魔国の洗礼
とうこうひんどがひどいよー♪
(とうこうひんどがひどいよの歌)
よく晴れた昼下がり、私はユイを連れて外へと出ていた。――正確に言うなら復活したシオンも一緒である。
なんだか数日の間に色々とあって、この三人で外を歩くのもすごく久々な感じもするけど、実際はそんなに時間は経ってないんだよね。
でも今は魔国へ来る時とは姿が違うし、こうしてのんびりと外の街を散策するのもなんだか新鮮な感じがする。
「どう、何か食べたいものある?」
「うーん、ちょっと色々多すぎて迷っちゃう」
ユイは道の端に並ぶいくつもの屋台を悩ましそうに見回していた。
そう、少し遅くなってしまったが私達は軽めの昼食をとろうと商店街の辺りを彷徨いていた。所謂食べ歩きというやつだ。
お金は実物を一目見ればいくらでも作り出せるので、そこら辺の心配は無い。それに、いざとなれば金目になりそうな物を作ればいいし。
「そうだね……じゃあ、ああいうのは?」
私はある一つの屋台を指差してそう言う。
「あれは……もしかしてオモンの実なのかな?」
屋台にはハンドボールより少し小さいくらいのサイズの、蜜柑に似た橙色の果物が山積みになった箱があった。
多分あれは前世でもあった、果物に穴を開け、果肉を潰して丸ごとジュースにして、そこにストローをさして中身を飲むタイプのやつだ。
手間もそこまでかからないし、やっぱりどこに行っても考えることは一緒みたいだね。
「あれオモンの実って言うんだ。よく知ってるね」
私は正直異世界にも同じようなものがあったことよりも、ユイの博識具合には驚かさせます……。
「まあ料理人や美食家の間では有名だからね。でも、オモンの実って物凄く美味しいらしいけどあまり市場に出回ら無い事で有名で、私も食べたことがないんだけど……それがあんなに無造作に積まれてるって、どういうことなんでしょう?」
「へぇー、それを聞くとおかしいとは思うけど……」
ごめんだけど、私は物凄く美味しいらしいというところに惹かれたね!美味しければ何でもいいのだ!――――いや、やっぱりだめかな?
でも、こういう時に役立つのがそう……シオンなのである!
「オッケーシオン、オモンの実について教えて?」
『え?ああ、俺の出番か……』
小声で尋ねるとシオンは快く引き受けてくれた。――断じて『えっ、そんな事で呼び出すの?』みたいな態度はされていない。
『人族の間ではどうかは知らんがオモンの実自体は魔族の間では生産量も普通にあって割とポピュラーではあるな。
因みに味はお前らが期待するほどでは無くて、良くも悪くも普通だったと記憶しているが……人族だと少し違うのか、お前らの舌がおかしいのか……』
「ファ⚪︎キューシオン、ありがと!」
『――!!?』
私は最後の言葉がどうしても聞き捨てならなくて、全力の笑顔でシオンにそう言ってやった。
因みにが要らんのだよ、私はいいけどユイの事は馬鹿にしないでよねっ!
「ええと……それでシオンさんは何だって?」
と、シオンに対して毒を吐いているとユイが少し引き気味にそう聞いてきた。
まさかユイはこの言葉の意味を知っていたのかな?
でも、おおよそ私の口から出たとは思えないくらいの罵声をシオンに浴びせていた事ぐらいは察しがついてるのかもしれない……。
これはまずい、非常によろしくない。
「ええと、オモンの実は魔族の間では割と流通してるらしいよ。
あと、さっきユイに聞こえないのを良いことにシオンはとっても良くない悪口を言ったからシオンに敬称なんて付けなくていいからね?」
「う、うん……」
どうやらこれは逆効果だったらしいと、言い終わった後で理解した。
くっ、これも全てシオンのせいだ……。
こんな日は何か甘いものを飲んで忘れさせるしか無い!
「で、私は買うつもりだけどユイはどう?」
「私にも一つちょうだい!」
即答だった。
分かるよ、やっぱり甘いものは正義だよね……。
「じゃあ買ってくる!」
私はユイにあそこまで頷かれたのが少し嬉しくて、屋台の方へと飛び出した。
「ーーオモンの実二つ下さい!」
「え、ああ……二つで60キソだよ」
山積みになっていたオモンの実に気を取られて意識していなかったけど、お店に立っていたのは優しそうなおばちゃん魔族だった。
突然やってきた私に困惑しているみたいだけど、そんな事気にしないね!
それにしても、キソっていうのが魔国のお金の単位なんだ。
――っていうかどうしよう!勢いで飛び出してきちゃったけどそういえば私肝心のお金の見た目とか何も知らない!
我ながら何という失態、知らなければ当然魔法でもお金は作り出す事ができないし……手ぶらでユイの元に戻るのも締まりがない!
と、その時、本気で困っていた私にシオン様が御助言を下さった。
『はぁ……。怪しまれないように机の上に置いてある金の入った箱を見ろ。その中にある少し大きめの銅貨が10キソだ』
ああ、なんて優しいのだろう……。シオン様、貴方様を侮辱した私が間違っていました。
私はシオン様に言われた通り、こっそりと屋台の机に置いてあった集金箱の中身を見る。ーー蓋は開いていたので難なく見ることができた。
そして、服のポケットから取り出した財布の中を漁るふりをして《創造》を発動し集金箱の中にあったのと同じ形の銅貨を財布の中に作り出すとおばちゃんに六つ渡した。
「毎度あり!」
私の作った偽物の銅貨は本物とは少し違う部分はあっただろうけどバレなかったようで、ちゃんと受け取ってもらえた。
「それにしても、二つってことは連れもいるのかい?」
「はい。居ますけど……」
「へぇ……じゃあ彼氏さんかな?」
「……なっ!!?そ、そんな訳ないじゃないですか!?」
な、急に何を言い出すのこのおばちゃんは!?
「あら、違かった?あんたみたいな可愛らしい子、男なら放っておかないと思うんだけど」
「本当ですか……?」
なんかそう言うことを言われると少し心配になってしまう。
男の人と付き合うってことに拒否感みたいなのが凄いあるとかじゃないんだけど……沢山の男から言い寄られる姿というのは僕には流石にちょっとくるものがある。
まあ今はユイがいるし、私は十分満たされているのです。
「それに、その首飾りもよく似合ってるし……さては贈り物でしょう?」
「え、よく分かりましたね!?」
さてはこのおばちゃんエスパーだな!?
「まあ私も若い頃はそれなりに……っと、はい、おまちどおさま」
「えっ、あ……ありがとうございます」
いきなり出来上がったやつをポンと出されてそんなことを言われたので少し驚いてしまった。
いや、会話の内容が恥ずかしすぎて周りを見れてなかったのが悪いんだけど……あまりの手際の良さにびっくりだ。
ただ出来上がったやつを見て思ったのだけど、ストローの変わりなのかは分からないけど何かの植物の茎が刺さっているのが僕からしたら凄く変だ。
「これってこの茎を使って飲めばいいんですか?」
「ああ、それが嫌なら直接飲めばいいと思うけど」
「ど、どうやってですか……?」
「そりゃあ、こう、ガーッと」
おばちゃんは箱からオモンの実を一つ取って持ち上げて、中身を絞り出して飲む真似をした。
「おぉ……わ、ワイルドですね」
「ははっ、ワイルドだろぉ」
……。
――私達の間に暫く沈黙の時間が流れた。
だってしょうがない、そう言って笑うおばちゃんの姿は僕には圧倒的既視感があったのだから……。
「……急に固まって、どうしたんだい?」
「い、いえ、何でもないです!ありがとうございました」
「ん?ああ」
「あとその……これあげます」
私は《創造》を使うと小さな金塊を作り出して、それをおばちゃんに渡す。
「え……!?こんなの貰えないよ!」
「いえ、貰っておいてください」
「だけど――「でないと私の気もすまないので」
「…………そうかい、ならありがたく貰っておくよ」
おばちゃんは私の押しに負けてそれを手のひらで握った。
言葉を遮ったり多少強引すぎたかなとは思うけどそれは許してほしい。
だっておばちゃんのユーモアに触れていると、こんなに適当に作った偽物のお金を渡すのも申し訳なくなってしまったのだから。
お詫びと言っては何だけどそれくらいは渡したくなってしまった。
「……ところであんた、名前はなんて言うんだい?」
「名前ですか?シュ――――シュンです」
おおっと、危うく本名を漏らすところだった。今後に障るかもしれないから姿を変えているときは名前も変えておかないとね。
偽名は適当になってしまったけどこの街に長く居るつもりもないし問題ないだろう。
「……そうかい、覚えとくよ!ありがとね!」
私はそう言ってにっこりと笑うおばさんに笑顔を返し、そのままユイのところへと戻ろうと歩き出す。
けど、その途中でシオンに話しかけられた。
『本当に良かったのか?』
「ん、どうして?私はそうしたかったからやったんだよ?」
どうやらシオンは私の行動をあまり良く思っていないのか、そんなことを言ってきた。
『別に咎める気はないし、あれが悪いこととは思ってはいないが……少し優しすぎやしないか?
俺もあまり言わないようにしていたが、人族であれ魔族であれこの世界の奴らに情を移しすぎればいざという時に判断が鈍るかもしれんだろ?』
「それはそうかもだけど……でも嫌だよ。別に誰かの為って訳じゃないけど、できる事なら優しい人には優しくありたいから。
それに、私はもう世界を救うって決めたんだし」
確かにシオンの言うことはもっともだけど……でも本当にその通りでいいのかと言えば、そうじゃない気もする。
そしてそれは複雑なようで単純に、私はきっと私の思う『いい人』でありたいと思っているからなんだろう。
『ん……?ちょっと待て、どういうことだ』
「そうか、シオンには理解できなかったか……」
どうやらシオンには私のこの崇高な考えが分からないらしい。これは一からみっちりと分かりやすく説明してあげるしかないね。
ーー実のところ私自身も自分がどうしたいのか、完璧には分かってないんだけどさ。
『いや違う、そうじゃない。お前世界を救うことにしたのか?』
「うん、そうだけど。……ああ、そういえばまだシオンには伝えてなかったね」
『……道理で話が噛み合わない訳だ。そうか、ならさっき言ったことは気にしないでくれ』
「う、うん」
そうか、よく考えてみればシオンは私が方針を変えたことを知らなかったんだ。シオンにはちょっと申し訳ないことをした。
ーーでも、元々の方針でも私は魔族に悪い事をする気は無かったし、別に魔族に対しては優しくしてもいいと思うのだけど……やっぱりそこは何があるか分からないしって事なのかな。
無いとは思うけど、逆に魔族を滅ぼすパターンとか……。ちょっとそれは考えたくは無いけど。
まぁ考えても仕方ないかな。今は一刻も早くユイの所へと戻らねば!
ということで私は元居た所へと戻ってきたーーーーけど、何故かそこにはユイの姿が無かった。
何かあったのかと一瞬本気で焦る。けど、辺りを見回すと直ぐに近くのベンチに腰掛けてこちらに手を振っているユイの姿が見つかった。
それにほっと一安心しつつ、私はユイの元へ駆け寄る。
「お姉ちゃん、どうだった?」
「ちゃんと買えたよ!」
私はそう言ってユイにオモンの実を一つ渡すとユイは目を輝かせながらそれを受け取った。どうやらよっぽど飲みたかったらしい。
私はそんな愛らしいユイの姿を見ながら隣に座った。
「飲んでいい!?」
「うん、もちろん!」
私がそう言うとユイはちゅーっとジュースを飲み始めた。そして『んん〜〜っ!』と可愛らしい悲鳴をあげて足をバタバタと動かしているところを見ると、こっちまで幸せな気持ちになってしまう。
ーーそんな姿を見せられてはちょっと私も我慢できないし、早速飲んでみよう!
そう決めると私は茎に口をつけジュースを吸う。そしてそれを口に含んだ瞬間、私の舌に電撃が走った。
「ーーッ!?」
甘さの中に程よい酸味があり、それが完璧に調和して……感じたことのない衝撃が私を包み込んだのだ。
私はまだこの世界のことをほとんど何も知らない、でも、それでも『世界で一番美味しい果物』かもしれないと思わせる程の調和があった。
こんなもの、私はもちろん僕も知らない。
確かに味は蜜柑に近いと言えば近いかもしれないけど……この果物はそれよりも何段も味が優っている。
「こんなにも美味しいのに、美味しいものを美味しいと感じないシオンは可哀想だなぁ……」
『な、なんだその目は』
私が小声でシオンを憐んでいると、シオンが突っかかってきた。
それに関しては私が悪いんだけどーー申し訳ないけど憐んでしまうのも仕方がない。
「だって、シオンはこの味を『そこそこだ』って言うんでしょ?……なんか、勿体ないなぁって」
『まぁ、お前らの反応を見てればソレが美味しいのは分かるが……それって単にお前らが子供舌なだけなんじゃないのか?』
「子供舌で悪かったね!……でも本当にそんなの関係無しに美味しいと思うけど、もしかして魔族って甘いものに鈍感だったりするのかな?
こんなに沢山の屋台があるのに、見た感じ甘味系の屋台は少ないし……」
前世の夏祭りを思い出してみるけど、綿飴とかりんご飴とか……そういう屋台は結構多かった記憶がある。
まぁ前世の、しかも5、6歳の頃の記憶なので間違っているかもしれないけど。
『そうだな……言われてみれば魔族はあまり甘いものを好まないかもな、特に酸味は敏感に感じるからオモンの実はあまり好まれては無かった。
そうか、人族はそういうものが好みなのか』
「味覚の違いってあるよね……。じゃあさ、魔族はどういうものが好きなの?」
『肉に塩とカオンの実ーーまぁ、コショウみたいなものだなーーなんかをかけまくって味を濃くしたやつが一般的に好まれているな』
「そ、そうなんだ。なんか凄いね……」
これがカルチャーショックってやつなのかな?でも、そういうのを感じるのも旅の醍醐味みたいなものだよね。
ユイもこうやって他の国を見てまわったことなんて無いだろうし……私たち、色々と驚かされることは多いかもしれないなぁ。
ーーーーそうだ、ユイといえば一つユイについて気になっていることがあったのを忘れていた。
「ユイ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ん……なぁに?」
「ユイは魔族達の言葉は分かるの?ほら、門番の魔族の言葉も分かってたみたいだし……」
私がそう質問すると、ユイは少し悲しそうな雰囲気で口を閉じた。
どうやら聞いてはいけないことだった……というわけでは無さそうだけど、そんな顔をするくらいなら話してもらわなくてもいいーーーー私がそう言おうとした時、ユイは迷いを振り切るように首を振った後話し始めた。
「……完璧に理解できる訳じゃないけど、私たちの言葉が少し変わったような感じだったから何となく分かっただけだよ。だから私が魔族相手に話をしても全然通じないと思う。
実際、今聞こえてくる周りの声の半分くらいは聞き取れるけど他はちょっと無理かな。……もっと首都に近い方へ行ったら私は完全に役立たずになっちゃいそう」
ユイの言葉を聞いて大体理解した。
私も少し気付いてはいたけど、ここは私たちーー人族の村に近いから、言葉も昔人族と魔族が仲が良かった頃の名残なのか少し似たような部分がある。
でも多分その私達が聞き取れる言葉というのは、魔族の標準からしてみれば『訛っている』ということなのだろう。
そして、それをユイも理解しているからこそ……そんな悲しそうな顔をするのだ。
「……役立たずになんてならないよ。私、いつもユイに助けてもらってばっかりだし、それにユイが居ると力が出てくるの。
それに、相手と話ができないくらいで役に立たなくなる訳ないでしょ?」
「それもそうかも……」
「そう!だからそんなに気にしなくていいの」
「……うん!」
ユイはそう言って笑顔で頷いた。
やっぱりユイは太陽みたいな笑顔を浮かべている時が一番素敵だね!そして、その笑顔を守るのが私の役目なのだ。
「さて、話は変わるけどお昼ご飯は結局どうする?」
「あっ……」
ユイはジュースを飲むのを止めて固まってしまう。
どうやら何を食べたいのかとか、何も考えていなかったみたいだ。
もしくはこのジュースのあまりの美味しさに、考えていた案が頭の中から吹き飛んでしまったとか。
「……よし、じゃあそこら辺の屋台を適当に回って色々買ってみる?そうしたら異国の食文化について色々と触れられて面白いかもしれないし」
「そうだね、確かにここの食文化とかは気になるし……そうしよ!」
結構適当に提案したんだけど、どうやらユイは思ったより乗り気みたいだ。
あの提案は要するに色々買い込んで、当たって砕けろの精神で色々試してみようって事なんだけど……自分で提案しておいてなんだけど、少し怖い感じもする。けど、確かに楽しそうではある。
うん、やっぱり違う国でいろんな人たちや文化と関わっていくというのは、どうしてもワクワクしてしまう物なのかもしれない。
因みにその後シュナちゃんは激辛な食べ物とは知らずに適当に屋台で買った肉串に悶絶し、無事魔国の洗礼を味わったらしい……