翔くん、バレる
結局それから2分くらい経って、ようやく解放された。
目を閉じていたら頭を優しく撫でられて、それで取り乱してしまったのは秘密だ。
――そんなこんなで色々疲れたけど、私が捕われている間にお姉ちゃんが帰ってこなかったことが唯一の救いかもしれない。お姉ちゃんがさっきの状況を見たら…………想像もしたくない事が起こるのは間違いない。
だからそれだけは本当に良かった。
「そういえば、ゼニアスさんも随分遅いわね」
「ん。でも多分気にするほどじゃ無いと思うよ。ミサさん、朝に弱いですから」
実は、ミサさん――いや、ユイは朝が弱い。
昔のミサさんは僕の知ってる限り朝に強かった筈だったんだけど、どうやらユイに生まれ変わってメイドでなくなってから極度に弱くなったようだ。
――どうやら環境の変化ってかなり人を変えるらしい。
「でも流石にそろそろ戻ってくる頃かな。二十分はかからないでしょーし」
僕の気絶していた時間を考えても、おそらくお姉ちゃんが行ってから十五分くらいだと思う。だからそろそろ帰ってくるはずなんだけど。
「そういえば、私に昔の話し方で話そうって言っていた割には敬語混じりで話すのね?」
「うっ……」
痛いところを突かれた……。
何というか相変わらず話を急転換して僕の弱点を抉ってくる癖は健在なようで……。
でも笑顔でそう言う彼女を憎む事ができないのも……やっぱり相変わらず僕も僕ってことなのかもしれない。
「ふふふ。痛いところを突かれたって顔してるわよ?」
「そ、その通りです……。やっぱり咲には隠し事はできないなぁ。
本当に恥ずかしい話なんですが、いつボロが出てしまうか分からないので……ひとまず敬語で誤魔化そうかな、と」
「ふふっ、翔くんは面白いね。そんな事気にしなくていいのよ? 誰も嫌がらないしそんな事気にしてないもの。それに、そのせいで変に緊張してしまうのも勿体無いでしょう?
……そうね、気にしているのは翔くんと人の弱い所を見つけるのが得意な私くらい、だから」
――分かってはいるんだけど。咲の前ではやっぱり昔のままの僕でいたくて、でもそのせいで咲の言うように逆に空回りしてしまっている所もあるのかもしれない。
「何というか…………いや、いいか。うん、分かった。ありがとう、色々と」
「うん。ちょっとでも恩返しになったなら良かった」
「恩返し……? 私何もしてないよね?」
何か咲に恩返ししてもらうような事をした覚えなんて無いんだけど?
「……それでいいのよ。別に無理して昔のままでいるつもりなんて無いもの」
妙に笑いに堪えるようにそう言う咲を見て、やっぱり私は疑問を覚えた。何か変なことを言ってしまったのかな。
「どういうこ……と…………っ!!」
――そうか、さっき……僕、わたしって!!
その答えは自分で聞いている内に自分の発言を振り返ってみて分かった。そして、その事実を頭の中で噛み砕くたびに恥ずかしさが、それに「そういう話をしたばっかりなのに!」と後悔も同時に込み上げてきた。
「うわ〜〜っ! 今のなしで!」
「分かってるわよ……?」
「絶対分かってない!」
口元を小さく振るわせ笑いを噛み殺す咲の姿は、やっぱり今の僕にはどうしても煽っているようにしか見えなかった。
でも、全ての責任は僕にあるのだ。――こんな事があっていいのか!
「ん〜〜もう、わかったよ……」
結果、僕は諦める事にした。僕ではまだ咲には敵わないという事実、それをただ思い知らされた。
あぁ、またやってしまった。今は本当は私としているべき時間だから、体が――というかシュナが嫌がってる。
ちょっと長く100%僕としての心をシュナの姿で保とうとするとこうなってしまうのは……やっぱりしょうがないのだろうか。
「――た、だだいまっ……!」
僕がそんな事を考えていたらお姉ちゃんが瞬間移動で帰ってきて、そう言うなりソファーに倒れ込んでしまった。
そして、そんなお姉ちゃんを見ているユイが居た。
どうやら今度はちゃんと連れて来てくれたようだ。
「連れてきてくれてありがとう、お姉ちゃん」
「あはは、その言葉を聞けるなら私は何だってやるよ……」
「ちょっと! なんでそんなに私のせいで疲れた感じを出してるんですか!?」
――多分疲れたのは本当なんだろう。でもそれを言うのはなんだかユイに可哀想なので言わないでおいてあげよう。なんて言ったって旅の途中、野宿でもその朝の弱さは僕たちを少し困らせたからね……。
――いや、ユイの世話をできるなら全然苦じゃないけども!
でもユイが前まで親と一緒に寝ていたのは実はそういう事が原因だったりする。
そんな事を何となく一人で解説していたら、急にユイが僕の方を向いた。――いや、僕と……咲?
「ところで……お姉ちゃんはいつから私以外の女の子と仲良くなったんですか?」
「あっ! えっと、そ、それは……」
今更ながらだけど、僕は先程の膝枕の関係で咲の隣に座っていた事を思い出した。
「……いいんですよ? 別に?」
「いや、その……」
……うぅ。まさかそうなるなんて思わなかった。浮気がバレた人の気持ちをこんな形で味わうなんて……。