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こんなはずじゃ無かった

 武装した兵士に囲まれ何やら空気の悪い中、牢屋の中で眠そうに目を擦る少女が一人。

 そんな場違いな少女に対して兵士達が銃口を向けているこの状況は、やはりおかしいのだろう。


 そしてその中心にいる少女はといえば……ようやく自分に起こっていることが飲み込めてきたようで


「え、どういう状況……?」


 と、困惑した様子で辺りを見回している。


 兵士たちはそんな少女の姿を見て若干気が緩んでいたが「気を抜くな!」というよく通る声によって、再び元の緊迫した状況が戻った。

 そんな空気の中で、牢屋の中の少女は自らの腕と足が鎖で繋がれている事にも気がついたのか、顔を恐怖で染めて牢屋の端にうずくまって震えていた。


「おかしい……」


 そんな少女の姿を見て、茶色の帽子を被った少女――団長は怪訝そうな表情でそう呟いた。

 団長が捕えられた少女について知っている情報は少ない。

 だだ、彼女が信頼をおく副団長であるバルヘルトですら敵わないとは聞かされていた。

 だから、不思議で仕方がないのだ。

 どう見ても、牢の中の少女はこの状況に恐怖している。

 果たして、副団長ですら敵わない存在がこの程度のことで露骨に恐怖するだろうか?


 しかし、目の前の少女が難度の高い魔法である《変身(レオン)》を使っていたのは疑いようも無い事実。

 それに例え巻物(スクロール)を使っていたとしても、あの身を裂くような、想像を絶する痛みが体を襲うのは変わらない。

 そして、牢の中で怯えているこの少女がその痛みに耐えられるようには見えないのもまた事実。

 団長はそれ故に、目の前の少女の事が不気味に感じて仕方なかった。

 いっそ、本当にバケモノでも出てきてくれた方が安心できて良かったかもしれないとまで思ってしまうほどに。


 こうなると、文字通り()()()()()()()()()という線が濃厚になってくるが、団長はそうだとは言い切ることはできずにいた。


 彼女は記憶を遡りとある事件を思い出していた。

 ――そう、闘技場で行われた魔王と勇者との闘いである。

 あれが起こったのは今から約十年前。

 しかし、目の前の少女はどう見ても九歳か十歳か、いっても十二歳までにしか見えない。

 つまり、あの現場にいたとしても()の姿を覚えているはずがないのだ。

 たとえ巻物(スクロール)を使ったところで、どんな姿になるかは使用者のイメージに依存する。

 そうなると見た目の若い長寿種族という事になるのだが……残念ながら少女はどう見ても人族にしか見えない。

 それに魔法で記憶を蘇らせる事は可能だが、流石に十年も前の本人すら全く覚えていない出来事となると無理がある。

 考察してもすぐに行き詰まり、中々納得のいく答えの見つからない団長。


「…………一旦警戒を解こう。話がしたい」


 流石に一人で考えるのだけでは無理があると悟ったのか、仲間にそう指示を出す。

 ――が、多くの兵士達は警戒して銃のような魔道具を下ろそうとはしなかった。

 団長の言葉とはいえ、そうしてしまうのも無理もないことだ。

 副団長でも敵わないというほど強い相手。

 そんなバケモノが警戒していない状態で暴れだしたら、手がつけられない。

 それゆえに、初見の人間には警戒させることなく致命傷を与える方ができるこの武器は、なんとしても下ろすわけには行かなかった。


 それに、目の前の少女が化けの皮を被っていないという保証はない。警戒する要素があまりに多すぎるのだ。

 そして、それ故に兵士たちに生じる不安や警戒といった心は、副団長であるバルヘルトが一番よく分かっていた。


「お言葉ですが、今警戒を解くのはあまりに危険すぎるかと。ソレが見た目通りだという確証は無いのですよ……?」

「ソレ、ねぇ……」


 正直なところ、団長は警戒を解くのは危険すぎる事も兵士たちの気持ちも分かっていた。

 しかし、どうしてもこの少女から情報を引き出しておきたかった。

 ――それは若干の個人的な理由も含むが、情報を得られるかどうかが組織のこれからに大きく左右するかもしれないからだ。


「みんなは別に逃げても構わない。これはどちらかと言えば私のエゴかもしれない。だから、こんな私の愚行に付き合わなくても構わない」

「なっ…………しかし!」

「バルヘルトの意見もわかるよ。でもね、このままじゃ何も進まないと思うんだ。……私は、この子と話がしたい」


 そういう団長の顔は決意と覚悟に満ちていた。


「――貴方がそう言うのであれば、分かりました」


 バルヘルトと呼ばれた青年はその言葉に「はぁ……」とため息を漏らしながらも、少女の意見に折れた。

 少女はこの団のなかで団長を務めているが別に強いわけではない。

 団の中で真ん中か、それ以下の実力しか持っていない。

 しかし、彼女は心の面で人一倍強かった。

 もしかすると、バルヘルトはその決意と意思に押されたのかもしれない。

 そんな彼は、周りの兵士たちへよく響き、通る声で伝える。


「みんな聞いたか、警戒を解け!」


 その声に、今度は全員が武器を下げた。

 団長の決意に影響を受けてか、皆、覚悟した者の顔持ちとなっていた。


「やっぱりバルヘルトの方が団長にふさわしいよ」


 少女は兵士たちのその姿を見て、そう苦笑交じりに言う。

 団長はたった一言で皆をまとめるカリスマ性と部下からの熱い信頼、それを自分がバルヘルトよりも手にしているとは思えなかった。


「いいえ、貴方の他には務まりませんよ」


 しかし、バルヘルトは驕ることなくそのように返す。

 バルヘルトは団長の言葉を冗談だと思っているようだったが、その言葉は彼女の本心からの言葉だった。


 ――さて、傍から見るといい感じの雰囲気な二人は置いておいて囚われている少女だが、依然震えたままだった。


「じゃあ、少し話さない?」

「は、はいぃっ……!」


 同じくらい身長の子供に話しかけられた桃色の髪の少女は、ビクッと震えながらもそう答えた。

 そんな少女の姿に、団長は出来るだけ怖がらせないように配慮しつつ、質問していく。


「まだ、この牢屋から貴方を出すことはできない。……ごめんね?」

「い、いえ! 全然だ、大丈夫です」


 赤髪の少女は自分の事を申し訳なさそうに気遣ってくれる、帽子をかぶった少女に震えながらではあるが大丈夫だと伝えた。

 まぁ、本当に大丈夫なようには見えなかったが。


「そんなに緊張しないでいいんだよ? ええっと、ところであなた、何歳?」

「じゅ……十歳?」

「なんで疑問形? まぁいいか。その情報だけで色々確認できた」

「……?」


 団長は少女とそんな普通のやりとりをした。しかし、たったこの程度の質問でも得られた情報は大きかった。例えば少女が長寿種族などではない事や、十年前の例の現場にいたのかどうか、とか。

 少ない手数で小さな情報からでも大きな情報を手に入れることができる。それが団長の能力にして、彼女を団長たらしめる理由の一つだった。


「ここ最近の記憶ってあるかな?」

「記憶は……あれ、何かしなきゃいけないことがあって家を出て…………その後の記憶がない?」

「やっぱり記憶が無いのか……」


 団長の質問に対して、困惑したようにそう答える少女。

 その言葉から『やっぱり誰かに操られていた線が濃厚かな』と団長は推測する。

 何故なら、操られていた場合操られている間のその時の記憶が無くなるからだ。

 もし本当に操られていたならば、魔力鑑定のスキルで少女に少女以外の変な魔力の残滓が残っていたらその魔力が黒幕のものだということになる。

 そして、その魔力を元に探知をかければ敵の本体がどこにいるのか分かる。

 そう考えた団長は早速魔力鑑定に取り掛かろうとする……が


 その時、トンと背後から誰かに肩を叩かれた。


 団長はバルヘルトが何か用でもあるのかと思っていたようだが


「どうも、夜分遅くに失礼するわ」

「――ッ!?」


 耳元に囁かれた声は、彼女にとって初めて聞く()だった。

 団長は咄嗟に背後にいる存在から距離を取ろうと横に跳ぼうとした。

 が、それは叶わなかった。


「くっ……」


 体がまるで何かに縛られたかの様に、指先一つ動かせない。

 考えに熱中しすぎていた……。

 だから、背後の存在にも気が付かなかったし、周りが妙に静かすぎる事に気が付かなかった。


「誰? 私に何をしたの……?」

「別にあなたを殺そうだなんて考えていないわ。……ほら、周りのお仲間さん達もちゃんと息してるでしょう?」

「なっ……」


 首を動かす――いや、動かす事を許可されると、団長は辺りを見回した。

 そこにあったのは……予想通りと言うべきか、彼女の仲間達が床に倒れている光景だった。

 一応、謎の侵入者の言葉通り息はしているようだった。

 しかし、この後何をされるかわかったモノじゃない。


「信用ならない。何故こんな事を……それに、何故私達は生かされてる?」

「あなた達はまだ殺さない。……最後には対立し合う存在だとしても、まだその時じゃない。だから殺さないの」


 未だ姿を見させてくれないその存在は、静かにそう話した。

 しかし、何を言っているのか分からない。


 ――『対立し合う』『まだその時じゃない』……? 私達はこんな正真正銘のバケモノを敵に回したつもりはないんだけど。


「意味がわからない……随分と上から目線なようだけど、一体何者?」

「それはまだ分からなくていいこと。じゃあ、お話はこれでおしまい。……牢のこの子は返してもらうから」

「なっ、ちょっと待っ――」


 スッという軽い音が部屋に響いたかと思えば、団長は膝から崩れ落ちその場に倒れた。

 背後にいた侵入者が、軽く首元を手刀で叩いただけ。

 しかし、その存在にとってはたったそれだけで気絶させる事など他愛もない事だった。


「さてさて、本当に困った事になったね」


 静かになった部屋で侵入者はそう呟く。

 侵入者の手によって部屋の中で動けるのはもう囚われている少女と侵入者だけになってしまった。

 そして、少女は目の前で起こったたった数十秒の出来事を上手く飲み込むことができなかったらしく混乱していた。

 ――つまり、最早この部屋で動けるのはこの侵入者だけと言っても過言ではないだろう。

 そんな侵入者はゆっくりと牢へ歩いていき、そして、当たり前のようにアダマンタイトの格子をぐにゃりと曲げると空いた隙間から中へと入った。


 牢の中の少女は恐怖によってか震えていた。しかし、侵入者が微笑みながら手を差し伸べると、しばらく硬直してはいたが少女は手を取り返そうと自分の手をゆっくりと伸ばす。


 その時だった。


 部屋の中を強烈な光が包んだかと思えば、次の瞬間、その侵入者の胸を紫電が穿った。

 部屋の外から飛んできたソレは、直線上にあった牢の格子を巻き込みつつ侵入者に的中する。

 その一撃に巻き込まれた格子は瞬く間に赤く輝き、溶けた。

 そして、そんな強烈な一撃をまともに喰らった侵入者は――――着ていた服を含め、全くの無傷だった。


「……みんなを気絶させてその子を奪い去ろうだなんて、どういうつもりかしら?」


 紫電を放った張本人――遠坂は部屋の中へ入ると、侵入者に向かってそう言う。

 侵入者はその声を聞くと動きを止め、そして遠坂へと向き直る。


 二人は赤く溶けた格子を挟み、相対していた。


「久しぶりだね――って、今は素直に再会を喜べる状況じゃないみたいだけど。えっと、本当は君と話をしにくる予定だった……って言ったら信じてくれる?」


 しばらくの沈黙の後、侵入者は重い口を開いてそう話す。

 しかし、遠坂は全くその言葉を信じていないようだった。

 そしてそんな彼女もまた重い口を開いて話す。


「この状況でどう信じろと? ゼニアスさん」

「はぁ…………そりゃそうだよね」


 侵入者、もとい最高神ゼニアスは深い、深いため息を吐いた。

 それもこれも、この可愛い妹がやらかさなければ何もなかったんだけどなぁ……と、そんな事を考えながら。


「全部見なかった事にしてくれない?」

「無理なお願いですね」


 ゼニアスはダメ元でそうお願いするが、遠坂にすぐに突っぱねられてしまう。


「でも、私は悪くないと言ったら信じてくれるでしょ?」

「今、この状況でどう信じろと?」

「ですよね…………」


 どうやら、最高神ゼニアスに人望は無いらしかった。

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