体は幼女、頭脳は中学生?
「んんっ……」
暗闇の中、誰かに名前を呼ばれた気がして目を覚ます。
「っ…………頭が痛い」
鈍い痛みが頭に響く。ものすごく痛いというわけでは無いけれど、頭がぼーっとする感じがして気持ち悪い。
それに、体も変な感じがする。何か、いつもと違うような……そんな感じが。
――あれ、いつもって何だっけ?
とても長い間眠っていたような気がすると言えばそうだし、かと言ってそんなことないと言えば無いような……変な感覚だ。
『ようやく目覚めたか』
「ん……?」
頭の奥で何か声が響いたような気がして不思議に思っていると、その時頭を先ほどよりも強い痛みが襲った。
「痛っ!」
そして、さっきまでの痛みが引いていくと同時に――全てを思い出した。
「魔王さん、それともシオン?……どっちの方いいんだろう」
『……どうやら思い出した様だな』
「はい、全部」
こうやって声を出してみて、自分の声に違和感を覚える。
自分の口から知らない声が出るというのは慣れないものだ。
――いや、でも慣れてるのか。
ダメだ、やっぱりさっきから変だ。
二つの記憶、そして魂がうまく混ざり合っていないのか自分が自分では無い様な……どことなくフワフワした感じがする。
『多分、今お前の精神は色々と異常な状態になっている筈だ。あまり無理して動くな』
「はい。……因みに僕、私?ってどのくらい寝ていたんですか?」
『翔としては十年、シュナとしては一瞬だな』
なるほど……。じゃあ、そろそろ。
「シュナ!大丈夫?」
お母さんの焦ったような声が響いてきた。
……やっぱり。良かった、優しいお母さんで。
「うん、大丈夫!ちょっと取り乱しただけー」
「そう……。気をつけなさいよ」
「はーい!」
少し申し訳ない気もしつつ、心配そうなお母さんを安心させてあげる。
……どうだろう、上手くできただろうか。
自分の記憶の中の私という存在を僕が真似た。そんな感じだったが、一先ずは落ち着かせることができたようで安心した。
まぁ、今はこんな状態だがもう少し経って私と僕の存在が混ざり合ったらこんな違和感も無くなるだろう。
「それで、これからどうするんですか?
神殿には行ってはならない理由もまだ聞いてないんですけど、それと関係があるんですか?」
『ああ、お前も覚えているだろうが神殿では十歳になると自分のステータスを図らなきゃならない。
だが、お前には神の力が備わっている。それを見られるわけにはいかないだろ?』
「……なるほど」
そういえば、そうだった。
僕を転生させる前ゼニアスさんが言っていたのだが、僕の魂をゼニアスさんの妹の体に入れて転生させたらしい。
――要するに、この体は神様の体というわけだ。
人ではなくなった……というような感覚は無いが、自分が半分神様となっているというのは何か変な感じだ。
まぁ、それは一先ず置いておいて……僕の魂を妹の体に入れたゼニアスさんは、そのままこの世界へ僕を飛ばしてもいいのだが、曰く『慣れないこともあるかもしれないしね』ということで赤ちゃんからやり直す事となったのだ。
多分、こうなったのは全部ゼニアスさんの趣味的な物のせいだと思う。
……だって、そしたら何でさっきまで僕の記憶を消していたんだという話になる気がするから。
でも、それよりも一つ驚いたことがある。
それは、僕が飛ばされる少し前にゼニアスさんから聞いた言葉だ。
『実は翔くんの記憶はこっちで勝手に弄らせてもらってるの』
と、ゼニアスさんは確かにそう言った。
確かに、言われてみれば記憶がおかしいところはあった。
僕の両親との思い出は問題なく思い出せるのだが、あの時の……二人を失ったあの事故のことを深く思い出せないのだ。
――僕は確かにあの場所にいたのに。
それと、ゼニアスさん曰く、僕の異世界転移した後の事はかなり記憶を弄っているようだ。
……本当はもっと酷いもので、思い出させたら心が壊れてしまう危険があったから、だそう。
つまり、僕が魔王さんに話した事は実はゼニアスさんの手によって検閲されたものだったということだ。
僕が神界に来るまでの記憶が実は違い、別物だったというのはなんとも言えないけど……それも全部僕のためだったと聞けば責める事はできない。
まぁ、そんな感じのことを聞かされていたから今世はどうなるかとヒヤヒヤしたけど、杞憂に済んで良かった。
今世はいじめられることもなく、世間一般的に見て普通に過ごすことができた。
村にある小さな学校では、隣の席になった男の子にちょっかいをかけられたりした事もあったけど……それでも、本当にみんないい人達だった。
普通というものをあまり知らない僕からすれば、本当に……ただそれだけのことが嬉しい。
――と、いけない……話が逸れてしまった。
じゃあ、少し思い浮かんだ疑問を魔王さんにぶつけてみようかな。
「魔王さん、ところでステータスオープンと言えばステータスを見ることができるわけですし、何でわざわざ神殿に行かなくちゃいけないんですか?」
『ああ、それは勇者……正確に言えば『異世界からの来訪者』の称号を持っているやつだけが使えるんだ。
今では戦いの為に使われているが、元々はゼニアスが勇者が魔族と仲を取り戻す中で危険に陥ってはいけないと考え自己防衛の為に作られたシステム。だから、あれはステータスを覗く他に盾となったり、剣となったりする』
魔王さんはその他に『因みにだが、勇者に備わっているその他諸々の機能は世界間を移動した際に自動的に付与される』と付け足してそう言った。
なるほど……。だから、勇者でない人はステータスを自分で見る手段がないので神殿で測るのか。
「それって、やっぱり監視とか統制みたいな意味もあるんですかね?」
「さぁな、でもまぁ……優秀な人材を見つけるという意味では上手い仕組みだとは思う」
それで見つけた優秀な人材は一体どうなるのか。この村にはまだ私の知る限りでは優秀と呼べるような人は居ないので分からないが……何かに活用されていそうではある。
「ところで僕は今のステータス見る事ができるんですか?」
『愚問だな。お前なら少し意識するだけで可能だろう』
じゃあ、出そうと思えば例のステータスウィンドウを出すことができるって事か。……なら少し試してみるか。
「ステータスオープン」
――――――――
繝偵ヮ繧キ繝・繧ォ繝翫Ν(荳肴?迸ュ) Lv.
種族:蜊顔・ 性別:荳肴?
職業:譚溽ク帙&繧後@雋ャ蜍吶?逾
〈称号〉
HP / MP /
ATK DEF AGI LUK
〈スキル〉
常時発動:
任意発動:
〈魔法〉
〈所持品〉
〈装備品〉
――――――――
「おぅふ……」
目の前のソレを見て、思わずそんな声を上げてしまう。
「流石にこれは……そりゃあ神殿に行ってはいけない訳ですね」
『あぁ、本来神にステータスというものは存在しないがこの世界に送る為に無理やり適応させた弊害だな』
なるほど……こういう世界の裏側の事を知っていくのはちょっと面白いかも。
『さて、それでこれからについてだが……取り敢えず誕生日な訳だし今日のところは家族と楽しんでいればいい。
だが忘れるな、今日で最後だ。遅くても明日の早朝にはここを発たねばならない』
と、魔王さんは僕にそう言った。
そう、確かに僕には大切な使命というものがある。個人的な理由でそれを蔑ろにはできない。そして、するつもりもない。
「わかってますよ、今日で最後なことくらい……。だからこそ僕の記憶が戻されたのでしょうし」
『そうか、ならいいんだ。……まぁ、なんだ。日野翔としての記憶を取り戻したとはいえお前はまだ十歳の幼女でもある訳だし、今日くらいは甘えてきたらどうだ?』
十歳の幼女……。
その言葉には特に変わった意味は無かったと思う。だって実際に『僕』という記憶、魂があるとはいえ確実に十歳の幼女ではある筈なのだ。
ただ、今の僕――いや、私にはその言葉がまるで特別な言葉であるかのようにスーっと入っていった。
そして、何故か心の中にあったモヤモヤのようなモノが晴れていくような感覚を覚えた。
「……うんっ、そうする!」
――今日が最後なら、やり残した事もぜーーんぶやりたい!……十歳なんだから、いいよね?