翔くんパニック
「二人とも、仲が深まったようで」
「お姉ちゃん!!?」
「ゼニアスさん……」
僕たちが仲直り?というか仲を深めたというか……とにかく、そうしていたところ、どこからともなくひょいとお姉ちゃんが現れた。
「やっぱり見ていましたか……」
「ちょ、ちょっとだけね?」
え?
今聞き捨てならないことを聞いたような……。
見てたってどういうこと?
――まさか、全部!?
私は驚きすぎて咲の手を離してしまう。
まぁずっと握っているわけにはいかないしそれはいいとして。
私はお姉ちゃんに目を向ける。
泳いでいる目、どこか楽しそうな表情……。
「全部見てたんだね……?」
「そ、そんな訳ないでしょ。ほんのちょっとだけだよ」
お姉ちゃんは私に突かれてちょっと焦っているようだ。
その証拠にお姉ちゃんの噓をついていることを指摘されるとすぐ動揺して顔に出るという癖が出ている。
ふふふ、私に噓をついたことを隠すことはできないのです!
「その訝しげな目は、疑ってる……?」
「ん。でも、お姉ちゃんに開き直られて私にダメージを与えてくる可能性もあるから……あえてこれ以上探らないでおいてあげる」
別に見られて困ることではないと思うし。
私は恥ずかしいけど。
それに、さっきのことをお姉ちゃんに言いふらされる事の方が私にとって一番怖い。
そのリスクを考えたらここで変に突っついてしまうよりは少し我慢した方がいいと考えたのだ。
恥ずかしさで、今度こそ死ねる。
……うん。
「あ、ありがとう?」
「ん」
ひとまず、この話は一件落着ということで。
「ところで、ユイ――ミサさんは?」
ミサさんを連れてくると言ってお姉ちゃんはいなくなった筈なんだけど、何故かミサさんの姿はない……。
「今すぐ連れてきますっ!!」
そう言って、お姉ちゃんは私の言葉から逃げるように消えてしまった。
――やっぱり連れてきてなかったんだ。
「ゼニアスさんって、色々と忙しい人だと思わない?」
私がお姉ちゃんに呆れていると、咲がそんな事を言った。
言われてみれば、確かに突然消えたり現れたり、それにしっかり働いているみたいだけど
「……まぁ忙しそうにしてるのは殆ど自業自得みたいなものなんだけどね」
お姉ちゃんは色々とやらかしがちな体質なのと、私にイジワルするから忙しくなっているだけだと思う。
だから、あまり心配しなくていいのかもしれない。
――でも、かと言って心配しないのもいけないと思うし、しようと思わなくても少し心配してしまう自分がいるのも事実。
口では色々言ってしまうけど……やっぱり私も相当お姉ちゃんの事が好きなのかもしれない。
「でも、少しは負担を減らしてあげられたらなぁ……なんて思ってるの」
ちょっと恥ずかしいけれど、私の思っていることを素直に咲に言った。
「まぁ、ゼニアスさんはいつも忙しい所も含めてゼニアスさんという部分もあるとは思うけど。たしかに、少しは優しくしてあげてもいいと思うわ。……少しはね」
「ふふっ」
咲が妙に『少し』という部分を強調して言うので、それが可笑しくて思わず笑ってしまった。
まぁ、私も『少しは負担を減らしてあげられたら』って思って――というか言ってしまっていたし、お互いに考えることは一緒って事かな。
そんな風に我ながらかなり恥ずかしい事を思っていたのだけど――そんな時、急に咲が真剣そうな顔になって私の顔を見つめてきた。
「な、なにかな?」
急に見つめられたので私はビクッと驚いて顔を隠すように俯いてしまう。
「もしかして顔に何か付いてた……?」
あまりにもじーーっと私を見るので、そんな事を気にしてしまう。
「いや、そんな事はないのだけど……」
でも咲はそれを否定したので、どうやらそれは杞憂で済んだようで良かった。
もし何かあったら恥ずかしくて逃げ出してしまうかもしれなかった。……薄々気づいてはいたけど私は恥ずかしい出来事に対してはめっぽう弱いのだ。
だから、そうならなくて良かった。
「でも、じゃあどうしてそんなにじーーっと私の顔を見てるの?」
「いや、その、ちょっとさっきからつっこむタイミングが分からなかったのだけど凄く気になってる事があって……」
気になってる事ってなんだろう?
「私は特に違和感を感じたものは無いけど、一体何が気になってるの?」
「ええっと……その、ほら、あの…………そう! 翔くんも変わったなぁというか、染まったなというかね。いや、私は別にそんなに気にしてないのだけど」
――僕のこと?
てっきりこのお店の中の何かに気になってるものがあるのかと思っていたのだけど。
それにしても、私が染まった……?
都会にとか、そんなわけないと思うし。
「どういう事?」
「私、怒られそうだから言いたくないわ」
「――!!?」
言ったら怒られそうって、どういう事!?
まさか、ずっとそんな風に思われていた……?
「怒らないって。私が咲に怒ったりなんて、よっぽどな事じゃないとしないよ……?」
「うーん、それなら話すけれど――――翔くんって、さっきから話し方とか、一人称とか……完全に心まで女の子に染まってしまったのね?」
…………。
……。
……………………。
――バタッ
咲にそう言われた後何か反論しようとか弁明しようとか思ったけれど……何かを言う前に体に力が入らなくなって気絶してしまった。
「か、翔くん!!?」
と、叫ぶ咲の声も届かず、僕の短い人生に幕は下ろされた。
◇ ◇ ◇
なんて、実際はそんな事はなくて数分後に目を覚ました。
咲に核心を突かれ真っ赤になって震えあがり……手を前に出し「違うっ!」とでもいいたげに手を振りながら何かを言おうと口をパクパクさせ、挙げ句の果てにぶっ倒れた僕の姿はさぞ情報量が多くて理解するのに大変だっただろう。
僕もあの時は何が何で何をどうすればいいのか考えられずに冷静さを失っていたので……今思ってもあの謎行動は意味不明だ。
そして今、僕はおでこに氷の入った袋を乗せられ……何故か咲に膝枕されていた。
このままでは誤解を生んでしまう可能性もあるので一応言っておこう、起きたらこうなっていた。
断じて自分からそうしたわけじゃないっ!
「おはようございます」
「…………お、おはよう」
挨拶されたので挨拶を返しました、まる。
――だめだ、こう言う時こそ深呼吸。
心を落ち着かせる事が大切なんだよ。
と、ひとつ深呼吸をし咲に話しかける。
「弁明をさせて下さい」
「なにかしら?」
「僕と私の精神はどうも身体に左右される様なのです。そして、今は僕の体ではないので私が出てきてしまっただけです。決して! 僕が完全に染まってしまったとかそんな事はないのです!」
「そう、そうなのね……」
咲は僕の弁明を聞いて、そう言って微笑した。
――ああこれ、絶対信じてない。
まぁ、いいか。
なんやかんや誤解されていたとしてもお姉ちゃんじゃなくて咲なんだし、多分悪い事にはならないでしょう。
とりあえず、ずっと謎の膝枕されているというわけにもいかないし今は一刻も早く起きあがろう。
ということで僕は腕に力を入れ、起きあが――――バンッ!!
「にゃっ!!?」
え?え?え?
起き上がろとしたら咲に押さえつけられた!?
しかも無表情だし、僕から見たら咲の顔に影がかかっているし…………こ、怖い。
「絶対安静……分かった?」
何が起こったのか未だに理解が追いついていない僕に咲はいつもより低い声でそう言った。
反射的に顔を逸らしてしまったけれど、しょうがないことだと思う。
「は、はい……」
そして、圧をかけられた僕はその言葉に従わざるを得ないのである。
何というか、何年経っても勝てないのだと、格の違いをわからされた気がする……。




