本日の主役は……
時間の流れというものは早いもので、まったりと過ごしていたらいつの間にか夕方になっていた。
そして、私はお母さんに言われた通りにいつもより綺麗な服を着て誕生日会の会場へ向かう。
と言っても私の家は貴族でも何でもなくただの平民なのでそんなに立派なものでも無いし、誕生日会も近くにあるおばあちゃんの家で家族全員でする。
それは私にとってはいつもの事で、僕にとってもいつもの事なんだ。
ただ、両親が側に居るという当たり前の事が少し変わっただけ。
「楽しみだなー」
『おう、そうだな』
私は誕生日会のことを考えて思わずそんな事を呟く。
私達はそんな感じで、少しウキウキしながらもゆっくりと道を歩いていた。
と、その時、誰かが私を呼び止めた気がした。
私はふと後ろを振り返ると、そこにはいつもちょっかいをかけてきたあの男の子が立っていた。
一応他に人がいないかあたりを確認したけど、どうやら彼だけみたいだ。
彼の名前はシリウス、平民では珍しく銀髪の男の子で私の同級生なんだけど……どうしたものか、正直なところこの子とは中々に気まずい関係なんだよね。――というか、どうしてここに?
「あ、あのっ!」
「ん、なに?」
私が訝しんでいると彼は私に声をかけてきた。
その様子はいかにも思い切ってという感じで、勇気を出して私に話しかけてきたのが分かる。
今までの私ならその様子に特に疑問を思う事は無かったはずだけど、僕の記憶と知識を持ってからその理由……この子の気持ちに気づいちゃって、私の方はどう接したらいいのか分からなくなってしまった。
だから私の方から話しかけたりすることができない!
ただこの子が喋り出すのを待つことしかできないのだ!
「その……誕生日おめでとう!」
私はそんな風に変な事を考えていると、彼は後ろに回していた手を前に出してそう言った。
他には小さな袋と手紙があり、貰ってくれ!と言わんばかりにこちらに向かって突き出されている。
「あ、ありがとう!」
私はその言葉にただ嬉しいと、そう感じた。
彼の温かい言葉は確かに今世では聞き慣れたものかもしれない。だけど、私はその言葉の有り難さも身に染みて分かっている。
だからこそ、本当に心から嬉しかったんだ。
「これ、貰っていいの?」
「うん!」
私は一応確認を取って彼から袋を受け取る。
前世だと誕生日プレゼントを友達から貰うことなんて無かったし、そう考えると感慨深い。
……あれ、という事は僕は年下の私に負けてる?
そう考えると負けている事ばかりな気が……。
――あまり深くは考えないようにしよう。うん、そうしよう。
「早速だけど、開けてみていい?」
「ん、もちろん!」
彼の許可をとったところで私は慎重に袋を開ける。
そして少しして綺麗に開けることができた。
そして私はその中身を見て驚いた。
「これ……本当にいいの?」
「ん。ほら、明日は神殿に行くんでしょ?ならそういうのを付けて行ったらいいと思って……」
「確かに……ありがとう、大切にするねっ!」
「ん……」
それにしても、こんなものもらって良かったのかなぁ。
私はいかにも高そうな首飾りを見てそんな事を思う。
だって、見るからに私達子供には手の出せなさそうな感じだし……。
夕陽が首飾りに当たって赤くキラキラと輝いていて、とても綺麗だった。
『これは……恐らくレッドライトという魔石の一種だな。この小ささとはいえ流石に一万、いや二万ゴールドくらいは優に超えてくるだろう』
えぇ……二万ゴールド!?私のお小遣い三年分でも足りないかも……。
『それに、これはほとんど鑑賞用として使われるが実は魔力電動率も増幅率も中々で、この魔石が耐えられる魔法なら大体1.5倍にできる、一言で言えばやばい代物だな』
これ、本当にもらって大丈夫だったのかなぁ……。よし、じゃあもう一生付ける、これ。
という事で早速首飾りを付けてみる。
「どうかな……?」
鏡なんかはないから自分では似合っているのかどうか分からなくて彼に聞いてみる。
「す、すごく似合ってるよ」
「本当?ありがとうね!」
ごめん……思わず聞いちゃった。
すごい顔を赤くしながら言う顔を見ちゃって、ものすごく申し訳なくなった。
……さて、そろそろ行かなくちゃ。
「じゃあ、私はそろそろ行くね」
「ん……じゃあ、またね!」
「うんっ!」
自分で自分の言っている言葉に違和感を覚える。
『またね』という彼の言葉に応えることができるんだろうか?
多分彼はまた会えるということに疑問を持ってないし、その事を不思議がってはいないだろう。だってそれが当たり前だから。
でも私は今日ここを発たないといけない、そしてその後……。
ごめんね。私はこの首飾りを神殿でつける事もできないし、また会う事もできないかもしれない。
……そんな事を考えていても仕方ないか。早く行こう。
「ねぇ」
「……なに?」
何とも言えない思いで彼に背を向けて歩き出したところで、再び彼に呼び止められた。
「また、会える?」
…………。
「どうして?」
「いや、変なことを聞いてごめん。何となくもう会えないような感じがしたんだ。……さっきの言葉、忘れて」
「きっと、きっとまた会えるよ。だって、当たり前でしょ?」
「うん……」
……これからやる事がまた一つ増えてしまった。
心に留めておこう。
◇ ◇ ◇
おばあちゃんの家に着くともうみんな揃っていて、みんな暖かく歓迎してくれた。
――それが、前世には無かった光景で……とても嬉しくて思わず泣いてしまいそうだった。
「あれ……その首飾りどうしたの?」
と、私は出迎えてくれた妹をわしゃわしゃしているとそんな事を聞かれた。
「これはね、さっき貰ったの!」
「似合ってる……」
「ありがとう、ユイ」
「ん」
そして、その後は言われるがままにリビングへ運ばれて、みんなで誕生日会を楽しんだ。
ご飯を食べたり、ケーキを食べたり、みんなで歌ったり、遊んだり。
――とても楽しかった。
◇ ◇ ◇
「はぁ、今日は楽しかったなぁ……」
『そうか、それは良かった』
楽しい時間というのはあっという間で、今はもう自分の家に戻ってきて寝ようとしているところだ。
ん〜〜、色々な疲れが一気に襲ってきてもう眠い。
「じゃあ、おやすみ〜〜」
私は布団に潜り込むと静かに寝息を立て始め――
『寝るなよ?』
――どうやらそうはいかない様だった。
「えっと、どうして?」
『お前……忘れたとは言わせないぞ?』
忘れたって、何のこと?
それはよく分からないけど、取り敢えずシオンが呆れた顔をしているのはものすごく伝わってくる。
『はぁ……早朝までにはここを発つって言っただろ。浮かれるのもいいが、目的は忘れない様にしろよ?』
「あっ、確かに言ってた!ごめんね?」
僕の記憶が戻った時とは違って、思考がシュナに寄せられて――どうも変な事ばかり考えてしまう。
前世の記憶とはいうけど、記憶は記憶……所詮はそういう事なのかなぁ。
まぁ、どうやら厳密に言えば記憶ではなくて魂的なものらしいけれど……シュナの体に僕が入り込んだとはいえシュナとして過ごした十年間は本物だし、性格とか考え方全部が前世の様になるなんて事はないよね。
つまるところ、今の私に残っているのは前世の知識くらい……って事かなぁ。
喋り方とか性格とか、直そうとすれば直せるんだろうけど何か変な感じがするし、無理に変えようとは思わないしね。
「ごめんね。……それで何時ぐらいにここを出るの?」
『大体一時位だな』
「あれ、じゃあまだかなり時間ある?」
『まぁな。でも寝るなよ?正直言ってお前は寝るともう手がつけられない』
……手がつけられないってどういう事?
なんか、いつもシオンに迷惑をおかけしている感じがする。
寝相が悪いとか?朝起きれないとか?寝言がうるさいとか?
――どうしよう、考えつくもの全てに当てはまっている様な気がする!
「……寝ないように頑張ります」
『頑張れ。応援してる』
こんな小さな事で応援しないでよ……。なんか、私がかわいそうな子みたいじゃんか。
「……ふぅ。じゃあお風呂に入ってきます」
『おう』
疲れていて入る事を諦めかけていたけど、これはお風呂に入って少しでも時間を潰さなければ。それに、眠気も落とす!
「……あれ?そういえば、シオンってもしかして私のお風呂入ってるとこ見えてた?」
『…………』
え!?何その無言。やめて、なんか怖いんだけど!
『一応……見えてた』
「そうなんだぁ。私にはシオンのこと見えないけど、シオンからは私のこと見えるんだね。大発見」
んーー。私の目を通して見えてる訳じゃないのかな?実は透明になっていて近くで見ているとか?
……それとも私に取り憑いていて、意識だけ飛んでる感じかな?
魔王に憑依されている少女、シュナ!……なんて言ってもカッコよくも何ともないかな。
でもそれは素のシオンを知ってるからかも。
『あーー、怒らなくていいのか?』
私がそんな事を考えていると、何やら疑問を持ったのかシオンが恐る恐ると言った感じでそう聞いてきた。
「いや、別にシオンならいいかなーって。言ったことなかったっけ?私にとってシオンはお兄ちゃんみたいなものなの」
『そういえば、そうだったな』
「別に怒られたいなら怒ってあげるけど。……それに、実はゼニアスさん一途なんでしょ?」
作った、作られたの関係だとはいえ血は繋がってないし、それに別に親と子という関係でもない。
……それに側から見れば恋人同士みたいにすごく親密な感じするし。リア充爆発しろっ!って思う時もあったし。
『な……んな訳ないだろ!?流石にそれは無い!』
「えぇー?本当かなー?」
『本当だ!』
あははっ、リアクションが面白いなー。いつも見ない一面って感じでちょっと可愛らしい。
でもここら辺でやめておこう。シオンがかわいそうだし。
「……わかったよ。でも、側から見ればお似合いだということは言っておくね」
『い、言わなくていいだろそれは!』
そんなこんなでシオンをからかっている内に、何時の間にかお風呂場へ着いていた。
シオンに見られていると分かり緊張気味な私だったが、極力目を逸らしたりして頑張っているとの事だったので緊張は和らいだ。
――だがその時、事件は起こった。
「あっ、私自分の体見れないかも……」
『は?』
「いや、その前世の記憶がこんなところで……」
やばい、これはマズイよ!
なんか、幼女の裸を見てしまうことに不可抗力とはいえ罪悪感が。
「これ、私どうすればいい?」
『いや、知るか』
「えぇ……」
その後、数分悪戦苦闘しようやく体を洗おうというところまできたのだが、そこでさらに罪悪感が増す。
「ぐっ、見るだけでも不味いのに触るなんて……私にはできないっ!」
洗えない……。私には無理なんだ!
だって、体を洗うとなれば当然――そういうところも見たりするわけで……。
「もうっ……無理っ!!」
私は顔を真っ赤にしてその場にへたり込んでしまった。
『お前っ、いいから早くしろっ!……そろそろ視線を外すのも疲れてきた。分からんとは思うが、お前から視線を外し続けると俺の頭がどんどんおかしくなっていく感じがするんだ』
「私だって頑張ってますよー!」
ん……取り敢えず一番ダメージが少なく済みそうな髪から洗うことにしよう。
取り敢えず石鹸を取って泡だててしっかり洗っていく。大丈夫、シュナとして何回も洗ってきたから、大分慣れてる筈――
「待って、髪洗うだけでも大分キツイよ!?」
『どうしてだよ!?頼むから頑張ってくれ』
「だって、サラサラしてるしなんか、なんかアレなんだもん!」
ぐっ、男子の心にはハードルがキツすぎた。これから私はどうやって生きればいいんだ……。
誰か、誰が助けて……。
◇ ◇ ◇
いや……それにしても疲れた。シオンも私も、お風呂という強敵を前にやられるがままだった。
――今回は何とか耐え切ったけど、次はもう無いかもしれない。
『なぁ、シュナ』
「な、何?」
私はお風呂から上がって、ようやく一息ついたところで頭の中から妙に元気のない声が聞こえてきた。
『俺は、最後に美味しい食べ物が食べたいんだ。作ってくれないか?』
「シオンが死にかけてるっ!!?」
『シュナ、後は任せた、ぞ……』
「シオン……シオンー!!」
この日、図らずもお風呂に入った事によってシュナの眠気はバッチリ覚め時間も潰すことができたが――失った代償は大きかったのだった……。
ー完ー
『いや、勝手に終わらすなよ!』
「あっ、シオン生きてた!よかった……」