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夜明け前のアリア

「色々あったけど、もういかなくちゃいけないみたいだね」

『ああ、そうだな……。もう一時になる』


 部屋の中、私はベッドの上に座りながら呟く様にそう言った。そしてシオンは私の言葉に小さくそう答えた。

 この状況を申し訳なく思っているのか、シオンの声には少し元気がない様に思えた。


 確かに、十歳でもう親と離れなければいけないというのは普通に考えてあまり良くない状態なのだろうけど――――こんなところで躓いていたら世界を助けることなんてできやしないよね。


「よし、いこう」


 私は覚悟を決めた。

 シオンが元気がないなら私がその分元気でいる。私のことで悩んでくれているならそんな悩みを吹き飛ばすくらい明るくいる!

 時にはシオンが私を勇気づけてくれるかもしれない。その時は目一杯それに甘えればいい。

 そうやって私たちはこれから旅をしていくんだろう。きっとそうやってお互いを支え合っていくんだ。


 私はそうしてベッドから立ち上がった。

 長い間使ってきたこのベッドの、少し硬い感じ。そんな小さなことも私自身に刻み込んで生きていく。忘れずにずっと……。


 私は木製のドアを開けて部屋の外へ出る。もうここへ戻ってくることはないだろうけど、それでいい。もうそれは役目を終えたんだ。後は私がその記憶を私自身の一部として抱えて生きていく。


「シオン、ちょっとだけ覗いてきてもいい……かな?」

『ん? ああ、好きにしろ』


 一応シオンから許可を取って、私は両親と妹の寝室のドアを少しだけ開けて中を覗く。

 中にいる家族はぐっすりと眠っていて私に気づく様子はない。――だけどそれで良かった。


「みんな、今までありがとう……」


 私は小さく感謝の言葉を言うと、部屋の扉を静かに閉めた。


『もういいのか?』

「うん、もう十分だよ」


 これ以上見ていたらダメになっちゃう気がした。覚悟が揺らいでしまう気がした。

 そして、それほどまでに愛する人というのは大きな存在なのだと改めて実感した。


 ――ダメだ、もう行こう。


 私は静かに階段を降りるとすぐに玄関に向かった。

 その時にまた家族の顔が浮かんだけど……何とか振り払って外に出る。


 ……せめて、せめてみんなが私に殺されちゃうまでは私のことなんか忘れて今まで通り暮らして欲しい。


 そう強く思う事で少し気が楽になった気もしたが、自分が家族を殺さなければならないという事に無理やりにでも目を向けさせられてしまって――――心が悲鳴を上げているのを感じた。



 ◇ ◇ ◇



「これからどうしたらいいの?」


 やることは漠然としてある。だけど、私自身まだ実感が湧かないのかそれを確かな道筋へとする事はできていない。今何をすべきなのか分からない。

 だからしばらくはシオンに頼ってしまうかもしれない。だけど……それも今は許して欲しい。


 そういう思いで私はシオンに聞いた。そして帰ってきた答えはシンプルなものだった。


『先ずはこの村を出る事が先決だな。取り敢えず村の周りを囲っている壁を越えるぞ』


 壁を越える……?門は使っちゃダメなのかな。

 でもそうか、私たちの存在がバレると良くないからか。


 そういう事ならと、私はここから一番近くの壁まで走って行った。

 今までこの体が神様の物だと分からなかったけれど今は違う。意識してみれば確かにこの身に宿る力の様なものを感じられる。

 だけど、その膨大なものを今はまだ扱いきれていない。せいぜい普通の人より足が少し速いくらい。でも、今はその成長が、実感が嬉しかった。


 そうして、自分の中の力を確かめながら駆けていくと、気付けばもう壁の前にいた。

 壁はそこまで高くはない。中程度の魔物や野生動物の侵入を守る為のものなので、せいぜい大人一人分くらいの高さしかない。

 だけど、今の小さな私からしたらこの程度でも自分の身長の1.5倍もある大きな壁。


「これは……どうやって越えればいいのかな?」


 私はとりあえずシオンに聞いてみることにした。

 最悪壁を壊すなり何なりすればいいのでそこまで焦ってはいない。


『空を飛んだり、はダメだな』


 ん、どうしてダメなの?


 言われてみると神様の体なら飛ぶことくらいはできそうだけど……飛べるのならそれが一番いいんじゃないのかな?


「どうして?」

『単純に目立つ。空を飛ぶ時はなんか知らんがお前たち神様には純白の翼が生えるんだよ』

「……どうしてそんな仕様が。じゃあどうやって越えればいいの?」


 少し飛んでみたかったけど、その気持ちを何とか抑え込む。


 それにしてもこの壁流石に登れなさそうだし、すぐ壊してしまうのも良くないよね。

 私は考えたけどすぐには思い浮かばなさそうだったのでここはシオン頼みということで……。


『その体で登れないなら体を変えればいい。違うか?』


 体を変える……。魔法の出番かな?


「どんな体がいいかな?できるだけ目立たないのが理想だよね」

『これくらいの高さなら翔の姿で十分じゃないか?…………目立たないし』

「む、今悪口言ったでしょ!?」


 確かに、確かにその通りだけども……!


 うぅ、反論できないのがつらい。


『まぁでも元の姿なら動かしやすいだろ?』

「それは、確かにそうだけど……。しょうがない……シオン、マイナス1シュナちゃんポイントねっ!」

『なっ、何だそのポイント!?初耳なんだが?』


 お兄ちゃんらしからぬ行動をしたので一点減点です!


 ――と、まぁふざけるのもここまでにしておいて。


「それで、どうやって姿を変えるの?」

『ん?ああ、変身の仕方は簡単。ただ《変身(レオン)》と唱えながら変身したい体を思い浮かべるだけだ』

「なるほど、分かった!」


 さっきから思っていたけど、魔法の名前を唱えて頭の中で魔法を思い浮かべるだけで発動できるなんてハイスペックな体だなー。

 前世では無詠唱?みたいなものを教え込まれていたけどその成果もあるのかな?まぁ、そこら辺はいいか。神様関係のことなんて考えて分かるものでも無さそうだし。


「よし、じゃあいくよ。――《変身(レオン)》!」


 前世の頃の体を思い浮かべながら魔法を唱える。

 すると体の形や骨や内臓などがごちゃごちゃと体の中で動いていっているのが感じられた。

 多分成功しているんだと思うけど、物凄く気持ち悪い。


 数十秒たってそのごちゃごちゃが完全に止まった時、私の体が僕の体へと戻っているのが分かった。


「なんだか懐かしい気もするな……」


 やっと元に戻れたとは思うけど、どうやらこの体、シュナとしてはあまり良いものではないようだ。

 拒絶――って程じゃないけど嫌がっているのを感じる。


 確かに自分の体が違うというのは何かに抑え込まれている様な気がして嫌と感じるかもしれない。だから、できるだけ早くここを越えて外へ出よう。


 そうして僕は壁に手をかける。が、その時だった。


「えっ……あ、あぁっ……」


 後ろから声が聞こえた。――間違いなく壁の外へ出ようとする僕を見つけたからだろう。もしくは変身するところを見られたのか、

 ……はぁ、最初からそう上手くはいかないという訳か。


 でも、その声は物凄く聞き覚えのある声の様に感じた。


 僕は知人だったらマズイなと思って後ろを振り返った。

 さて、その結果はというと――


「……なっ、ユ、ユイ……!?」


 ――そこには何故かさっきまで家に居たはずのユイが立っていた。


 これは、もしかしなくてもマズイ……かも?

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