは本当にごめんなさい……」」
「あはは……」
二人がしょんぼりした感じで息ぴったりに謝る。
何だか咲が二人を上手く手懐けて思うがままに操っているように見えてきて、思わず苦笑が漏れてしまう。
「で、どこがいいとか何を食べたいとかある?」
「俺はない!」
「僕も」
「私も〜」
「僕も同じく」
咲の質問に対して僕たち四人は即答。やっぱり考える事は苦手なのです。
「はあ……。考えることを放棄してない? まあいいけど。別にお昼ご飯がコンビニ弁当になるだけだし」
うっ、それは何か違う気がする……。
「そっそうだ! そういえば迷ってる途中でなんか美味しそうな蕎麦の店見つけたんだよなぁ。そ、そこにしようぜ!」
僕と同じく関くんも流石にこのままではマズイと感じ取ったのか案を出す。
「そうなの? じゃあそうしましょうか。やっぱり翔くんとは違って有能なのね」
咲はチラリとこちらを見やりながらそう言う。
なんで「僕とは違う」って所を強調するんですかねえ……。
「まあタダでは転ばないからな」
「それを言うなら『転んでもタダでは起きない』ね」
「ハイ、スミマセン……」
そりゃあタダで転びたいと思うような人は居ないだろうしね。もしかしたら人の為にとかになれば話が変わってくるかもだけど。――まあどちらにせよ僕には無理そうだ。
「さて、じゃあ関くんと田口くん、案内してもらえるかしら?」
「おう」「もちろん」
「あら、頼もしいのね」
まあ、何にせよコンビニ弁当は回避できたので二人には感謝しつつ、僕たちはその蕎麦屋へと向かった。
◇ ◇ ◇
「さて、昼食も済ませたことだし出発したいところだけど、そうもいかなそうね」
「いや〜結構時間押しちゃってるね〜」
「思ってたより店の前に列できてたし仕方ないよ」
「仕方ないと言えばそうなんだけれど……」
咲は困ったように俯きながらそう言う。
関くんと田口くんを待つのと、店の順番待ちをするのとで思ったより時間を食ってしまったし……このまま予定通りって訳にもいかなそうだ。
「やっぱり予定を立て直さないといけない感じ?」
「そうね、このままの予定で行けなくはないけれど、時間に追われることになるのは間違いないわね」
「ごめん、こうなったのも俺たちのせいだし」
「これくらい謝るようなことじゃないわ、臨機応変にいきましょう」
「そうだね、みんなで考えようか」
咲にしては珍しく怒るようなこともなく、むしろ前向きだ。――関くんたちが変わった事に影響でもされたのかな? いや、そうでもないか。咲は元々こう言う時には頼りになる人だった。ただ僕に対してはなぜか当たりが強いんだけどね……。
「元々の予定だと浅草に行ってから東京タワーだったよね〜。どうする、咲ちゃん?」
「どちらか一つを無しにするっていうのが一番簡単な方法だけど……」
「簡単にその案でまとまっていいのかって感じだよね。やっぱり、他にはどんな手があるか考えてみたほうがいい気がする」
「そうだな。俺も考えてみるよ」
五人全員が困難を乗り越えようと協力しているだと!? 今まで色々あったけどここにきてようやく班として纏まったって感じかなぁ。
人は失敗を経験してより成長できると言うし。やっぱり僕たちも成長したということなのかもしれない。
「一つ提案なんだけど、東京タワーじゃなくてスカイツリーに行くってのはダメなの?」
「たしかに、浅草に行くならそこから距離的に近い所にあるけれど……」
「スカイツリーなら浅草とで二カ所回れるってことか」
田口くんの案によって少し光明が見えた気がする。
東京タワーという案を消す事にはなるが、二つ回ることができるようになるいい案のように思えた。ただ一つ気になるのは――どうして咲はこの案を最初に言わなかったのかという事。僕が初めに浅草に行く案を出した時に東京の立地について詳しい咲がスカイツリーではなく態々少し離れた東京タワーをなぜ推したのか。あの時咲なら当然田口くんが今言った案が思い浮かんでいたはずだけど……。
もしかしたら、なにか東京タワーに行きたい理由でもあるのかもしれない。
「でも本当にいいの? スカイツリーなんてどうせこれから何回か行くでしょうし」
「それはそうかもだけど……」
「でしょう? じゃあ東京タワーに行った方が有意義だと思わない?」
「えぇ……」
なんて暴論なの!? 咲さんや、あなたもしかして何が何でも東京タワーに行きたいのね?
「確かに東京タワーの方がこれから先の人生で訪れる回数はスカイツリーよりかは少なそうな気がするけど……」
「まあ、スカイツリーと比べると若干見劣りする感じあるよな」
「見劣り…………? そんな事ないでしょ、貴方たちは黙っててくれないかしら」
「いや、なぜそうなる!?」
「理不尽だ……」
咲は関くんが『見劣りする』と言ったのが気に食わなかったのか、本当に理不尽にも二人のことを冷たくあしらった。ていうか、田口くんに関してはむしろ咲の意見に同意してるのになぜ?
ああ、咲は一体どうしてしまったんだ……。
「ごめんね〜。私も忘れてたんだけど、そういえば咲ちゃんは生粋の東京タワー信者なんよ〜」
「そうなの? てか東京タワー信者って何!? 聞いたことないんだけどそんな言葉……」
「簡単に言えば東京タワー好き好き〜っていう感じの人のことかな〜。あと、一部の過激派はスカイツリーに対立感情を抱いてるんよ〜。『新参者のくせにー』とか」
「なるほど、分からん」
僕が普段の姿とはかけ離れてしまっている咲の姿に困惑していると、佐藤さんが説明に入ってくれた。
まあ、説明されてもよく分からないんだけど。
「本当は東京タワーが観光名所としては見劣りするかもしれないし、スカイツリーもそれはそれでいいなって思ってるのになかなか素直になれないんだよね〜?」
「う、うるさい……っ! そんなことないわよ」
佐藤さんは微笑ましいものを見るようにそう言うのだが、そのせいで咲は何だか恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。どうやら図星だったらしい。
「ほらほら〜素直になっちゃいなよ〜」
「くっ、風香……あなたさてはスカイツリー派の回し者ね!?」
「ふっふっふっ、バレてしまったなら仕方ない……。お前もスカイツリー派にならないか?」
何だよスカイツリー派って!? それに佐藤さんもノリノリで役を演じようとしないでくれ!
はぁ……。こういう時はいつも咲が頼りになるんだけど、生憎と今日はボケ担当に回っちゃってるからなぁ……。
「まあいいじゃん、東京タワーも。知名度もあるし、昔からあるし……街のシンボルとして結構良いと思うよ」
「やっぱりそう思うわよね? 翔くんは見る目があるわ」
「なぜだろう、褒められてるのに微塵も嬉しくない……」
全く、さっきまでいい感じに話が進みそうだったはずなのに、なぜこんな事になってしまったんだ。このままではまずい、軌道修正しなければ。
「話を戻すけど、僕からも一つ提案していい?」
「ええ、もちろん構わないけれど……何かしら?」
話す許可をもらった事だし提案させてもらうことにしよう。
「浅草には行かずに東京タワーに行かない?」
「え……?」
咲は僕の提案に目を見開いて驚く。見れば他のみんなも同じような反応をしていた。
「それ、本気? 私の事は気にしないで良いのよ、あれは半分冗談だから」
いや半分は本気だったんかい……。
「あの時浅草に行くことを提案したのは本当に行きたいと思ったからじゃなくて、こう言っちゃなんだけど半分その場のノリというか、深く考えて言ったわけじゃないからさ。正直なところ僕としては行かなくてもいいかなと思ってたんだよ」
「そうなの?」
「確かに咲ちゃんにほぼ無理やり案を出させられてたもんね〜」
「ちょっと、無理やりって言い方悪いわね。私はただ『何か案を出した方がいいんじゃない?』と優しく言ってあげただけでしょう?」
「それはいくら何でも無理があるでしょ……」
僕の記憶では咲に優しくというよりも圧をかけられたような……。
「まあともかく、僕は成り行きで決めたところじゃなくて、本当に行きたいって思ったところに行くべきなんじゃないかと提案させてもらうよ」
「じゃあ多数決をとりましょうか。東京タワーか、それともスカイツリーか……」
「その言い方は誰も幸せにしないでしょ……」
東京タワーを選べという無言の圧を感じるし、もしこれでスカイツリーが選ばれでもしたらショックを受けるのは一体誰だと思ってるんだ。
「で、みんなはどっちがいいかしら?」
「お、俺は東京タワーを選ばせてもらうっ!」
「僕も東京タワーで!」
「私もそうする〜。死にたくはないからね〜」
「死にたくはないって随分と直球だね……。じゃあ僕も東京タワーを選ぼうかな」
もしかしなくても、みんな咲の圧に押されて選んでるよね? まあ仕方ないか、咲ならスカイツリーを選んだところで別に怒ったりをしないんだろうけど……そう分かっていても危険を冒してまで選んでみようとは思わないもんね。
「分かったわ、じゃあ多数決で民主的に決まったことだし東京タワーに行きましょうか」
「や、やったー。タノシミダナー」
関くんは咲の言葉に対して抑揚も感動も何もない声で喜びを表現する。
彼の姿を見ていると何だか悲しくなる。数時間前まであんなに自信たっぷりに振る舞っていたのに、一体彼はどこで間違えてしまったんだろう……。まあ、それは間違いなく道に迷って集合時間に遅れて、それで咲に叱られたのが原因なんだけど。
それにしてもさっきの多数決を民主的と言って良いのだろうか? 形は多数決だったけど圧かけられてたし、言論の自由はいずこへ……?
まあそんなこと気にしてても仕方のないことか。これで僕が適当に決めた所が選ばれてしまっていたらその時は僕が罪悪感のようなもので苦しんでいただろうから。
「じゃあまずは駅に行かないとだね〜」
「そうね。……みんな歩けるかしら?」
珍しく咲が気を遣ってくれる。こんなこと滅多にないからつい裏があるのではと気にしてしまうけど、こんな事に裏も表もありはしないだろう。
「僕は大丈夫だよ。足もだいぶ回復してきたし」
「私も全然いけるぜ〜!」
「俺もまだ歩けるぞ」
「僕もいけます!」
どうやらみんなそこまで疲れてないらしい。僕はまあ疲れやすいからみんなに置いていかれないか心配になるけど……まあ大丈夫だろう。根性はあるからね。
「そう。じゃあ行きましょうか」
咲はそう言うと、先頭に立って駅へと向かって歩を進める。僕たちもその後ろをついていく事になった。
ちゃんとついて行かないとな。関くん達みたいにこの都会のど真ん中で一人迷うなんて事にはなりたくないし。
ああ、そう思うと咲が本当に頼りになると改めて思うな。失敗を繰り返さないためか、関くんと田口くんが咲の後をぴったりとくっついていっているのも納得だ。――くっつかれている咲の方は勘弁してくれとばかりに嫌そうな顔をしているけど……。
と、咲の方を眺めてそんなことを思っていた時、僕はトントンと背中を軽くつつかれるのを感じた。
何だろうと思い後ろを振り向く、すると指を僕の背中にあてる佐藤さんの姿があった。
「ねね、日野くん、ちょっと話でもしない?」
「へ……? べ、別に構わないけど」
「やった〜!」
全く無防備だったところに突然来るものだから思わず取り乱してしまった。佐藤さんも意地悪なことをするものだ。まあ本人に悪気は全くないんだろうけど。
「それで話って?」
僕は咲に置いて行かれないように歩きながら佐藤さんにそう聞く。
「別にこれを話そう!っていうのはないんだけどね、色々話したいなぁって思ったんよ〜」
「そうなんだ」
「そうなの〜。じゃあさ、付かぬ事をお聞きするんだけど……浅草、本当に行かなくてよかったの?」
一体どんなことを聞いてくるのだろうかと身構えていたけど、聞かれたのはそんなことだった。でも、妙に真剣そうに聞いてくるな。
「僕はそう思ってるけど、もしかして佐藤さんは違かった……?」
「へ? う、ううん! 私は全然そんな事ないんだけどね、もしかして日野くんは咲ちゃんのために譲ってあげたのかなぁって思っちゃって。だとしたらそれは日野くんにとっても咲ちゃんとっても良くない事だからさ〜」
「咲にとっても……?」
「うん。日野くんが咲ちゃんに気を使う必要はないんよ。そうしちゃったらそれこそ咲ちゃんを悲しませちゃうだろうしね」
佐藤さんはそう言うけど、言われてもその全ては分からなかった。咲のことを分かったような気でいたけど、実際は何も分かってなかったんだなあと痛感する。
「分からないって感じの顔してる〜」
「うっ……」
「おぉ、図星みたいだ〜」
そんなに顔に出てしまってたのか、恥ずかしい。……やっぱり佐藤さんはちょっと意地悪なことをする。
「じゃあさ、一つ質問していいかな?」
「なに?」
「……日野くんにはさ、咲ちゃんってどんな子に見える?」
佐藤さんはさっきとは雰囲気がガラリと変わって、本当に真面目に、僕にそう問いかけた。
この感じだと、特にこれを話そうという話題は無いと言っていたけど、どうやらそれは嘘で、本当はこれを話したかったんだろう。
それで、僕の咲に対するイメージはどんな感じかってことだよね?
色んなことを卒なくこなして、頼りになって、心強くて……みんなを引っ張ってくれるような人。というのが僕が今感じる咲の素直なイメージだ。
僕はそれを佐藤さんに素直に伝える。
「そうかぁ、そうだよね〜。やっぱり、日野くんもそう感じちゃうかぁ……」
すると、佐藤さんは何とも言えない表情で小さな声でそう言った。――いや、どちらかと言えば呟いたと言った方が正しいかもしれない。
この様子だと僕の言葉は佐藤さんの期待していたものとは違ったようだ。
「……佐藤さんは違うの?」
「そうだね、私も今の咲ちゃんの姿を見てそう思うよ。でも、こうも思うんだ。……本当に咲ちゃんは頑張り屋さんなんだなぁって」
頑張り屋、か。
佐藤さんの言った言葉は咲を表すのにピッタリだった。
「日野くんの中にある咲ちゃんのイメージって、元からそんな感じのだった……? 多分違うんじゃないかな〜、って私は思うんだけど」
「そうだね。初めて会った頃は今よりもっと……こう、態度が柔らかくて、もう少し弱そうな感じがした?ような気がする」
「……なんだ、ちゃんと分かってたんだね」
変化は確実にあった。それは僕も薄々と感じていた事だ。咲は間違いなく前よりも強くなった。そして僕はそれを良い事だと思ってあまり気にしてなかったけど……。
――それは果たして本当にそうなのか?
「『頑張る』は『精一杯』とは違うんだよ。精一杯っていうのは自分の力を出し切るっていう意味だけどさ。頑張るって言うのはね、耐えて耐えて耐えて、努力を重ねて自分の力以上の事をしようとするって事なの。
何のためかは分からないけど最近の咲ちゃんはもうずっと一人で頑張り続けてる。私、もうこのまま見てるだけなんて嫌で……でも、どうしてあげるのが咲ちゃんにとって良いのかよく分からなくて……。日野くんはどうするのが正解だと思う?」
佐藤さんは助けを求めるように僕にそう問いかける。
まるで自分の事のように、真剣に。
ただそれは満点の正解なんてない問題。佐藤さんも悩みに悩んで納得のいく答えが出なかったから僕に相談してきたんだろう。
なら応えてあげたい。僕なりの精一杯の答えを出してあげたい。
「きっと咲なら『気にしないで』って言うんだろうけど、それじゃあ嫌だよね。
僕たちに今できることは……咲の悩みを聞いてあげたり、手を貸してあげたりとかだけど、それがどれだけ咲の負担を軽くしてあげられるかどうか」
「そう、だよね。悔しいけど私にもそのくらいしか思いつかなかったんだ……。自分で相談しておいてだけど難しい質問だよね」
「そうだね」
咲の抱えている問題は複雑そうだ。と言うのが今僕の感じているところだ。
家族関係で何かしらの問題を抱えているらしいのは知っている。しかも、それに加えて咲は学校でいじめまで受けている。最近は落ち着いてきたとはいえ咲の心にどれだけの負担がかかっているかは想像に難くない。
心理学とかのプロでも何でもない僕たちがその重りを取り払うことは難しすぎるような気もする。……それでも、これはやるべきことだ。
「日野くん。私はね、咲ちゃんを元気付けてあげるのは日野くんにしかできない事のような気がするんだ」
「僕にしか……ってそんな事はないでしょ。むしろ佐藤さんの方が僕より適任で――」
「ううん。きっと私の力じゃ無理なんだと思う」
佐藤さんは僕の言葉を遮ってそう話す。顔は微笑んでいるけど、どこか悲しそうで……複雑な表情をしていた。
「日野くんは咲ちゃんにとってきっと特別だから。咲ちゃんも日野くんのことは本当に信頼してるみたいだし……。それに、日野くんに助けてもらったことが支えになったって言ってたよ。
それに比べて、私はきっとどうやっても咲ちゃんの『重り』にしかならないんだ。私は咲ちゃんに助けられてる側の人間だから」
「助けられてる……?」
「そう、助けられてるの。
私、本当はあまり自分を表に出すような人間じゃなくてね、周りに合わせることばかり身についちゃって……いつの間にか自分っていうものの形が私自身にも分からなくなっちゃってたんだ。でもね、咲ちゃんはそんな私を連れ戻してくれたの。自分を表現することは怖いことじゃないって、教えてくれたんだ」
「そんな事があったんだ」
「そうなの! だからね、私は咲ちゃんのこと大好きになったんだ」
全くの初耳だった。咲は僕の知らないうちにそんな事をしていたのか。――ただ単に僕が情報に疎いってこともあるかもだけど。
「……それでも『重り』だなんて、そんなことないと思うよ。咲はそんな風に感じてないだろうし、それこそ咲のためを思うなら、そう考えるのはよくないよ」
「あはは、そう言われると弱いなぁ……。でもそうだね、日野くんの言う通りだ」
咲はきっと自分を傷つけてでも他人を庇うような人間だろう。でも、だからこそ人一倍重りを抱えている。……このままではいけない。
僕は、改めて覚悟を決めた。
「……よし、僕もなんとかやってみるよ。咲だけに前を歩かせるわけにはいかないでしょ?」
「そうだね、せめて隣にいてあげられるようにならないとだね」
僕たちはそうして、咲の負担を軽くするべく立ち上がったのだった。




