彼女は何でも知っている
屋台では適当に選んで買ったせいで、とっても辛いお肉の串に当たったり酷い目に遭ったりしたけど、でもすっごく楽しかった。
それに、あの後何日か分の食材を市場で買ったのだけど、私もユイも見たことのない物が沢山売っていて、新しい物だらけでつい二人してはしゃいでしまった。
因みに買ってきた食材は《異空間収納》という、物を異空間に仕舞える魔法を使って保存している。
ーー『保存』というのは、なんでも、異空間では時間が止まっているらしく物が腐ることは無いらしいのだ。
簡単に言えば便利な冷蔵庫って感じかな。ーーそんな簡単にまとめるのはちょっと魔法に失礼かもだけど。
さて、ここまで魔国の観光を満喫してきたけれど……実は私達がこうして外へ出てきたのは観光だけが目的ではない。
何を隠そうーー革命団とかいう例の組織にお呼び出しを喰らっていたのだ!
家でくつろいでいると何やら外で物音がした気がして窓から覗いてみると、家の前に手紙が括り付けられた矢が刺さっていた。
本当に、それを見つけた時は心臓が飛び出るかと思った。
果たし状といい、これは咲の好みなのか、それともお姉ちゃんの好みなのか……。
どちらにしろ本当に驚くからやめてもらいたい。
閑話休題
話が逸れたけど、結局のところ私達はまたあのビルへと向かわなくてはならないという事らしい。
しかも今度は例の……僕が咲に返り討ちにあったあの部屋の奥へと行かなくてはならない。
何というか私はあまり気乗りしないけど……でも行かなければさらに状況が悪化するのが必至なので、逃げ出すことはできないのだ。
「じゃあユイ、そろそろ行こっか?」
「うん。…………でも、本当に行かなくちゃダメなの?」
ユイはどうやら行きたくないみたいで、私の服の裾を摘みながらそう言った。
……ユイの心配そうな顔を見れば分かる。ユイは咲とは打ち解けたみたいだけど、やっぱり革命団という組織の事が怖いのだろう。
私だって一度やられたんだし、名前が『革命団』って、いかにもな感じだし怖くないと言ったら嘘になる。実際、今も少し足が震えているし。でも、呼ばれたからには行かなきゃどうなるか分からないのもまた事実。それに、今の私たちの知りたい情報を例の組織が握っている気がしてならない。
「ごめんね、行かなきゃいけないだけの理由があるの」
「…………分かった。なら私はお姉ちゃんを困らせるような事は言わない!」
「ありがとう、ユイ」
ユイには悪いとは思うけれど、でもここは無理を言ってでも行ったほうがいいのだ。でも、無理を言う代わりに何があってもユイを守る。
私はそう心の中で決意した。
◇ ◇ ◇
少し近代的な建物と、ザ・ファンタジーって感じの建物が入り混じる通りを抜けて、私たちは例のビルの前までやってきた。そして、何処となく漂う威圧感に固唾を飲み……ビクビクしつつも中へと入る。
すると今朝来た通りの綺麗で高級感の漂う……それでいて落ち着いた空間が広がっていた。
本当にここだけ見れば素晴らしいのだけどーー残念ながら私達の用はここには無い。
受付カウンターに立つ女性に軽く会釈をして、私達は例の『staff only』と書かれた扉の前までやってくる。
そして、やけに重く感じるドアノブに手をかけ……警戒を最大限に強めたまま一息に開け放った。
ーーもちろん、そこに何かが待ち構えている……なんてことは無かった。
「……ふぅ、これは関門突破って言っても良いのかな?」
「そうだね、とりあえず一安心かなぁ」
私たちは扉の先の小さな部屋の中で、壁に寄りかかって一息付いた。
ここから先がどうなっているのか分からないけど……手紙には小部屋を抜けた先ーー要するに今入ってきたのとは別のドアの先からは一本道だと書かれていた。
一本道というなら襲われたとしても対処はしやすい。
だから、この小部屋で襲わないというなら少し警戒を解いても問題はないはず。
まぁこの扉の先で襲われるとしても、少なくともここは安全だろう。
『ここは革命団の本拠地だ。分かってるとは思うが、あまり気を緩めすぎるなよ』
「ん、もちろん」
シオンの言う通り、気を緩めすぎるのも良くないよね。
という事で、パチンと頬を叩いてまた気持ちを切り替える。
「さて、行こっか」
「……うん」
これ以上ここに居ると警戒心が緩んでしまいそうなので、先に進むことに決めると早速ドアに手をかけ、開いた。
「なに……これ……?」
その先を見たユイが驚きの声を漏らす。
ユイが驚くのも無理はない、私だって思わず息を呑んでしまった。
ーードアの先にあったのは、さっきまでの落ち着いた雰囲気の部屋とはかけ離れた、この世界からすればあまりにも異質な光景だった。
壁や床全体が何かの金属のような物で覆われており、それが天井の蛍光灯のような物の光を受け銀色に輝いていた。
それに、壁の側面には何かの配線が配管か……よく分からない物がびっしりと張り付いており、より一層不気味さを引き立てている。
SF映画でしか見ないような近未来的な空間……本当に、ここだけ世界が違うみたいだ。
「ーーん?」『む……?』
その時だった、目に見えない何かが私の体に纏わり付いたような気がーーーーいや、確かに目に見えない透明な膜のようなモノが私を覆おうとしている。何よりそれを察知したからかシオンも私と同じように反応している。
これが何かは分からないけど、兎に角良いようにされて良いわけがないだろうと、私は無理矢理それを振り払う。
すると、多少抵抗はされたが剥がすことに成功した。
だけどーー
「痛っ……なに、私の周りに……何これっ、引き裂かれるっ!?」
ーー隣でユイが驚きの声を上げたと思ったら、その次の瞬間……一瞬にしてユイの表情が歪んだ。
「ぐっ!?……ぁ、ぁああ゛あ゛!!」
痛みから逃げるように身を捩るユイ、だけど痛みは徐々に増していっているようだった。
『まずい、早く《魔法解除》を!』
「う、うんっ……!」
シオンの言うように私はユイの方へ向けて《魔法解除》を発動する。ーーだけど対象指定の甘い《魔法解除》では苦痛の元を取り除くことは出来なかった。
「ど、どうしよう……!」
足腰が竦んでしまって思うように動けない、ユイの絶叫が思考を掻き乱す、助けなきゃって分かってるのにどうしたらいいか分からない……。
『馬鹿ッ、ユイの《変身》を解けって言ってるんだ!!』
「え、う、うん……っ!」
どうしてかなんて考えるより先に動いていた。私はユイの体に魔力を送り《魔法解除》を試みる。ーーそして、そこで初めて分かった。
何かがユイの周りに纏わりついてる?……それに、私が《魔法解除》する前に既に《変身》が解けかけてーーというより無理矢理剥がそうとされてる!?
私と同じように何かがユイの周りに纏わりついてるのだと、そう理解した後は早かった。《変身》を《魔法解除》して、後はユイに纏わりついているナニカを吹き飛ばす。
「《治癒》」
そして念の為ユイの体力を回復させる。
「ハァ……ハァ…………」
ユイは肩で息をして、ぐったりとした様子だけど……なんとか辛そうな表情は取り払う事ができたみたいだ。
「良かった……」
私は安堵からか、それとも緊張が緩んだからか、その場にへたり込んでしまう。
追撃の可能性は考えた。でも多分あれは自動的なーー扉の先へ進もうとする者に対する罠のようなモノだと思う。
扉を開けた時、実は確かに何か違和感のようなものはあった。ーー私もシオンも確信が持てずに無視してしまうレベルの些細なモノではあったけど……。
ーーその結果がコレだ。
あれだけユイを守ると息巻いていて早速この様だ。つくづく私は弱いと、そう思う。力だけ持っていてもダメなんだ、少しの油断で、判断ミスで、注意不足で……大切な人を守る事ができなくなってしまう。
それに力の使い方もまだロクに分かっていない。ーー正に宝の持ち腐れってやつだ。
「……お姉ちゃん」
ユイは息が切れて辛そうなのを我慢して、私に何かを伝えようとする。
正直その先の言葉が怖かった、でも……
「……ありがとう」
確かにユイはそう言ったんだ。
『シュナ……』
「分かってる、今回は偶々でしょ……?」
シオンが居て、それで直ぐに対策法が分かって、そして簡単に対処できて……そもそも《変身》を剥がそうとするだけで傷を与えるようなモノでは無かった。それにーー
「出てきなよ、居るんでしょ?」
「ーーッ!?」
通路の先に誰かいるのは分かっていた。そして彼がさっきの魔法を使ったわけじゃないことも。
私は立ち上がって彼の方をじっと見つめる。すると、すらっとした魔族の男が現れた。
「し、失礼しました。シュナ様とユイ様でお間違い無いでしょうか……?」
「うん」
そう言う魔族の男は紳士的にそう言うけど……少し声が震えている。ーーその理由は……まぁ、間違いなくさっきのだろう。
「別に、貴方には怒ってないよ?」
「そ、そうですか……?」
緊張をほぐしてあげようと思ってそう言ったんだけど、あまり効果はなかったみたいだ。
「で、貴方は何をしに来たわけ?」
「え、ええ……ぜひ案内を、と」
案内? 一本道と聞いているけど……。なら、ただの出迎えなのかもしれない。まぁ、それが嘘にしろ本当にしろ、私達をこのまま放っておくわけにはいかなかったんだろう。
「それで、この先少し歩きますが……動けますか?」
私は問題ないけど……心配なのはユイの事だ。
「歩ける……? 無理ならおんぶするけど……」
「なら、おんーーーーだ、大丈夫、歩けるよ!」
ユイに聞いてみると、大丈夫と言う声が返ってきた。ーー遠慮する事ないのに……。
「では、行きましょうか」
「うん」
その後は男に連れられて五分ほど道を歩かされた。
曲がりくねっていたり、階段で下に降りたり、上がったり……一本道とはいえちょっと大変な道のりだった。
でも、向かう途中は男から「こちらの不手際で申し訳ありませんでした」という話を永遠にされて……でも、イジワルな言葉を返した時のその男の反応が面白くて退屈はしなかった。
悪い事をした、とは思うけど……。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいーーシュナちゃん、ユイちゃん」
「咲……! うん、お邪魔してます」
長く続いた廊下の先にあったのは、すごく重厚感のある扉?だった。
魔族の男の人ーー名前はバルヘルトと言うらしいーーが扉の隣にあった装置に目を近づけて……そしたら重そうな扉が横にスライドして開いた。
多分あれが虹彩認証とか何とかいうやつなのだろう。
さて、その扉の先は大きな広間になっていて……私達は今そこで咲と再会したのだ。
「……気を使わせちゃってごめんなさいね」
「ううん、気にしないで」
「ありがとう」
今の私は翔ではなく、あくまでもシュナとして来ていると、そこまで考えて気を遣ってくれる咲はやっぱり神なのだ!
「よし、じゃあ二人も来てくれた事だし……始めてもいいかしら?」
「う、うん。そうだね」
部屋には兵士と言うのか分からないけれど。強そうでカッコいい人たちが沢山いた。全員が私達の方に向き直っているのが正直怖くて緊張してしまう。
『緊張してるみたいだな』
そんな私の心の内を見透かしたようにシオンはそう言う。やっぱりシオンには私の思う事は筒抜けなのかな?
というか態々そんな事言わなくていいでしょ、シオンのイジワルぅ……。
と、そうしてシオンに愚痴を吐いて緊張を和らげようとしていた時だった
「ーーちょっと待って」
部屋の奥の方から声が聞こえた。
声質からして子供のような気がするけど気のせいだろう。子供がこんなところにいるはずが無いし。
いや、私とユイは別としてね。
そんなことを思っていると、兵士たちの間を掻き分けて――いや、どちらかと言うと足の間を潜り抜けて一つの小さな人影が私達の前へ現れた。
「団長……」
咲から少しあきれた様にそう言われたのは、小さな体のわりに不自然な大きさの茶色い帽子を被った少女――革命軍の団長さんだった。
まさか怖そうな組織の団長さんが、こんなに可愛らしい子供だったとは……正直びっくりだ。
「それで、本当にこの子はあの女の子なの?」
そして、その団長さんは私の姿を下から上に見上げるような形で確認するとそう言った。
確かに今の私は幼女の姿ではないけど、どうやら彼女が言いたいのはそういう事ではないようだ。
「はい、正真正銘そうだと言えますけど。……何か気になることがあるんですか?」
団長さんの質問に咲は丁寧に返す。でも、まだ私のことを疑っているみたいだ。
「…………色が少し違う」
「えっ、色?」
突然団長さんがよく分からない事を言うので、ちょっと戸惑ってしまう。
「声の色……魂の色が微妙に違う。いや、少しずつ色が変化していて、不規則で不安定な色」
「……?」
首を傾げてしまう。だって、何のことだかさっぱり分からないのだ。だれか、説明が欲しいっ……!
私がそういう思いで咲の方に目線を送る。すると、それに気がついた咲が私に説明してくれた。
「団長は、人の発した声が音だけでなく色でも感じ取れるのよ。……なんでも、それが一人一人特有の色で魂の色だとか」
「へぇ……なんだかすごいね。でも、私の色が不安定ってどういう事なんだろ?」
団長さんが珍しくて凄そうな力を持っている、というのを知ってさっきの言っていることが少し分かったけど……。うーん、団長さんにしか分からない世界なんだろうけど、不安定っていうのは少し気になるなぁ。
声の色は魂の色――ってことは、もしかしてもしかするのかな?
「それって、もしかして私に魂が二つあるっぽいのが関係してるのかも……」
「え? えっと、魂が二つ……?」
私の魂と僕の魂が、不安定にこの体に一緒に入って共存しているから。なんだったらシオンを含めてしまえば三つもあることになってしまうから色が変化して――ってなるのかも。
「もしかして、それってその体の魂と、貴方の前世の…………」
「うん、そうだけど」
あれ、私この子に前世の事とか話した事ないよね。初めて会ったばかりだし。――ああいや、思い出せないだけで本当は一度会っているらしいけど……もしかして、その時に話したのかなぁ。
「……話してたっけ?」
「いや、色々とあなたについては調べさせてもらったんだけど……」
「何それ怖いっ!」
いつの間にか自分の事についてついて調べられていたと知って驚いてしまう。
でも、しれっと衝撃的な事を口にされたからしょうがないね。
「魂が二つって事は少し予想外だったけど……という事は、あなたは本当に日野さんなんだね」
「……何で名前を知ってるのかもびっくりだけど、色々調べられていたなら知っていて当然なんだよね」
「確かに色々と調べたけれど、私があなたの名前を知っているのはそれが理由じゃないよ? 元から知っていたの」
「どういう事……?」
あれ、私や僕について色々と知っているのは調べたからだけってわけじゃないの? じゃあ、咲に色々聞いたって事かな?
なんて、私はそんな風に考えていたけれど、正解はもっと衝撃的なものだった。
「私とあなたは少しの間だけ会っていた事があるんだよ。…………そう、私は確かあなたから『ちゅうたろう』だなんて呼ばれていた」
――――えっと、えっ?
「マジですか?」
「大マジだよ」
……言葉が出ないってまさにこういう事を言うんだなぁと実感した。予想の斜め上過ぎて、思考が少し追いついていない感じがする。
「えっと、まぁ…………成長したね?」
私の口からはそんなおかしな言葉しか出なかった。




