勇者召喚というシステム
ゼニアスさんが長話というように、数十分ほど話を聞いた。
その内容はひどく重く、重要なことだった。
僕の常識を覆すような事ばかりで驚くことも多かったが……それよりも自分の愚かさを痛感した。
この話の内容は忘れてはいけない。そんな気がして……だから少しさっきの話を簡単にまとめてみようと思う。
まず魔王についてだが、さっきの話にもあったように『魔王』と呼ばれる存在は二人いる。
しかし、魔族の王である魔王さんの方が権力は強く、実質的に魔王さんが魔国を治めていた状態だったようだ。
言うなれば天皇と上皇のような、院政政治を思い出すと分かりやすい関係だったらしい。
と、まあそんな魔王さんだったが、あの世界で約400年前に突然魔王さんを神格化して崇めようとする魔王教なる宗教が現れた。
もちろん魔王さん本人はそれに関与していなかったが、魔王さんがその宗教の誕生に気づく前に急速に布教され……何故か周辺国家のエルフやドワーフ、人族までもが信仰し出した。
この話を聞いて僕は信仰されるなんて魔王さんは凄いななんて思っていたけれど、事の本質はもっと重大な事だった。
魔王さんはこの状況を聞いて迷惑だと思ったらしいが、それ以上に危機感を強く持ったらしい。
偶像崇拝をする者が急速に増えているこの状況の裏には、何か悪い原因があるのかもしれない……と。
当時魔族と人族は平和に仲良く暮らしていた。お互いがお互いを助け、支え合い生きていたのだ。ある所では種族の壁を越えて結婚する者もいたという。
――だがある時、その関係が大きく変わった。
ある人族の国の王が自分の犯した犯罪をある魔族に擦りつけた事が事の発端。その魔族はどんな拷問や詰問を人族にされても人族に対し暴力は振るわなかったという。だが、その魔族には死刑判決が下り、殺されてしまった。
この話はある所から噂話として広まっていき、やがて世界各国へと伝わっていった。
いや、世界位各国というと語弊がある。実際は魔国以外の人族の国々に広まっていったのだ。
意図的に情報は悪意によって改変され人族の国家へと広まっていった。
曰く、魔族は悪である。
曰く、魔族は人族を殺そうと企んでいる。
曰く、魔族は国から追い出すべきである。……と。
そうして広まった情報は人々に魔族に対する暗い感情を植え付けるには十分だった。また、そうした状況の中で争いが生まれ、魔族という種族は次第に他種族から分断されていった。
しかし、魔族はそれに対して怒ろうとはしなかった。自らが傷つこうとも、他人を傷つけることはしなかったのである。
さて、こんな状況を生み出した張本人である、とある人族の国の王様はどう思ったか。
答えは、『魔族はなんて扱いやすい種族なんだ』――だ。
僕はこれを聞いて本当に、ただ人族というモノに対して失望した。何故ここまで悪になれるのかと、その種族の人格を疑った。
元の世界とは違う世界の人という種族。でも、基本は僕も同じ人族の筈だ。
そんな僕が何故そんな事を思ったのか、自分でもおかしいとは思う。
だけど、僕はそれでもそんな事をした奴らが自分と同じ種族だという事を否定したかったのかもしれない。
元々友好関係を築いてきた筈なのに、今や二つの種族同士が愛し合うことも無くなった。
そんな悲しい事態に陥っているにも関わらず魔王さんがこの事を知ったのは、魔族と人族が争い始めた頃だった。
それは人族が情報を漏らすことを阻んでいたからという事もあったが、やはり魔族が根っからの善人だった事も大きく関係している。……彼らは人族に全く危害を与える気がなかったどころか、彼らを改心させ許そうとしていた。また、魔王さんに余計な心配をさせまいと黙っていたことも関係している。
しかし、そうしている間に事態はどうしようも無いところまで来ていた。
魔王さんはこの状況を見て、最早この亀裂を埋め立て直すことは困難だと判断した。
だが、ここで簡単に諦めるようなことはしなかった。魔王さんはゼニアスさんにこの事を相談し、あるものを作る事でこの状況を打破しようと考えたのだ。
そして、そのあるものというのが勇者という存在である。
こうして魔族と人族の仲を取り持つために勇者召喚というシステムが誕生し、ゼニアスさんは人族に神託としてその経緯を説明して、魔族との仲を取り戻す様に伝えた。
そしてこの世界の人族と同じ外見の人族が存在する地球という星の日本から勇者として役目を果たせそうな人を探し、経緯や目的を話して同意をとった上で勇者として人族に引き渡した。
魔族と人族、どちらに勇者を引き渡すか迷ったそうだが、魔族側に引き渡して人族と魔族の間で戦争が始まってもいけないので取り敢えずは人族の方へ引き渡したそう。
始め、人族は勇者を騙して自分達のいい様に操ろうとしていたようが、勇者はゼニアスさんから話を聞いていたのでそのような事にはならなかった。
そして、人族は勇者をいい様に使うことを諦め、少しずつ魔族との仲を取り戻す様になった。
ゼニアスさんは勇者の存在によって状況が良くなっていると考え、勇者が寿命で亡くなった後も同じ様にまた勇者を派遣し続けた。
これで少しずつではあるが確実に二つの種族の間の亀裂は埋まっていった。
――ように見えたが、三回目の勇者の派遣、この時にまたもや人族は勇者を良いように使おうと考えた。だが、勿論そんなことはできる筈なく失敗に終わった。
そしてそのすぐ後――なんと勇者は人族に殺されてしまった。
確かにゼニアスさんは勇者が人族に操られる可能性を危惧して勇者をあまり強くしなかった。
だが、強くしなかったと言っても国一つくらいならば簡単に潰せるほどの強さは持っていた。……持っていたのに殺されてしまった。
それは、人族が一致団結して勇者を倒したという事もあるが、一番の原因は人族の文明のレベルが今までと比べるとあり得ない程に上昇していたことだ。
では何故技術が急速に発展し出したのか。それは勇者が人族にもたらした地球の知識が原因だった。
科学と魔法の融合。これにより魔道具などによって魔法が使えなかった人々も擬似的に魔法を行使する事が可能になった。
また、情報伝達の技術なども進歩し、その情報が人族の間で広まり、普及していった。
そして、それによりその発達した技術が戦争に使われ、多くの被害者を出したという事だ。
この時点でゼニアスさんは勇者の派遣をやめるべきと判断し、勇者の派遣を中止した。そして、新しい解決策を探すことにしたのだ。
さて、これまでに人族はゼニアスさんの願いに反した事ばかりを行ってきた。
しかし、彼女を諦めさせるまでには至らなかった。
そんな彼女を諦めさせた出来事。それは人族が勇者を召喚した事である。
そう、人族はゼニアスさんの勇者召喚を真似て勇者を召喚しだしたのだ。
当然神の領域にまで達することはなかったので、中途半端な勇者召喚術式だった。しかし、彼らにとってはその中途半端な術式の方が都合が良かった。
その中途半端な術式は、詠唱者とその近くに居た人達の魔力を喰らいつくして偶然、勇者として一人の少女を少女自身の了解無く呼び寄せたのだ。
彼らにとって、自分達のいいなりにしやすく、扱い易く、それでいて強い少女の勇者は夢のような存在だった。
そして僕はそれが誰だったのか知っている。ミサさんが話してくれた、彼の親友。
……彼の話を聞く限り少女は見た目よりも大人っぽくて、人族のいいようにはされなかったようだけど。
でもまぁとにかく、人族が自分達の手で勇者召喚を行って呼び寄せた少女を自分達のいいように使おうとした時、ゼニアスさんは人族に対し失望し絶望したのだ。
そんな事があり、最早今ゼニアスさんは人族に対して敵意を抱いている。
とはいえ、話を聞いた後だとそれも仕方のない事だと思える。
誰だってそこまで裏切られればそうなるに決まってる。
だから、僕はゼニアスさんの決断について何も言わない。
僕がとやかく言うのは場違いで、彼女と魔王さんが決めればいい。その結果が『人族を滅ぼす』という事だとしても僕はその考えを認めるだろう。
「――休憩終了!」
「あっ、はい」
と、ここでゼニアスさんからもらっていた休憩時間が終了した。
話を整理していたからあまり休めなかったけど、それは自分の判断だし……有意義な時間だったと思っている。
だから、特にもう少し休憩させてとかは言わなかった。
「じゃあ、今から翔くんについての話でもしようか」
「……僕についてですか?」
今更だけど、自己紹介でもすればいいのだろうかと思ったけど、どうやらそういう訳でもなさそうだ。
なので頭の上に疑問符を浮かべていたのだが、そんな僕に気づいたのか魔王さんがこう言った。
「ああ、そんなに気にする必要はないぞ。何故かって、この話はお前には知りようもない話だからな。
だから悩んでも何かが出てくる訳ではない」
「……僕には知りようのない話、ですか?」
「そう。具体的にいえば――――これから話すのは翔くんの前世について!」
え、前世!?……何故今その話を!?
いや、すごい気になるけども。
「実はこれがかなり重要な事なんだよね。場合によっては翔くんには消えてもらわないといけないくらい重要な事だったの」
なんかしれっと怖い事を言われた!?
「え、だったってどういう事ですか?」
「んー、その必要が無くなったというか、そうせざるを得なかったというか……。とにかく、別に翔くんは気にしなくていい事だよ」
そうですか……。なら、気にしなくていい、のかな?
少し何ともいえない感じが残るけれど、それは一旦置いておいて僕の前世の話を聞こう。
僕の前世ってどんな人なんだろうか? 誰もが一度は気になる様な事だと思うけど、いざ知れるとなると何故か緊張してくる……。
「じゃあ、発表します! 翔くんの前世は――」
ゴクリ……。
少なくとも僕の前世が普通の人じゃ無いのはゼニアスさんの言葉から察した。
だけど、一体どんな人だったのだろうか。
それが気になって、僕は固唾を飲んで彼女の次の言葉を待った。
「――私の妹です!」
えっと、まさかの人ですらなかったパターンですか……?




