唐突な訪問者
本を読み始めてからどれくらい経っただろうか。
いや、見始めてからと言った方が正しいかもしれない。
なぜかというと、色々と本を読もうとしてみたはいいものの、どうやら異世界の言語で書かれているらしく何が何だかさっぱり分からなかった。
だから、正確には本を読んだというよりも眺めたという感じだ。
だけど、言語解読家なんかでは無い僕が素人目で見て、何となく日本語と同じような文の構成をしていそうだなぁと思った。もし本当にそうなら少しは覚えるのが楽そうで良いんだけど……。
でも、実際のところそんな事はないんだろうなぁ。
というのも、この文章は文の構成を日本語に寄せているような、そんな感じがするのだ。
自分で言っていても変な話だと思うが、なぜか直感的にそう感じた。
まぁでも、こんな事を考えていてもおそらく何にもならないだろうしやめておこう。考えるだけややこしくなって余計に分からなくなるだけだ。
それに、それよりも今はこれからのことを考える方が重要だし。
僕はそうと決めると読んでいた本をパタンと閉じる。
そして、一応今は何時なのか時計を確認する。
時計は学校にあったもののような形をしていて、この世界の文字がどんなものかは知らないが、見知った数字で書かれていたので問題なく使えた。
さて、時計によると、どうやら今は昼を過ぎて後数時間で夕方に差し掛かりそうかという所の様だ。
別に僕が本に集中していて時間を忘れていたとかそんなことは無く、この寮棟に来るまでに先生から聞いた話だが、どうやら僕たちが元の世界からこの世界に来るまでに少しタイムラグがあったようだ。
具体的には、約三時間ほどだと聞いている。
もちろん僕たちにそんな実感はなく、転移の時の光に包まれてから目を開けると既に異世界にいたという感じだが、これはどうやら僕たちの知らない間にこちらの世界に馴染むように体を少し作り変えられていたらしい。
――ああ、先生は作り変えるというよりも、アップデートするといった方が正しいと言っていたっけ。
とにかく、僕たちの体は知らない間にこの世界にあうように更新されたわけだ。
因みに、先生は元々こちらの世界の人間なので体を作り変える必要はなく、一足先にこちらへ来て国王やその他のお偉いさんに僕たち勇者のことを伝えに回ったという感じだ。
だから、あの時国王が僕たちの前の玉座にちゃんと座っていたわけだ。
一日中あそこに座っているというわけにもいかないし、そもそも仕事があるだろうし、今思い返せばそれもそうだなと思う。
で、僕が何を言いたいかと言うと、海外へ行った時のように時差によって色々と悩まされそうだなぁという事だ。
例えば、本当なら今は十二時とかそこら辺なのに対し、実際は三時過ぎだったり……一種の時差ボケのようなものにしばらく苦労しそうだ。
因みに、この世界の事について何となく話の中から分かったことや見たりしたことをまとめると、まずは一日が二十四時間だということ、それに月は一つで空も青く――とにかく、そこら辺の事は地球とほぼ変わらない。
逆に違う事と言えば、地球では見なかった植物や動物がいたり、やはりファンタジーな世界なだけあってエルフだとかの他種族、他には魔族などの敵対種族や、魔物なんていうのもいるらしい。
まぁ、僕たちが呼ばれた目的も『魔族や魔王から人類を護る』という事だったから、そこは思っていた通りだ。
大分話がそれたので元に戻すが、ここでは決められた予定――とはいってもある程度自由だが――に沿って動かないとならないので、あまりグダグダしていると予定に間に合わなかったり遅れたりしてしまう。
集団生活を送る身としてはそれは大変まずい。なので一刻も早くこちらの時間に慣れる必要があるのだ。
という事で仮眠をとろうと思う。軽く眠ってリセットすることができれば、少しは今後の生活にも安心が持てそうだし。
と、なんとか寝ることに正当性を設けてみたが実際はただ眠いだけだ。
数時間記号の羅列を真剣に見入っていたせいで、軽く睡魔に襲われている。
だけど、ベッドはあんな状態だし寝れないんだよなぁ……。
いや、ベッドじゃなくて本を読む時に使った椅子があるし、あれに座って机に伏して寝ればいいか。
僕はそう思い立つと、早速椅子を机の前に持ってくる。
「よいしょっ……!」
後は机の上に山のように高く積まれている本(日記かも?)をどかすと
「これで寝れる……」
そんな言葉が口から漏れて、僕は机にだらんと伏した。
本当なら『やったー』だとか言いたいけど、眠いのと疲れたのとでそんな気力は僕には無かった。
でも、まぁとにかく寝れるようになったのは良かった。
はぁ……今日一日で色々な事があって、少し疲れた。
――やばい、机に突っ伏した瞬間に眠気が。
何かが肩に乗っかったように起き上がれなくなってしまった。
「んん……」
とりあえず、軽く寝て起きよう。疲れが取れればそれでいいし……。
そんな考えのもと、僕は静かに寝息を立て始めた。
◇ ◇ ◇
――――♪――――♪
静かな部屋に、聴き慣れた機械音が響く
「ん…………」
――――♪――――♪
便利だけど、少し鬱陶しくて
「んん……」
――――♪――――♪
微睡みを妨げるこの音は……
――――ピピピピピピピピ!
「うるさっ!!」
あまりのうるささに僕は耳元で忙しく鳴る存在を叩きつける。
すると、それはピタッと鳴り止んだ。
――まるで壊れたかのように。
「やばっ! ……壊しちゃたかな!?」
僕は眠気を追い払って急いで目覚まし時計のような道具を拾い上げる。
注意深く確認してみるが、幸い目立つ傷は付いていなかった。
というか、結構乱暴に叩いたけど傷ついてないってことは中々頑丈に作られているみたいだ。
この様子だと中も傷ついていなさそう。
良かった……。
ここにあった物を勝手に使っていただけだから、壊していたら大変な目にあうところだった……。
それに、乱暴に取り扱った事で爆発――とかにもならなくて良かった。
初めは使うつもりは無かったんだけど、興味とか好奇心とか半分微睡んでいた事による思考力の低下とで、使ってしまったんだった。
今思えばかなり危ないことをしていたと思う。
でもこれで目覚まし時計らしき物は本当に目覚まし時計だったと証明された訳だ。
これの他にも色々と用途不明の物から、何となく使い方の分かりそうな物まで沢山あるので、今後は気を付けつつ使い道を試していこうかなと思う。
「はぁ……しかし、本当に何もなくて良かった」
僕は安堵感から胸を撫で下ろす。
でも、安心するにはまだ早かったらしい。
僕が椅子から立ち上がった、丁度その時それは起こった。
部屋の外から、何かドタバタとした音が聞こえたと思えば、バンッとドアを強く叩かれたのだ。
――っ!!? なっ、何事!?
あまりに突然の出来事に心の中でそう叫んだ。
――驚き過ぎたせいで声が出なかったともいうが。
そして、それだけでなく扉の向こうから女性の声が聞こえてきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
どうやら、先程大きな声を出した事で僕に何かあったと勘違いしたようだ。
変に誤解させてしまったのは申し訳ない。とりあえず大丈夫だと伝えないと。
でも、少し怖いのがドアが物凄い悲鳴を上げていること。
――え、これ、もしかしてドアを思い切り開けようとしてない?
それはまずいと、僕はドアを急いで開けにいく。
しかし外からは「ちょっと失礼しますね!」という声が聞こえてきた。
どうやら本当に強引に開けるようだと感じとった僕はさらに急いでドアの元へ向かう。が、物が散乱していて中々うまくドアの前へ行けない。
なっ……。は、早くドアを開けないと!
「待っ……!」
そんな思いも虚しく、どんどんとドアのあげる悲鳴も強くなっていき――そして遂に、バキッと一際大きな音がしたかと思えば、無情にもドアが壊され、こちらに向かって倒れてきた。
なんと言うことでしょう。
見知らぬ匠の手によってドアがなくなった――もとい壊されたことで、鬱々としていた物置部屋に開放感がもたらされました。
そして、部屋の入り口の先には、肩で息をしている女性の姿があった。
彼女はしばらく息を切らしこちらに目を向ける余裕は無さそうだったが、それでも彼女からすれば僕から返事がなく、危険な状態だと判断したわけで……疲れているようだったが部屋の状態を確かめるべくこちらに目を向けた。
――すると、当然僕は彼女と目が合う。
「…………」
「…………」
どうしよう、ものすごく気まずい!