旅の始まりと昔話
あの後ユイ――ミサさんに今までの事と、これからやらなくちゃいけない事を話した。
それでも一緒に来てくれると言ってくれたから、私は嬉しくてつい抱きついてしまった。――もちろん、すぐ離れたけどね……?
そうして、私たちは一緒に魔国へ行くことになった。
空を飛んで行ったり、車のようなものも神様の力で作れるようだけど、それは使わないことにした。――いや、使えなくなってしまった。
「旅なんてした事ないので、とても嬉しいです。……それに翔さんと一緒に旅をする事ができて……嬉しすぎて死んじゃいそうです」
だなんて言われたら、そんなことできない。
でも、私も旅なんてした事ないようなものだし……長く楽しんでいたいっていう気持ちもあるから、これで良かったんだって思っているんだけどね。
でも、シオン曰く魔国はここから近いと言っても私たちの足だと三、四日かかるらしいから気長に行こうかな。
そこまで急ぐ旅でも無いだろうし、少しくらいならいい……よね?
――でも、少し困る事がある。ミサさんの事をどう呼んだらいいのか分からない。
私としてはユイって呼ぶのが一番しっくりくるし、それが良いんだけど……僕としてはミサさんと呼んでいることに慣れているし、そう呼びたいらしい。
僕の考えも気持ちも分かるし理解もしているつもりだけど――――でも、どうしても私はユイって呼びたい!
こんな感じで二つの心が行き違っているから、少し困ってしまっている。
こういう時はミサさん――ユイに聞いてみるのが良いのかな?
そう思って私はユイに直接どうするのが良いのか聞いてみることにした。
「……ミサさん」
「ん、何ですか?」
「あの、実はかくかくしかじかで……」
「なるほど、確かにそれは問題ですね」
え、本当にそれで伝わるのっ!?
もしかして『かくかくしかじか』って魔法の言葉なのでは?
「私としては今まで通りユイって呼びたいんだけど……僕としてはミサさんって呼びたいの」
「それなら、簡単じゃ無いですか?翔くんの姿になった時は『ミサ』、シュナの姿なら『ユイ』と呼べばいいのではないでしょうか」
なるほどね……。確かにそれが一番かも。
「流石ユイ、頭いい!」
「別にそんなにすごい案じゃ無いと思いますけど、解決したのなら良かったです。
……じゃあシュナとして過ごしている時は私もユイとしていようかな。その方がお姉ちゃんも話しやすいでしょ?」
「それは嬉しいけど、ユイは本当にそれでいいの?」
やっぱり姉たるもの、妹の意見は尊重するべきだと思うのです。
だから、本当にいいのか聞いてみたけど……
「うん、それがいいの」
「やった!ありがとう」
ユイがそれでいいと言ったからこれでいいのだ!
強引じゃ無い……よね?
「それにしても……翔さんも変わったよね」
「ん、そう?」
今も昔もあまり変わっていないと思うけど。
――はっ!もしかして僕が幼女に染まったということか!?それはシュナの影響であって、決して僕は変わってなんか無いからね!?
「ほら、昔はもっとこう……苦しそうだったというか」
「ああ……そうだね。確かに変わったかも」
そうか、僕の記憶は間違ってるんだった。
でも、ゼニアスさんにいじられたおかげでユイの言うように明るくなってるんだとしたら――感謝しないとね。
「今の翔さん――シュナも明るくて、私は好きですよ」
「うん、ありがとう!」
なんか、面と向かってそう言われるのはこそばゆい。でも、嫌いじゃない。
「それにしてもユイってずっとミサさんとしての記憶はあったんだよね?」
「ん、そうだよ」
そうすると、ユイが今七歳だから……七年くらい経っているのか。
「よく僕の事をそこまで覚えてたよね」
「…………むぅ」
あれ、何故かユイがふくれてしまった。単純に記憶力を褒めたつもりだったんだけど……。
「覚えてない方が良かったの?」
言い方が悪かったかな、なんて思っているとユイは少し怒ったような声でそう言った。
「えっと、そんな訳ないけど……ごめん、怒らせちゃった?」
「だったらそんな風に言わないで?私は翔さんの事を大切な存在だと思っているのに……翔さんは違いましたか?」
「え?私――いや、僕もミサさんのことは大好きだし大切に思ってるよ。だから、覚えていてくれてすごく嬉しかったの!」
「――っ!?」
僕はなんとか誤解を解こうと、思っている事を正直に伝えたのだけど、ユイは顔を少し赤くして黙ってしまった。
――怒らせちゃったのかな……。
「……翔さんはずるいです」
と、ユイは小さく呟くようにそう言った。
「ん、何が言った?」
私はユイが小さく何かを言ったのを聞いて不思議に思ったのだけど
「なんでもない!」
と、ユイが言うからそれ以上は問い詰めないことにした。
「ところでお姉ちゃん、さっき話してくれたシオンって人は姿を表せないの?声だけでも私に届くようにしてくれると嬉しいんだけど……」
ユイは話を切り替えるようにそう言ったので、私もこのまま気まずくなるのも嫌だったのでその話に乗っかることにする。
「確かに……シオン、どうなの?」
『今はお前に取り憑いている様な状態だから、お前にしか話しかけたりはできないな』
なるほどねー。やっぱりシオンは私に取り憑いてる感じなのか。
「あ、でも取り憑いているんだったら私の体から抜け出せたりできるんじゃないの?」
『ああ、できる事にはできるが……ゼニアスの奴からそれは本当にまずい事態になった時の最終手段だときつく言われてな』
うぅーー、これは難しいなー。
「なら仕方ないね……諦めるしかないのかな」
『ふっふっふっ、俺を誰だと思っている。諦めるのはまだ早いぞ』
どうしようもないのかと諦めかけていた時、シオンが急に自信満々にそう言い放った。
「もしかして何か手が!?」
『俺はこの取り憑いている状態でも多少は力を使う事ができる様だ。だから俺はその力を使って分身を作る!』
なるほど、確かにその方法なら姿を見せる事はできそうだし、上手くやれば声も聞こえるように出すこともできるかも!
『いくぞ――《分身》!』
そして、シオンがそう叫ぶと私の横に突然光の球が現れた。
眩しくてよく見えないけどその光の玉は輝きながらも何かの形を成そうとしているようにも見えた。
「ま、眩しい!」
「なにが起こってるの?お姉ちゃん」
「わ、分かんない」
私たちは咄嗟に身構えた。
そしてやがて光が消えると、さっきまで光っていたものが何だったのかようやく分かった。
「シオン!?」
「何これ?可愛い!」
――そこにいたのはシオンだった。
でも、体がものすごく小さくて、二頭身で……そして可愛い。
そう、ミニキャラと化したシオンがそこにいた。
「どうだ?喋れてるか?」
「はい、喋れてます!聞こえるし、見えますっ!」
「シオン……どういう事?姿が……」
疑問しかない。ユイも若干興奮気味だし……。私もすごく驚いている。
……見ない間にこんなに小さくなって。
「……あー、そこには触れるな。万が一のために力を多く使う訳にはいかなかったんだ。……なりたくてなってる訳じゃない」
「そ、そうなんだ」
ユイも多分思っていたのはカッコいい人だったのに、まさかの可愛い人でがっかりしてるだろうなぁ……。
そう思ってユイの方を向くと――ユイは目をキラキラさせながら「かわいい……」と小声で呟いていた。
えっと……お気に召したようで何よりです?
◇ ◇ ◇
「そういえばお姉ちゃん、私お母さんたちに何も言わずに飛び出してきちゃったけど……大丈夫かな?」
ユイはシオン(分身)を胸元に抱きしめながらそう聞いてきた。
なんて羨まし――いや、けしからんのだ!
でもそうか、私はみんなから忘れられてるみたいだけどユイは違うからなぁ。
「分かんない。でも、ちょっと良くないかもね。……手紙とか置いてきた?」
「んーー。書いてない」
「そっか、どうしようか……」
ユイは首を横に振ってそう言った。
……うーん、お母さんたちは自分たちの娘が突然消えて何もしない人じゃないから、探しに来たりするかもしれないんだよね。
――まぁ、魔国へは流石に来ないとは思うけど。
でも、最近は魔族側の動きが小康状態にあるって聞いた事があるな。――たぶんシオンが居なくなったせいだろうけど。
だから、取り敢えずシオンを魔国に戻して魔族が人族と今まで通り戦えるようにする。
私たちはだけじゃ骨が折れるし、やっぱりそれが先決なんだよね。
と、少し話が逸れたけど……今は小康状態な訳だし母の力は恐ろしいからね。もしかしたら本当に来るかもしれない。
「……どうしよう、お姉ちゃん。まずいかも」
あぁ、ユイが少し震えはじめてしまった……。ここは姉としてなんとかせねば!
「ユイ、何とかなるって!」
「……お姉ちゃんはいつもそうやって能天気なんだから……うぅ」
私は元気を出して!という意味を込めて親指を立てたんだけど、ユイは今にも泣き出しそうな声でそう言った。
はわわわわ!こ、これはまずいっ!姉として頼りないと思われているのは非常に良くない!
……何か、何か手はないのか!
「そうだユイ、昔話をします!」
「え、別にいいけど……どうして突然?」
「それはもちろん姉としての地位を復権――――ユ、ユイを助けるためだよ!?」
「ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」
……うぅ、言葉が痛い。でも、そんなこと気にしない!
「前世で通っていたとある小学校で、ある日先生にこんな話をされたの。
『あなたのお父さんやお母さんはあなたの事をとても大事に思っている筈ですから、自分や他人の命を軽く見てはいけませんよ』……って」
「うんうん」
「それで、私はお家に帰ってお母さんに聞いてみたの。『お母さんは僕のこと大切?』……って。
そしたら『それはもちろんよ』って力強い声で言われたの。
それを聞いた私は嬉しくなってもう一つお母さんに聞いてみたの。『僕がもし重い病気にかかって、余命が残りわずかだってなったらどうする?』って」
「ふんふん」
「私は『今まで以上に優しくする』みたいな答えが返ってくると思ったのだけど、実際は『いつもより優しくするかもしれないけど、今まで通りかもしれないね』って、言われたの。
まだ幼かった頃の僕はそれを聞いて悲しくて、逃げちゃったんだけど……今ではね、わかるんだ。私はお母さんの話をその時最後まで聞いてなかったんだって……。
そして、今ではその続きの言葉がわかる気がするの『今まで通り全力で愛する』……多分こんな感じのことを言おうとしていたんじゃないかなって」
「みゃーみゃー」
「いつも全力で愛するから余命が残りわずかでも、愛情の強さは少ししか変わらない。
今では分かる、それが凄いことなんだって。僕はとても愛されていたんだって。
……でも、それに気づいたのは、ひどい事に両親が事故で死んでしまった後。
私は、きっと一生この後悔を背負っていくんだなぁって、思ったの」
「にゃーにゃー」
…………。
「……ねぇ、シオン」
「ん?――――えっ、俺!?」
「ユイがさっきからものすごく可愛くて抱きつきたい衝動が抑えられないんだけど、姉妹だし大丈夫だよね?……大丈夫でしょ?いいよね?」
相槌がさっきからすごく可愛いし、頷くのも可愛いし……あーーっ、ユイたん食べちゃいたいよー!
「お前、大丈夫か?…………もう一回死ぬ?」
「はっ!私は……なにを……」
ギリギリのところで私は正気を取り戻す。
危ない、今何かがおかしかった。
頭のネジが外れたというよりも、頭のCPUが壊れてぶっ飛んで行っていた。
シオンが私の事をゴミを見るような目で見てくれなかったら今頃どうなっていたことか……。考えるだけでも恐ろしい。
でも、このままだと私が変な人で終わるのでは!?
「コホン、えっとね。私が結局ユイに伝えたい事は一つ!後悔しないように全力で動いて、考えろ!それだけ!
だから……ユイのためなら私はいつでも手を貸すよ!」
はぁ、なんとか立て直してまとめに入れた。
「……所々どうかしたのかなとは思ったけど、ありがとうお姉ちゃん。お姉ちゃんが協力してくれるっていうなら…………使えるだけ、使ってやらないとね」
あれ、今一瞬腹黒のミサさんが出てきた気がするんだけど気のせいだよね?
でも、なんとか名誉挽回とまではいかなくても印象は良くなったのかな?なら、良かった!
「じゃあ、早速で悪いんだけど……手紙を書くための紙とペンと消しゴムを頂戴?
あと、出来た手紙をみんなのところに持っていってほしいなぁ。……お願い、お姉ちゃん!」
――お姉ちゃん…………。
私の中でその素敵な言葉が反響する。
あぁ、ユイが私の事を頼ってくれるなんて感激!
「アイアイサー!」
私は快く了承すると、旅の途中で必要になった道具を出すときにもお世話になった魔法を使う。
「――《創造》」
私が紙とペンと消しゴムを思い浮かべてそう言うと、虚空から想像した通りのものが出てきた。
……ふっふっふっ、この世界にある消しゴムは十数年の年を重ねても未だ地球の物には程遠い!
なので、私はユイもその消し心地に感激するだろう……だなんて思いながら地球にある消しゴムを想像して創作したのだ!
「安心して使うがよい!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
ありがとうって言われた!……すっごく嬉しい!
「……こいつ、本当にこれから大丈夫なんだろうか。人間に使い潰される神って……まずい、よな?」
そんな事をシオンが呆れながら呟いた事をシュナは知らない。
(何でも作り出せるお姉ちゃん…………これは使えそうね)
と、ユイが少し幼さの抜けない邪悪な笑みを浮かべてそんな事を思っていた事をシュナは知らない。




