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囚われの君

 どうやら、黒い影は動かずにじっとこちらを見つめているようだった。

 何かをしてくるのかとも思って身構えたが動く気配が無く、そういうわけでもなさそうだった。


 マネキンみたいな物でも置いてあるのかとも思ったけど……煙が息か何かのせいで不自然に揺らいでいたのでそうではなさそうだ。


 それにしても、覚悟はしていたがやっぱり気づかれていたか。

 だだ、それといった動きがなく、こちらをただ見つめてくるだけというのもやっぱり怖い。


 ――でも、取り押さえるなら煙で視界の悪い今がチャンスか?


 例え魔法で焼かれても、剣で切られても、殴られても死にはしないだろうから、多少荒い方法に出ても問題はないだろう。

 ――――ないよね?


 とりあえず作戦はこうだ。


 相手の後ろに回り込んで、そのまま取り押さえる。

 取り押さえ方は……うろ覚えだけど刑事ドラマで見たようなものでいいだろう。

 でもどうしよう、風を起こしてこの煙を外へ逃す方法だってある。

 いや、この状況で動いた方が相手の意表はつけるか……?


 ええい! 成せばなるようになる!


 僕はそう考える事にして、とにかく相手の後ろへ回り込もうと足に力を込め、そして一気に踏み込んで相手の真後ろへ飛ぶように跳んでいった。が


「ん……あれっ?」


 足に思うように力が入らない。地に足がついている感じがしない。何故か足元がふらつく。


 初めは立ちくらみのような物でも起こしたのかとも思ったけど、どうやらそうではないらしい。

 その証拠に突然視界が歪み始め、意識もぼーっとし始めた。


「この煙……もしかして…………」


 何か煙に仕込まれていると気づいたけれど――時すでに遅し。

 突然強い衝撃のような物を感じたと思った次の瞬間……急に視界が暗転し、意識が飛んだ。



 ● ● ●



 煙の充満する部屋に一人の女性と、床に倒れた少年がいた。


 彼女は華奢な体つきで、黒い服を纏って全身を目立たなくしていたが、そのせいで彼女の顔に付けられたガスマスクのような物だけが異様に目立っていた。


 そんな彼女は床に転がる少年を見て、徐に話しかけるように言った。


「この煙には昏睡状態にさせる毒が仕込まれてる。いくら強いと言っても油断は禁物よ?

 安心しなさい、致死量じゃないわ。でも、すぐに貴方を眠りに落とすくらいはできる。貴方が次に目覚めた時には…………って、もう寝てるの!?」


 彼女は少年がすぐに倒れてしまうとは思っていなかったようで、寝息を聞き取って思わず驚いたような声を上げる。

 しかし、口ではそう言ってはいるが……顔や態度は冷静そのものだった。


「しかし、この煙が邪魔ね。危険だし排除しますか」


 彼女はそう言うと近くにあったスイッチを押した。

 すると、部屋に取り付けられていた換気扇のファンが音を立てながら回転し、煙はみるみるうちに晴れていき、やがて何もなかったかのように元の空間に戻る。


 が、そこに倒れている少年の姿を見れば先ほどまでの出来事が本当のことだったと分かった。

 ――ただし、少年はこんな状況にも関わらず気持ちよさそうに寝ていたが。

 そしてすっかり元に戻った部屋の中、彼女はその少年をじっと観察でもするように見つめる。


「本当に、よくこんな状況でこんな場所でここまで気持ちよさそうに寝れるわね……。はぁ……できればこんなところで彼の寝顔なんて見たくはなかったわ。でも、勇者召喚の事実が確認できたのは……良いこと、なのよね」


 ぼーっと少年を見つめて考えを巡らせていた彼女はしばらくしてふと立ち上がると、その身体に見合わぬ力で少年をひょいと軽く持ち上げる。

 そして、その体をどこかへと連れ去っていった。



 ◆ ◆ ◆



 配線やらコンピューターやらでごちゃごちゃになっているものの、その全てが相まって妙な統一感の生まれている――例えるならSF映画のワンシーンに出てきそうなファンタジーな世界にはあまりに似つかない無機質な部屋に少年は運び込まれていた。


 少年は腕と足に枷をはめられ鎖で繋がれ、少女とその仲間たちの手によってその部屋の一角にある牢屋に囚われている。

 しかし、そんな状況になってまでも少年が起きる気配は全くと言っていいほどなかった。


 部屋の中にはざっと三十人程の兵士が銃のような物を持ち警戒していたが、そんな事知らないとでも言うように無防備に眠りこけている少年の姿は不気味さすら感じられ、兵士たちもどうしていいのか決めかねている様子で、ただ張り詰めた空気だけが流れていた。


 と、その時、その部屋へと繋がるたった一つの扉が大袈裟な音と共に開いた。

 扉から入ってきたのは、頭に少し大きな茶色の帽子を被った十五歳位の少女。

 しかし、部屋に入って来た彼女のことを兵士たちは『団長』と呼んだ。

 どうやら、この小さな少女がこの怪しげな組織の団長らしい。


 そんな彼女は部屋に入ると、一番近くにいた仲間に質問をする。


「どうやらヤバい奴が捕まったと聞いて来たけど、そいつの詳細は?」


 仲間の男は少し緊張した様子で答える


「すみません。私は詳しく知らないのですが、バルヘルト様でも敵わないとか……」

「本当に? そんなバケモノ一体誰が捕まえたの?」

「トオサカ様が捕まえたそうです。ですが、見たくないものを見たと言って部屋へ籠ってしまいまして……」


 少女は彼の言葉を聞き、少し驚いた様子を見せた。


 何故なら、その少女の言うバケモノを捕まえた人物である遠坂は実力者でありながら組織のために自ら動くことは少ないからだ。

 彼女から動くのは組織と彼女との利害や目的が一致した時だけ。

 それ以外で動いたところをおそらく団長である少女を含めて誰も知らないだろう。

 という事は、そのバケモノを捕まえた事は彼女や組織にとって重要な事だったのだと少女は理解した。


「遠坂が自ら動いたことには驚いたけど……見たくないものを見たってどういうこと?」

「捕まえた少年なんですが、トオサカ様が言うには姿を偽っているそうで……」

「その姿が彼女にとって嫌なものだったと」

「はい」


 それを聞いて少女は「なるほどね」と、小さく呟いた。


 自らで捕まえたのにこの場にいない。

 さっきまでそれを疑問に思っていたようだが、話を聞いてそれは解けたようだ。


「それで、その少年はどこに?」

「一番端の牢屋に捕らえてあります」

「ありがと」


 仲間から少年の居場所を聞いた少女は部屋の部屋の隅にある牢屋へと向かう。

 一番隅にある牢屋、それは他に数個ある牢屋とは違い希少金属であるアダマンタイトを使った特注品である。

 つまり、捕らえられている者はそれだけ強いということ。

 少女は少し冷や汗をかきながら牢屋へと向かった。


 そして一番隅の牢屋の前に立った時――少女は思わず声を上げた。


「え……?」


 少女の目に写ったのは、牢屋の中だというのに場違いなほど気持ちよさそうに寝ている少年の姿だった。

 しかし、少女が驚いたのはそこではない。

 問題はその少年の方だった。


 ――明らかに見覚えのある少年の姿が、そこに転がっていたのだ。


「どうしたんですか?」

「……」


 少女は動揺していた。

 それも、心配そうに言葉を投げかける仲間の言葉が耳に届かないくらいに。

 十数年前に亡くなったはずの少年、歴史上から消された少年の姿がそこにあったのだから、しょうがないことだと言えるだろうが。


 とはいえ、流石は団長と呼ばれているだけあって頭の切り替えは早かった。


「ごめん、少し取り乱した。それで、この少年の姿は偽物なんだよね?」

「は、はい。トオサカ様の報告ではそのようだと」

「そっか、私も今それを確信したところだよ」


 少女はあくまで冷静に、どうするのが最善手かを考える。

 間違っても悪手を打たないように慎重に。


 そして、少女はしばらく悩んで答えを出したようだった。


「じゃあ……剥がそっか。全員警戒態勢でお願い。《魔法解除(ディスペル)》を使う」

「了解しました」


 それから少女はまるで人が変わったかのように仲間に様々な命令を的確に出していく。

 仲間も、それに答えるように素早く装備を整え警戒態勢へ入った。


 少女はそれを確認すると、緊張を呑み下すようにゴクリと喉を鳴らし、そして仲間たちへ向けて話す。


「相手はどんな姿になるか分からない。……もしかしたらとんでもない化け物になるかもしれないし、逆に可愛らしい少女になるかもしれない。

 まあ私は十数年前に牢屋に閉じ込めていたはずの魔王を脱獄させた奴だと踏んでるんだけど……どんな姿に変わっても冷静に、敵を見失わないでね」


 そして、一つ深呼吸すると遂に少女自身も最後の覚悟を決めたようだった。


「それじゃあ、いくよ? ―― 《魔法解除(ディスペル)》!」


 少女が魔法を使うと、それに応えるように少女の体から出た淡い青の光が少年の体を包み込む。

 それは魔法が正常に発動した証拠であり、同時にその少年の体が偽りのものであった事を暗に示していた。

 魔法は少年が眠っているためか特に抵抗なく偽りの体を眩い輝きと共に壊していく。

 そしてしばらくするとその光はより一層強く輝き始め、やがて少年の姿を見る事はできなくなる。

 そしてそれから数十秒後、光が引いていき、そこにいたものは――


 ――桃色の髪の可愛らしい少女だった。


『は……!?』


 全く思ってもいなかった姿になったその姿に、その場にいた兵士たちは皆揃って驚きの声を上げた。


 そして、その声によってか、或いは自分の体の変化によってか……赤髪の少女は閉じられていた瞼をゆっくりと上げ、遂に可愛らしいあくびと共に目覚める。


「んんっ〜〜。――――あれ、ここどこ?」

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