忍ぶ影とそのさきは
さて、門をくぐるとまず目に飛び込んできたのは大きな建物だった。
もう深夜だから明かりはついていないけど……それは前世で見たようなビルを彷彿とさせるもので思わず驚いてしまう。
まあ、この世界にコンクリートとかがあるはずが無いので色々心配なところがあるけど。
でも、大きな建物を作ることのできる技術があるということには驚いた。
十年ちょいでこんなにも変わるものなのか……。
それとも、魔族の文明は僕が知らなかっただけで元々これくらい発達していたのか。
せっかくだし、ちょっとどのくらいの技術なのか確かめてみようかな。
そう思い私は建物の壁を叩いてみることにした。
……今の私の力だと建物を壊しかねないので極力弱く。
「どうしたんですか? お姉ちゃん」
「え、いや。何でもないよ?」
まずい、街に入ってすぐに建物の壁をコンコンする人とか、側から見ればただの変人じゃん。
よってここは華麗に切り抜けるが吉。
「そんなことよりも……ほら、こんな夜遅くに街をうろついていたらまずいでしょ。だから宿屋を探そ?」
「……すこし気になるけど、分かりました。それも大事ですし宿屋を探しましょう」
ということで何とかミサさんの気を逸らし、私たちは宿屋を探すべく明かりのついている建物を見て回ることにした。
因みにさっきの建物は思っていたよりもかなり頑丈だった。鉄筋というよりも、もしかすると魔法で補強しているのかもしれない。
大きな災害……それこそ記録的な台風みたいなものに襲われない限り大丈夫だとおもう。
ということで、心配要らないと分かったところで私たちは宿屋探しを始めた。
深夜ということもあって街の中は殆ど明かりはついていなかったけど、所々ついているところもあったのでそこを探していく。
そうして探すこと三十分。
「見つからないね……」
「まあ、深夜だからね。この時間に空いてるのもほとんどバーでしたしね」
これは困った。どうしよう。
「こういう時はシオンに聞くのがいいんだよ。ヘイシオン、どうすればいい?」
私は頼みの綱であるシオンに質問してみた……のだけど
――あれ、何も返ってこない。
「おかしいな、シオンが出ないんだけど」
「もしかしたら寝てるのかもしれないですね」
「な、なんだって!」
今まで十年間シオンが寝てるところとかほとんど知らないんだけど、やっぱりシオンも眠気には勝てなかったか……。
このところシオンに聞くことも少なくなってきたし――よし、これからもっと酷使していくことにしよう。
「こうなったら最終手段を使うしかないか……」
「最終手段、ですか?」
そう、私はこんなこともあろうかと一応考えていた事を実行に移すことにした。
「泊まるところがないのなら、作ってしまえばいいじゃない!」
「泊るところを作るって、どういうことですか!?」
「どうも何もそのままの意味だよ。まあ、要するにそこら辺の空き地を借りて家を作ろうということ」
ということで、街の中でもあまり目立たなそうなところに家を建てることにした。
場所は……もうここでいいかな。
ちょうどいい空き地もあるし、意外とここは目立たなさそうだし。
私は適当ではあるけど立地を確認しつつ、毎度お世話になっている例の魔法を使う。
「――《創造》」
私はつい数日前まで住んでいた、あの家を思い浮かべながら魔法を使う。
すると、瞬く間に家が作り上げられていく。
いつ見てもこの魔法はすごい。
何もないところからこういう物が産まれていくというのは僕からしたら信じられないようなことで、思わず目を奪われてしまう。
と、そうして無心で眺めているといつの間にか家が完成していた。
「完成……かな?」
「お姉ちゃんってやっぱりすごいですね! それも規格外に」
「あはは……。まぁ、新人だけど半分神様みたいなものだからね。
でも、居るかは分からないけど創造神様には流石に敵わないんじゃないかな。
《創造》って結構イメージとか、経験とかで出来が変わるみたいだし。アイデアがないと、そもそも何も作れないしね」
「流石にその道のプロには勝てませんよね。少し安心しました」
たぶん私なんかよりもすごい人――というか神様はたくさんいると思うけどな。
がっかりされたくないからミサさんにはもう少し私の評価を落としてもらいたい……。
「でも、その創造神様には一度は会ってみたいですね。神様に会うなんてとっても難しいことですけど」
「まあ私も会ってみたいかも」
「呼んだ?」
――――――!!!?
「曲者ッ!?」
「えっ、だれ!?」
突然どこかから声が……。
「私だよ、もう忘れちゃったの?」
「その声は…………だれだっけ?」
「えぇ!?」
でも、確かに聞いたことのある声なんだけど……どうも思い出せない。
「んー名前はたしか……ゼ、なんとかだったような。ミサさんは分かる?」
「えっと……わたしも思い出せないですね。確かゼニア……うっ頭が」
「二人して酷くない!?」
はあ……またこの人か。
「お姉ちゃん……どうしてここに?」
「覚えていてくれたんだね…………」
「流石に覚えてますよ」
妙に涙声のゼニアスさん。
妹のかわいい冗談を間に受けないでください!
――貴女、仕事があるからってついさっき神界に帰ったばっかりですよね?
それにしても、姿が見えなくて声だけ聞こえてくるこの状況、なかなかにシュールだな。
「ところで今どこにいるんです?」
「家の中……」
「な……もう入ってるの!?」
「流石お姉ちゃんのお姉ちゃん、早いですね……!」
えぇっと、これは褒めていいことなのかな?
「もう……。じゃあ、私たちも入ろっか」
「そうですね」
お姉ちゃんに先を越されたのは残念だけど、私たちは家の中へと入る事にした。
「すごい……」
「流石お姉ちゃん」
玄関の扉を開けると、中は本当にあの家そっくりだった。
正直、私もここまで上手くいくとは思っていなかった。
もしかすると、家独特のあの何ともいえない香りまで再現されているかもしれない。
やっぱり家っていいね、落ち着くよ!
「シュナよ……確かにいい出来だけどこれで満足していたら先へは進めないよ」
「どういうこと……?」
私が家の中を見てまわっていると、キッチンにいたゼニアスさんが私にそう話しかけてきた。
「機能面よ。小さな物はともかく、家なんかの大きなものを作るには……凄まじい集中力とイメージが必要になってくる。
シュナの場合どうやらそこは問題ないみたいなんだけど……細かいところまで考えないと水とか使えないじゃんか!」
はっ……確かに!
「ほら……例えばここの水道、見栄えはいいけど水の魔石とかを作り忘れたり構造も細かく作ってないから使えないでしょ」
「うっ、その通りです」
「ということで私が作り変えておきました。感謝してもいいんだよ?」
そう言い、視線をちらちらとこちらへ向けてくるゼニアスさん。
「わーすごいすごい。ありがとうおねーちゃん」
「ふっふっふっ、まあ私は創造神だからこんなこと朝飯前ですけどね!」
こいつちょろいな……。
「というか、ゼニアス様が創造神様だったんですか!?」
「あ、確かにお姉ちゃんが創造神だっていうのは初耳」
「あれ、シュナには伝えたことあったような……」
え?
本当に忘れていたパターン?
「あっ、そういえばそんなことを言われたような…………まあとにかく手直しはありがとうございます」
「別にいいよ。かわいい妹のためならなんだってするから」
ん、いま何でもするって?
「ゼニアス様とお姉ちゃんは、結構似ているところがあるんですね」
「え?」
「まあ、私の妹ですから。姉に似たっておかしくはないよね」
ど、どこが似てるの?
私とお姉ちゃんとじゃ全く似てなくない!?
それに、私お姉ちゃんみたいに鈍くないし。
「どこが似てるの?」
「「シスコンなところ」」
――はっ!!?
「……確かに。でも、妹は愛したいよ」
「大丈夫。シスコンは名誉なことなのよ」
名誉……。
「なら、いいのかな……?」
いい、よね?
「…………変な感じになったのでとりあえず帰ってくれません?」
「やだ……」
「…………はぁ」
なんか、お姉ちゃんが駄々をこねる子供みたいで、思わず重いため息が口から出てしまった。
「うっ……しょ、しょうがないなぁ。まあ、今日は大人しく引き下がっておくね。ちょっと行きたいところがあるし。
でもいつか一緒にお風呂入ったり、一緒に寝ようね」
な……。
「まあ、それはまたいつか」
「……言質はとったからね! いつかお願いね」
「はいはい……」
おっと、私としたことが失言を……。
でもまぁ、日頃の感謝を込めてという意味では一緒に寝るくらいはしてもいいかも。
「ああ、そういえば一つ質問があるのだけど……」
「ん、何? 何でも聞いて!」
前々からお姉ちゃんに聞きたいことがあったので、この機会にせっかくだし質問してみる事にした。
どうやらお姉ちゃんも乗り気なようだし、今がチャンス!
「神様関係の質問なんだけど、お姉ちゃんは『トコヨノタチガミ』って知ってる?」
「ん……? それって神様の名前かな?」
「多分……」
『トコヨノタチガミ』――僕を神の願い箱を通して助けてくれた神様。
あの後結局死んでしまったから申し訳ないなぁと心の片隅でずっと思っていて、できればお礼でも伝えたかったんだけど……どうやらお姉ちゃんの反応的に、お姉ちゃんも知らない神様のようだ。
「大丈夫、分からなくてもいいよ?」
「ごめんね? できれば力になりたかったんだけど……。でも、多分その神様は私たちの神界とはまた別の所の神様かも」
「神界とは別……?」
神界にも何か種類みたいな物があるのかな?
「まぁ、シュナがその名前を知ってるってことは向こう側から何かしらあなたに干渉して来たんでしょ?
なら、いつか向こうから挨拶にでも来てくれるかもしれないね」
神の願い箱で一方的に干渉したのはむしろこっち側な気がするけど……。
まぁ、でも神の願い箱で繋がったということは……一応こっちからも繋がりを作れるって事だよね。
なら、心配しなくてもいつか話でもできるかもしれない。
「ありがとう。色々と心が軽くなったかも!」
「そう? なら良かった」
うん、本当にお姉ちゃんには助けてもらっているし……少しは恩返ししないとなぁ。
「じゃあ私はこれで」
「うん、じゃあね」
お姉ちゃんはそう言うとパッとどこかへ行ってしまった。
本当に風のようにやってきて風のように去っていくな……。
「よし、もう寝ようか」
「さんせー」
お姉ちゃんも居なくなってしまったので、私たちは夜も遅いしささっと寝てしまう事にした。
「じゃあお風呂にだけ入って寝ます。ご飯は明日の朝一で食べにでも行こうか」
「そうてすね、そうしましょう」
ということで…………久しぶりのお風呂だ!
「お姉ちゃん、先に入っていいですよ」
「え、いいの?」
「日頃の感謝をこめて一番風呂は譲ります」
あら、私の妹が優しい。そういうことなら……
「じゃあ私が一番で! 早速お湯をはってくるね」
「うん」
という事でお姉ちゃんに直してもらった事で水もお湯も使えるようになったので私は湯船にお湯を張って、それから入る事になったのだけど……。
またしても服を脱いだところで気がつく。
「私……自分の体を洗えないんだった」
終わった……。
もういっその事魔法で体をきれいにすればいいのかな。
でも、それだと一番を譲ってくれたミサさんに申し訳がない。
「あぁ……詰んだ」
もう体を見ずに洗うしかない。
感覚は……もうどうしようもない。
「とりあえずお湯につかりながら考えよう」
私は一応掛け湯だけして湯船につかると――そこで何か変な感覚を覚えた。
そして……その瞬間すべてを悟った。
私の胸はミサさんのと比べるとそこまでなのだけど平均的に見れば……十六歳にしては大きくし過ぎたかもしれない。
だから十歳の体との差が大きすぎてその分感覚も――
あ〜〜〜〜もう!
本当に疲れる。
それから先、終始ドキドキしながら体を洗ったのはしょうがないことだろう。
◇ ◇ ◇
私は二階の両親とユイの寝室にあたる部屋のベッドの上に倒れ伏していた。
「大丈夫ですか? お姉ちゃん」
そして隣で寝ているなぜだか凄く気分のよさそうなミサさんに私は心配されていた。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫。大丈夫だよ…………」
私はこぶしを握り締めて涙をこらえた。
こんなところで、くじけてたまるかっ!
「ミサさんはもう夜遅いし寝てて。……私はちょっと外に出て風にあたってくる」
「う、うん」
「すぐ戻るから心配しなくていいよ」
「分かった。おやすみ、お姉ちゃん」
「うん。おやすみ」
私はミサさんにそういうと玄関の扉を開けて外へと出た。
肌に触れる風は冷たくて、私の体と心の熱を取ってくれた。
「ふぅ……」
やっと落ち着いた。
「さて――――また面倒ごとを片付けるとしますか」
この姿じゃ動きづらいし、一応魔族の角を付けた僕の姿に戻るか。
というかお風呂もこれで済ませればよかったのか。……失敗した。
「《変身》」
僕が魔法を発動させるとちゃんと僕の体に戻ることができた。
すると、陰からこちらの様子を伺っていた何者かがビクッと体を震わせたのを感じる。
「――隠れてないで出てきてもいいですよ?」
僕が牽制の意味も込めてそう言うと、何者かは近くの路地裏に逃げていってしまった。
これで出てきたら相手は相当強いから油断できなかったけど、逃げたのなら大丈夫か。
僕たちは当たり前のように《変身》を使っているけど、この魔法は相当な実力を持っていないとできない。
それに、痛みに声も上げなかったとなれば……その人の実力は計り知れない。
目の前でこの魔法を見せたのはこれで相手が退くか、それとも出てくるか試したかったから。
結果として相手は逃げてしまったわけだから、警戒の段階を一つ下げても構わないだろう。
――とはいえ、ここで易々と逃す僕じゃない。
即席で作った家の事とか、変身したこととか、全部黙っていてもらう必要がある。
それに、なぜ監視していたのかも気になる。
と、いうことでしばらく後をつけさせてもらうことにしよう。
自慢じゃないけど影を消すことは得意なので、見つかることはないだろう。
よし、見失っても困るからそろそろ動き出さないと。
僕は出来る限り気配も音も立たないように、一定の距離を保ちつつ後をつける。
勿論、後ろから僕がつけられていないかも確認している。
思ったけど、隠密行動ならやっぱり私に戻るのが一番いいんだよな。
機動力もいいし、小柄で隠密に向いているし。
まぁ、せっかく僕の体に戻ったんだし、しばらくはこの体で過ごそうかな。
転生してからすり減りつつある男成分を取り戻さないと。
このままだと本当に心まで幼女に染まってしまう。
それだけは絶対に起こしてはならない。
死守せねば!
と、そんなことを思いながら後をつけているわけだけど……本当にどこへ向かっているのかか分からない。
たまに後ろをちらちら見てくるし、変に道を曲がったりして遠回り?をしているように感じる。
バレてはいない……と思うんだけどなぁ。
シュナの姿には劣るとはいえ、それなりに隠密能力はあると思うんだけど。
自分で言うのもなんだけど影が薄いし。
こうやって僕が追いかけ回している間に家に攻め込まれてたら……と思うと少し怖いけど、一応簡易な結界は張ってある。
というか張ってあったと言うのが正しい。
どうせどこかの過保護な神が張ったのだろう。
だからそこに関してはそこまで心配はしていない。
ということでストーカー行為に勤しんでいるわけですが……っと、そうこうしていると相手がそこの建物に入った!
一体どこに……って、どこか見覚えがあると思ったら耐震性、耐久性共にバッチリのあのビルじゃん!
ついに進展あり。
鬼ごっこも終わりじゃいっ!
少しおかしなテンションになりながらも僕は心を落ち着かせてビルの中へと入るのだった。
中に入るとそこはかなり広いロビーになっており、特に変なものや目立つものはない。
あるのはただ、すごく高級そうな内装だけだった。
例えるなら高級ホテルのロビーみたいな?
ううっ……こんな内装の家に一度でいいから住んでみたかったよ!
こんちくしょうっ!
さて、とはいえこんなところに一体何があるのだろうか?
見た感じホテルか、何かの会社か、もしくは役所みたいな感じがするけど……こんな所に入り込んで一体何をするつもりなんだろうか。
そんな疑問を持ちながらも、影から様子を窺っていると……追跡対象はロビーの先の通路の一番奥の部屋へと入っていった。
扉を見るとご丁寧に『staff only』と言う文字が書かれており、一体どんな人物なのか一層分からなくなった。
もしかするとこのホテル?役所?全体が怪しいのかもしれない。
つまり、なかなか闇の深い場所へ入ってしまった?
……それでも僕はこの扉の先へ入りますけどね!
部屋ってことは隠密も流石に意味ないと思うから危険が増す。
けど、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。
ここで面倒事を片付けないと後々もっと面倒なことになる気がする。
残念なことに僕の悪い予感は当たるんだ……。
という事で、より一層気を引き締めて僕は扉の中へ入る。――が
「ッ……!?」
部屋の中へ入った瞬間、視界が全て白に包まれた。
おそらく煙のような物が僕の体を包んでいる。
――嵌められた?
そんな考えがよぎるが、すぐに振り払う。
僕がつけていることがバレるとしたらそれは余程の実力者。
それこそ、神様に何か力でももらわない限り今の僕を認識することすらできないだろう。
だけど、今、こうして僕は謎の煙に視界を奪われている。
その事実が僕にうるさい程警鐘を鳴らす。
何があってもいいようにと、僕は身構え……何か動きがあるのを待つ。
煙の中で攻撃を喰らう可能性を考えたからだ。
食らったところでおそらくどんな攻撃でも致命傷にはなり得ないけど……念には念を、という事だ。
そうして、しばらく煙の中で身構えていたが……相手に全く動きがない。
という事で、流石に相手が何をしたいのか分からなくなって辺りを見回す。
すると、煙に満たされた部屋の中に、一つこちらをじっと見つめる黒い影がある事に気がついた。
ミサさんがシュナに一番風呂を譲った本当の目的とは一体……!?