思わぬ奇跡と再会と
僕の姿を見て驚いている少女が一人。――そしてそれはもちろんユイの事である。
そんなユイは僕の姿を見た途端に口元を抑えて地面に膝から崩れ落ちてしまった――って、そこまでされると少し傷つくかも。
そうか、でもどうやらこの姿に変身するところを見られたようだ。であればこの反応も頷ける。
うんうん、いきなりお姉ちゃんがこんな男に変身したら怖いよね。――って、そんな事考えている場合か!
「シオン、これ……どうすればいい?」
僕は小声でシオンに助けを求める。せめて何かこの状況を切り抜けられる案はないか……!
そう期待しての質問だったんだけど
『――自害する他ないな。そうに決まってる』
「……え?」
どうやらシオンも役に立ちそうに無かった。
『すまん、取り乱した。何故ここに居るのかはともかく、一先ず壁を越えて逃げよう。ユイの体格なら登ってはこれないだろう』
「なるほど……流石シオン、天才!」
なんと、意外にも策はあったのである。
流石魔王なだけある。僕の中でシオンの評価を上げておこう。
「で、逃げた後ってどうすればいいの?」
『知るか、んな事』
「えぇ……」
あまりにも無責任なシオンの姿に、僕は失望の念を抑えられなかった。
やっぱりシオンの評価はもう少し下げておこう……。
しかし、これでみんなに知られずにこっそり抜け出すという作戦は失敗した訳かぁ。人生もう少し上手くいかないものか。
こうなったらいっそシオンの言うように一度死んで人生やり直してやろうか、そうしようか。
そんな事まで考えていた時だった。
「あっ、あの…………翔さん、ですよね?」
出るはずの無い言葉がユイの口から出たのを聞いた。
見れば、目の前のユイは目に大粒の涙を浮かべている。まるで二度と会えないと思っていた人が目の前に現れたかのような……。
――でも、流石に聞き間違いだよね?だって、そんなのおかしい。ユイが十年前に死んだ僕の存在を知っているはずがない。
いよいよ分からなくなってきた。
「翔さん……じゃないんですか?」
「え?いや、違うと言えば嘘になるけど…………どうしてその名前を?」
最近うちの妹が怖いんです。さっきまで家で寝ていたと思えばここに居るし、僕の名前を知っているし。
「ごめんなさい。そういえば私の名前をまだ言ったなかったですね……」
えっ、いやそれは知っているけど。だって、ユイでしょ?
「私の名前は…………ミサーナと言います」
――――嘘、だろ?
「ミサーナ……」
僕は今さっき自分の妹から出た言葉を反芻する。そして、自分の中でゆっくりとその言葉を溶かしていく。
「本当、なの……?」
「はい、もちろんです」
唐突すぎて、あまりにも信じられないような話だが、目の前の少女が涙を流しているのを見てそれが嘘ではない事を嫌なくらいに分らされた。
そして、それを感じ取った時……思わず僕も涙を流してしまう。
溢れる思いと感情で息が詰まるようだった。
蘇るのはあの時の思いと記憶。守ることのできなかった事の後悔。だけど、一番に思い浮かんだのは純粋な笑顔だった。
そして、姿は変われど泣きながらも微笑むあの人の姿がそこにあった。
「確かに私は死んでしまったけれど、でも生まれ変わって……それで」
「ミサさんっ!会いたかった!」
もう自分の気持ちを抑える事ができなくなっていた僕は、ミサさんに思わず抱きついてしまう。
側から見ればヤバい光景かもしれないけど、そんな事は気にしてられなかった。
「……こちらこそ、会いたかったです」
――もうしばらく感動の再開を味わっていたいところだけど、いくつか質問がある事を忘れていた。
「ミサさんはどうしてここに?」
「昨日、大事な用事が終わったので翔さんを探しに行くなら今がいいかな、と。……あれ、でもその用事って何でしたっけ……?
まぁ、でもこうして会えたわけですし……驚いてます」
……大事な用事って、シュナの誕生日の事だよね?
あれ、でもさっきから何故かシュナの事を忘れてしまったかのような反応、雰囲気がある。思い切って聞いてみるか……。
「あの……シュナって知ってます?」
「シュナ……?人の名前?…………聞いたことのあるような、無いような感じの名前ですね。翔さんの探し人ですか?」
「……えっと。やっぱり覚えて無いのか」
「?」
どうやらシュナに関する記憶だけ抜け落ちている?ようだ。
大事な用事があったという感覚はあるがそれが何だったかを覚えていないような……そんな感じかな。
『あー、今起きている状況を説明してやろう。
お前、さっき『私のことは忘れて……』云々な事を願ったろ?端的に言えば……神様の強い願いは何かの形で叶う事があるんだよ。
つまり、今回は家族の記憶が消えるという形でそれが叶ったという事だ』
シオンがこの状況に補足を入れる。
そうか、そんな事が……。だからシュナの事は覚えていないのか。できればミサさん――ユイくらいはシュナの為にも戻してあげたいけど。
『そうだな……お前の事だ、どうせ直せるのかどうか疑問に思っているだろう。
……《記憶の鱗片》と唱えながら記憶の欠片が元通りに戻っていくのをイメージすれば直るだろう。お前なら難しくは無いはずだ』
オーケー、流石シオン分かってる。そうと分かれば早速試してみよう。
「―― 《記憶の鱗片》」
ミサさんは突然僕が魔法を唱えたので少し驚いていたが、突然ハッとした表情をして
「お、もいだした」
と言うとしばらく黙っていた。
「お姉ちゃん……だったんだ」
「うん」
……記憶は元にもどったみたいだね。良かった。
「……なんだ、初めから近くにいたんですね」
「まぁ、記憶を取り戻したのはついさっきなんだけどね」
「そうだったんですか……でも、よかったです。本当に」
……僕もまさかユイがミサさんだとは思ってもみなかった。わからないものなんだね。
「……さて、これからどうするか」
『まずは魔国に行くのが先決だろ?』
僕の言葉にシオンが呆れたようにそう返した。
――そういえばそんな話もしていたっけ。
「よし……魔国にいきましょうか!」
「え?……どうして魔国なんかに?」
ミサさんの反応を見て思い出したけど、そういえば話すのをわすれていた。
「そこら辺の話はこの壁を越えてから、という事で」
「そうですね」
……あ、でもミサさんの体格じゃきついかもしれないな。僕の身長の1.5倍はありそうな高さだし。
――そうだ!
「背中、乗ります?」
我ながらいい手では?
……あれ、でもミサさんは首を傾げておりますが。
「私、これくらいの壁なら飛び越えられますよ?」
「……マジですか。流石です」
「……でも、ここはお言葉に甘えておこうかな」
「本当?やったぜ!」
ミサさんのおかげで僕のメンツは守られたという事で。というか僕もジャンプしたら越えられるのかな?
ま、そこら辺は後々試してみるか。
取り敢えず僕はミサさんが乗りやすい様にしゃがんでみた。
「じゃあ、どうぞ」
「どうも」
背中に乗せたミサさんは、やっぱり軽かった。
「それじゃあいきますか」
壁を登ることにあまり慣れていないので手つきはおぼつかないものだったが、揺れたりする事も無く安全に壁の上までたどり着くことができた。
「ミサさん、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫です。思っていた以上に快適です」
「ありがとう、ございます」
――その言葉は少しずるい……。
でもまだ、下りがあるんだよね。最後まで気を抜かないように行こう。
僕は少しずつ慎重に手足を動かして壁から降りる。
「とうちゃーく!」
「ありがとうございます、翔さん」
取り敢えずまた屈んでミサさんが降りやすいようにしないと。
「どうも」
ふっと背中にあった感覚が離れる。少しその感覚が名残惜しい気もしなくも無いけど、そんな気持ちを首を振って吹き飛ばす。
そして、よいしょと立ち上がった。
――さて、そろそろ体を戻すか。シュナも嫌がっているみたいだし……ずっとこのままというわけにはいかないだろうから。
一人称が僕の方がしっくりくる、と気づいた時から分かっていたけど、どうやら僕は身体によってシュナと翔の成分の割合が変わるみたいだ。……要するに、人格は身体依存ということ。
さて、戻す時は、纏っているものを脱ぐようなイメージかな?
今の僕の姿は制服なんだけど、元々着ていた服が変化した感じなのかな?いや、でも服の上から翔の姿と制服を纏っている感じか。
……じゃあ、それを一気に捨て去るイメージで。
その時、僕の体は問題なく私の体へと戻った。それと同時に体にあった不快感も無くなった。
「おお、翔さん凄いですね。やっぱりさっきの姿は一時的なものなんですね」
「まぁ、そういう事になるかな?」
「……それで翔さんは、私と同じように死んでしまったのですか?」
……うーん、どう答えたらいいんだろう。でも、誤魔化しても仕方ないし素直に話したほうがいいよね?
「恥ずかしながら。……死んじゃいましたね」
「そうですか……ごめんなさい。守ってあげられなくて」
「いえ、その辺はお気になさらず。それに、僕の方だって守ってあげられなかったんですから」
まぁ、こんなところで反省し合っていても何かが進むわけでもないし、歩きながら話そう。
……あれ、そういえばどっちが魔国なんだろう?
小声でまた聞いてみようかな。
「シオン……魔国って、どっち方向?」
『魔国はここからだと左だな。ゼニアスがお前の生まれる位置を配慮してくれたから、歩いて2日くらいで着く距離だ』
――了解!
「よし、話さなきゃ行けないことはまだ沢山あるけど……できれば話しながら喋りたいな。……というか、ミサさんはついてくる?」
そういえば勝手についてくる前提で話をしていたので、それも悪いと思って一応確認を取る。
「決まってるじゃないですか?……翔さんの許す限りどこまでもお供しますよ」
……ありがとう。
「じゃあ、魔国に向かって出発進行ー!」




