作戦会議と覗き魔と 2/2
「でも、お姉ちゃんってよく無詠唱で魔法を使えるよね。……私がやったら少し不安定になっちゃうかも」
「ん……前世の時も最初から無詠唱で習わされたしね。周りもみんなそうだったからそれが癖になっちゃって。
だから、多分無詠唱のほうがやりやすいと思うんだ」
――それに、ほとんど詠唱とか分からないし。
本来は詠唱をして魔法を発動させるのが普通なんだけど、頭の中で魔法が発動するイメージを強く持つことによって魔法の名前だけで発動させることを可能にしている。
本来詠唱は魔法の発動のイメージと魔力の制御を補うためにあるようなものだから、イメージと制御の感覚さえ掴めれば誰でも無詠唱でできるんだよね。
でもそのイメージを持ったり、魔力の制御が難しいから無詠唱で魔法を扱える人は少ないのだけど……私は前世でアニメとかを見ていたせいでそこらへんのイメージはほぼ完璧になっているし、この体のおかげで魔力の制御も難なくできる。
そのせいか、難しい詠唱をするよりもイメージをして発動する方がやりやすくなっているのだ!
でも、この体なら魔法の名前を知ってるだけで使えちゃうような気もする。
流石神様といった感じだ。
「すごいね!流石お姉ちゃん」
「えへへ……照れるなぁ」
ユイに褒められてしまった。
……すごい嬉しい。
「じゃあそろそろ変身しようかな。《変身》って結構難しい魔法なんだけど……前世の姿に角を生やすだけなら想像しやすいし私も無詠唱の方がやりやすいかも」
ユイはそういうと、一呼吸ついた後《変身》と唱えた。
「――っ!!」
「大丈夫!?」
するといきなり痛みが襲ってきたのかユイは体を震わせる。
表情は少し苦痛で歪んでいるけど、魔法のお陰か本当に我慢できないほどの痛みではなさそうなのでそこは一安心。
「うん、大丈夫っ! こんな痛みに負けるくらい私は弱くはないよ」
「……頑張って!」
ユイは体が変わる最中歯を食いしばって、何とか痛みに耐えていた。
大丈夫だと分かっていても、妹がこんなに苦しむ姿は見てられないし……それに心配。
ユイの為にも私がもっと強くならないとね!
「ん……!」
そして、《変身》を唱えてからしばらくすると痛みも落ち着いてきたみたいで、ユイの顔も辛そうじゃなくなっていた。
それに、気づけばもうすっかりミサさんの姿になっていた。
「わぁ、すごい! 私、身長こされちゃった……!」
頭を撫でようと思っても、手を伸ばしてやっと届くくらいの高さだから難しいかも……。
むぅ、姉としてこの状況は少し頂けない。
「痛みも引いてきましたし、動けるか少し試してみましょうか。……それにしてもこの感覚、懐かしいですね」
ユイ――いや、この姿でユイというのは少し違和感があるからミサさんと呼ぶことにしよう――は腕を回したりして感覚を確かめていた。
「なにか、成長痛に近い痛みを感じますが……体は問題なく動くみたいです」
「そう……良かった!」
僕と違ってミサさんは記憶が連続してあったわけだし、角が生えているとはいえ確かに久しぶりの元の体ということになる。
「じゃあ私も僕の姿に――」
「――いや、ちょっと待て」
「…………なに」
さっきからシオンには出鼻を挫かれたばかりで…………さてはお仕置きが足りなかったかな?
なら、もっとつねってやってもいいんだけどなぁー?
まあ、でも少しくらい言い分を聞いてやろうではないか。
「お前の元の姿は、少し有名すぎやしないか?」
「ん……それは、確かに?」
確かにあれだけの戦いをしたわけだし、魔族達が記憶改変されていたとしても、もしかしたら記憶に残ってるかも……?
でも、あれ?
たしかあの時ーー
「――そういえば観客達をシオン自身の手で殺してなかった!?」
「あ、あれは一応転移魔法で避難させたから」
ん、本当かなぁ。
「本当に? 全員避難させたの?」
「……八割がた」
私が追求するとシオンは弱気になって、そう呟くようにして罪を吐いた。
……やっぱりダメじゃん!
でも、まぁその八割が僕のことを知っていて、そして街中でバッタリ会う可能性もあるってことか。
「じゃあ、私は何に変身すればいいの?」
「知らん」
「ええっ!?」
そこはシオンが何か考えてくれるんじゃないの!?
どうしよう。私が足を引っ張っちゃってるよぉ。
「……なら、一つ提案があるのですが」
と、私があわあわと困っているとミサさんが手を差し伸べてくれる。
ミサさん……助けてくれるの?
「シュナの何年後かの成長予想の姿になればいいのではないでしょうか」
「ん……その心は?」
「特徴は基本的にそのままなので変身する際のイメージは比較的しやすいかな、と」
なるほど、確かにそれならいけるかも!
結局の所、イメージさえ掴めれば何でもいいからね。
「なるほどな。――で、本心は?」
「……やっぱりシオンさんにはバレてしまいますか。単純に見てみたいだけですよ。お姉ちゃんの成長した姿を」
そんなことを考えていたんだ!?
ミサさんがそんな事を思うなんて、少しビックリした。
「そしてあわよくば…………いや、何でもないです」
「え、なんか怖いよ……!」
あわよくば……って、一体何をするつもりだったんだろう?
まさかナニをするつもりなんだろうか!?
……すみません、何でもないです。
反省してます。
「まぁいいや。その案でいこうよ」
「あぁ、特にこれといった問題は無いしな」
よし、じゃあ早速やってみるか。
「自分の成長した姿を思い浮かべればいいんだよね?
それじゃあいくよ! ―― 《変身》!」
骨や内臓がごちゃごちゃになり、体が作り替えられていく感覚……。
二回目でも、やっぱり不快な感覚であることに変わりは無いなぁ。
でも、私の場合はそれに痛みが加わらないだけマシなんだけどね。
そんな事を考えていると、体のごちゃごちゃがだんだんと収まってきた。
そして、気づいた時にはもう体が変化していた。
「お姉ちゃん、可愛いです!」
「お前…………盛ったな?」
「盛った? そんなに? わたしのイメージではこんな容姿なんだけど」
というか、順調に成長していけばこんな風になると思うけど。
「いや、明らかに盛ってるだろ――――胸を」
シオンがそう口に出した瞬間、彼はどこかへ吹き飛んでいってしまった。
私の無意識のうちに放たれた渾身の一撃が炸裂したともいう。
でも、どちらにせよシオンの分身はいつか見たアニメの様にキラッと光ってどこかへ飛んでいってしまった。
「流石に無いよ! それは!」
「あれは殴られても仕方ないですね」
流石にシオンのデリカシーを欠いた発言には、ミサさんも思うところがあったようだ。
だけど、あそこまで言われてしまうと少し気になってしまう。
「ねぇ、そんなにやばい?」
だから、思い切ってミサさんにそう聞いてみたのだけど……。
「いや、その……挟まれたい」
「…………」
帰ってきたのはデリカシーもひったくれもない、そんな言葉だった。
ダメだ、頼みの綱である筈のミサさんまで壊れてしまった!
こうなったらもう誰も信じられないので、私は色々とお世話になっている《創造》を使って姿鏡を作り出し、自分の姿を眺めてみた。
――――ロリ巨乳が、そこにいた。
「な、ななっ、何これぇ!? 私、こんなのこれっぽっちもイメージしてないんだけど!!?」
「お姉ちゃん、大丈夫。分かるよ、分かるよ……」
「分からないでぇ!!」
こ、こんなの絶対におかしい! 絶対に妖怪の仕業に決まってるよ!
私はそんなこんなで困惑して、変な事をただ考えて叫び続けていると――
「やっぱり……思った通り妹がさらに可愛くなったわ!」
という声がどこからか聞こえてきた。
ミサさんでも、もちろん私のものでもない、でもどこか聞き覚えのある声。
「この声は……まさか!?」
「お姉ちゃん、知ってるの?」
「うん、たしか名前は……」
「そう、私は」
「――誰だっけ?」
「酷くないっ!?」
どこかで聞いたことのある声なんだけどなぁ、忘れちゃったなぁ。
――――はぁ……。
「私をこんな体にしたのは貴方ですか、ゼニアスさん……」
「あ、覚えていてくれたんだね!」
「当たり前じゃ無いですか」
正直なところ、少し忘れていた。
でもそれは秘密ということで。
そんな事を思っていると、私の後ろの茂みからガサガサと音を立てながらゼニアスさんが現れた。
突然現れてこんな事をするなんて、本当に神様なのかな?
「それで、どうしてこんな事を?」
「膨れ顔も可愛い……」
「え?」
「や、何でもない。ただその姿を拝みたかっただけ」
それだけ……? なんか酷くない?
「戻して……」
こんな姿じゃ国に入れても恥ずかしくて出歩けないよ!
「……むぅ、名残惜しいけど直してあげる。はい、どうぞ」
ゼニアスさんがそう言うと、ポンッと私の姿がさっきのイメージしていた物に変わった。
良かった……これで一安心。
「……すごい、無詠唱どころか魔法の名前すら口にしなくても魔法が使えるのですか!?」
「そう、少し前にこの技を我が物にしたのよ!」
「そうなんですか!」
そういえば魔法の名前も言わずに私を戻したよね。
やっぱりちゃんと神様なんだね。
でも、だからこそ、そういう所なんだよなぁ……。
「それにしても、何故ここに?」
「ん?変身しようとしてたから可愛くしてあげようかなーーって」
「……やっぱり見損ないました。帰って下さい」
私の疑問に、あたかも当然のようにケロッとした態度でそう言うものだから、一瞬どう反応していいのか迷ってしまった。
というか、仕事とかはいいのかな?
神様が仕事をさぼってるとか、なんかダメな気がするんですけど。
「えぇーー酷くない?じゃあお姉ちゃんって私のことを呼んでくれたら帰ってあげる」
「じゃあ一生そこで仕事をさぼってて下さい」
「むぅ……。でもしょうがないか、酷いことしたもんね……。じゃあ帰りますよ。シュナ、頑張ってね」
ゼニアスさんがそう言うと、目の前に音もなく大きな光る魔法陣が現れた。
あれはたしか、転移門というやつだった気がする。
――――うっ、何故だか罪悪感が。
「あーもう、分かったよ……お姉ちゃんもお仕事頑張ってね!」
「…………うん、がんばる」
私がそう言うと、ゼニアスさんは笑顔で転移門の中へ入っていった。
そして、その場からゼニアスさんが居なくなると「ふぅ…………」という深いため息がどうしようもなく、私の口から溢れてきた。
「お姉ちゃん、あの人は一体?」
「あー、あれはこの前話した神様のゼニアスさん」
「え!?あの人が……。だからお姉ちゃんって呼ばせようとしていたんですか」
「そうそう」
まさか、このタイミングでやってくるとは。あの時にいつか遊びに行くと言われていたけど……すぐ来たね。
ああ、でもゼニアスさんにとっては十年くらい――神界では少し時間の流れが違うらしいけど――待たされた訳だし、すぐじゃないのか。
「ところで……シオンはどうする?」
『本体はここにいるが分体は……地平線の彼方まで飛ばされたな』
っ……。ごめんね……。
「まぁ……すぐ戻ってきたけどな」
「あっ、戻ってきた!」
「……かなり遠くに飛ばされたと思ったのですが、流石というか。戻ってくるのが早いですね。これならもう一度くらい飛ばしても問題ないですかね」
良かった……。
って、ミサさんは不穏なこと言わないの!
「ところで、何か言わなきゃならない事あるんじゃないですか?」
「す、すまなかった! いや、まさかアイツの仕業だとは思わなくてな」
「いやいや、こっちこそつい……ごめんね」
本当に戻ってきてくれて良かった。
「仲直りもできた事だし、そろそろ行きませんか?」
「そうだな、ハプニングはあったが全員変身できた事だし」
「よし……そうと決まれば早速向かおう!」
気を取り直して……
「魔国へ向かって出発進行ーー!!」




